逃げる訳じゃあ無い

 どこかシュンとして元気をなくしたメニーナとパルネ。でもそんな2人を前にしても、俺は話を止める事はしなかった。

 彼女達の暗い顔を見るのは俺も辛い。

 だけどそんな事を言って今回の件を有耶無耶にしてしまったら、きっと2人の今後の為にはならないだろう。


「結果として、メニーナは魔物の特殊攻撃を受けて眠ってしまい、パルネも動転してそのまま気を失った。これじゃあ、あの塔での戦いが成功……とは言えないな」


 ただし、パルネが暴走してトーへの塔5階を全壊させた部分は伏せておいた。

 流石にあんな事をしでかしてしまったって知れば、落ち込むどころか怖くなってしまうかも知れないからなぁ……。

 それでも、俺の話はメニーナとパルネに十分堪えているみたいだ。


「メニーナは、もっとパルネと連携を取らないとな。攻撃力が高いのは認めるが、お前1人ではもしもの時に対処出来ないだろう?」


「……うん」


 ユックリと言い聞かせると、メニーナも素直に受け入れて返事をしてくれた。

 もっとも俯いた顔には不満の色が浮かんでおり、唇を尖らせてとても納得している風には見えない。

 ……まぁ、自分の非をすぐに認めろってのは、子供には難しいよな。


「パルネも、メニーナに声を掛けて注意を促したり、彼女との連携を取れるように立ち回らないといけないな。黙ってちゃあ、メニーナだって分からないだろう?」


 そして今度は、パルネに話して聞かせたんだが……。

 うっ……。パルネはパルネで、俺の言葉を聞いて今にも泣きだしそうだ。

 おいおい……勘弁してくれよ。

 嫌われるのも恨まれるのもまだ耐えれるけど、こんな見かけは幼い子に泣かれるとどう接して良いか分からなくなる。

 この時点で、俺の「彼女達へ説教する」と言う気持ちがかなり揺らいでいた。

 元々こういう事は柄じゃあないのに、それでも話して聞かせないとダメだなんて……どんな罰ゲームなんだよ。

 でも、彼女達の今後の育成方針はこれでハッキリした。

 この2人に必要なのは、メンタルの強さだろうなぁ。


 メニーナとパルネは、見た目こそクリークたちよりも更に幼いけど、実際は俺よりも長く生きている。

 本当ならばそれだけ長く生きていれば、人間的に成長していて然りだろうが、それは人界の理屈。魔界では長い寿命に併せて体感時間も長くなっている。

 つまり言ってしまえば、時間を無為に使っているって事だな。

 それは決して、悪い事だとは断じれない。

 もしも人族が同じ状態なら、きっと同じような現象が起きていただろうからな。

 だから今のメニーナたちは、見た目通りの精神年齢だと言って良いだろう。

 でもその肉体能力は、少なからず鍛えられている。

 筋力や体力は勿論、魔力も月日に応じてそれなりに高まっているんだ。

 それが魔族の強みだと言って良いだろうな。

 ただそれは、逆に弱みでもあるだろう。

 長い年月を生きる割には、精神的に成熟するのにも時間が掛るんだからな。

 それに比べれば、人族の精神的成長には目を見張るものがある。

 ……まぁ、良し悪しが互いにあるって事か。


「とにかく、今日は2人で戦う場合どうするか確りと話してみろ。上手く纏まらなくても良いから、話がついたら俺にちゃんと説明する事」


「……はぁい」


「……はい」


 意気消沈してしまった2人は、渋々と言った態で返事をした。

 学校の先生に怒られた生徒そのまんまなんだが、それもある意味で言い得て妙。俺の気分も正にそのままそれなんだからな。


「俺は今日は用事があるから、1日この街を空ける。お前たちは話し終えたら、この街を一通り回って来ると良い」


「えっ!? ほんとっ!?」


「うわぁ……」


 その後に俺の放った言葉で、さっきまで沈んでいたメニーナとパルネの表情がパァっと明るくなる。

 多分、俺の言い聞かせた事なんてこの瞬間には完全に頭から消え去ってるだろうなぁ……ったく。

 もっとも、何事にも飴と鞭は必要だ。さっきの説教が鞭だとするなら、これは飴だな。

 ……まぁ、弱ぁい鞭と甘々な飴な訳だが。


