2.闇の聖霊との邂逅

魔王との通話

 眠り続けるメニーナと気を失ったパルネを抱えて、俺は重たくなってきた身体を引きずるように自室へと歩を進めていた。

 メニーナはデスパピヨンの鱗粉により睡眠状態、パルネは恐慌状態から制御されていない魔力を一気に放出しすぎて昏倒。そして俺はと言えば、セルフスキル「戦硬防御壁バリガサブル・ディファー」を使用した影響で疲労感に襲われていたんだ。


「……ひっ!」


 俺のこの様子を見て、すれ違う人が驚きの表情をしている。中には、小さく悲鳴を上げる婦人までいる始末だ。

 両脇に少女を抱えて、足を引きずるように通りを闊歩する俺の姿は……単なる人攫いだな。いや……変質者に見えたかも知れない。

 もっとも、この街「始まりの街プリメロ」で俺を知らない人は意外に少ない。そして、俺の素性もな。

 俺が勇者だったからこそ、何のお咎めもなく歩けたんだと思う。

 ……その証拠に。


「……少し宜しいか?」


「……ああ?」


「こ……これは勇者様! し……失礼いたしました!」


 こうして職質を受ける事も少なくなかったんだからな。

 ただまぁ顔を見て俺が勇者だと気づいた衛兵共は、恐縮し逃げる様に去って行ったんだが。

 すまんなぁ……疲労から対外的な表情を作れなくて……。びっくりさせちゃったよね?

 更にそんなつらい思いをしながら、俺は可能な限り自室へと足を速めた。

 目に映る街並みが滲んでるのは、きっと気のせいだよなぁ……。


 何とか倒れちまう前に、俺は自分の部屋に辿り着く事が出来た。

 俺の最終奥義でもある「勇敢の紋章フォルティス・シアール」を使った時みたいに意識を失うとまではいかないが、やっぱり睡魔が酷く休息が必要だった。

 ……まぁ、