「ただし、絶対に魔族だとは知られない事。街の人と沢山話すのは良いけど、絶対に種族がバレない様にな」


 だが、これだけは守って貰わないといけない。

 もしもメニーナたちが魔族だなんてばれたら、それこそどんな事態になるのか知れたもんじゃあない。


「うんっ! だいじょーぶだよ、ゆうしゃさまっ!」


「……気を付ける」


 一体どこからそんな自信が湧いてくるのかは知らないが、メニーナは胸を張って断言し、パルネも言葉とは裏腹に浮ついた雰囲気を醸し出している。

 それを見るに、俺には不安しか湧いて来ないんだが……。


「……よし。なら、早速2人で反省点を確認して、これからどうするか話し合うんだ。……これは、小遣いだ。大事に使えよ」


 立ち上がった俺は2人にそう告げ、テーブルにそれなりの額の金が入った小袋を置き、そのまま部屋の出口へと向かう。


「いってらっしゃぁい、ゆうしゃさまぁ!」


「いってらっしゃい……ゆうしゃさま」


 心ここに非ずな2人の声が俺の背中に投げ掛けられて、俺はそのまま部屋の扉を閉めたんだ。




 俺がメニーナたちを放置して部屋を出たのは、別に彼女達から逃げて来た訳じゃあ無い。

 あの部屋の雰囲気が重苦しかったから、退散した訳じゃあ無い。……訳じゃあ無いんだ!

 いやまぁ確かにあの年代の少女たちを扱う事には慣れていないけど、メニーナたちは頭の良い子たちだからな。

 ちゃんと言って聞かせれば、すぐに素直に修正してくれるだろう、うん。

 俺があの部屋から出たのには、それなりに訳がある。


 1つは、メニーナたちにも言ったように、この街を気楽に回ってもらう為。

 メニーナたちには戦闘訓練を受けて強くなってもらう必要があると同時に、人族との接点となって貰わなければならないからな。

 少しずつゆっくりとでも、人族と触れ合ってもらわないといけない。

 そういう意味で、この「ジャスティアの街」は最適だ。

 治安も確りしているし、場所柄余所者に対しても街の人たちの対応は大らかだ。まず騒動は起きないだろう。

 2つ目は、本当に俺には用事があったんだ。

 ……それは。


『ど……どうしたのだ、勇者!? な……何かあったのか!?』


 通信石の向こうからそう答えたのは、言うまでもなく魔王リリアだった。

 そう……それには魔王に確認しなければならない事があったんだ。この事が、今後の戦いを左右すると言っても過言じゃあない。

 しかしリリアは、毎回通信に出るのが早いし、大体同じセリフで問いかけてくるな。


「ああ、リリア。お前に聞きたい事があるんだが……」


 俺がそう前置きすると、リリアからは緊張する気配が伝わって来た。喉を鳴らす音もはっきりと聞こえる。


「実は、魔族には聖霊様の加護である『レベル』の付与は可能なのか知りたくってな」


 俺は何の気もなしに、リリアへと疑問をぶつけたんだが、どうやらそれは彼女の望んでいた言葉ではないらしい。

 通信石越しにでもリリアの落胆した……とまではいかなくとも、どこか詰まらなさそうな気配が伝わってくる。

 もしかすれば、聞こえないくらいでため息もついているかも知れない。

 ……あれ? 俺って、何か間違った?


『……聖霊様には色々と加護を受けお導きも受けたが、その……レベル……とやらは初めて耳にする。当然、それを我らが……少なくとも私は授かっていない。ところで……「レベル」……とは何だ?』


 それでもリリアはすぐに気持ちを立て直し、明確な返答をくれたんだ。この辺りは、流石は魔王リリアだな。

 そして、俺の予想通りどうやら魔族には「レベル」の概念がないのは明らかだ。

 この奇跡は、俺たち人族にだけ与えられたものらしい。

 ……まぁ、もしも魔族にレベルなんてものが備わっていたら、多分人族には勝機なんてかけらも見出すことが出来なかっただろう。


「……その事で、話があるんだ」


 そして俺は、そのまま本題へと入ったんだ。

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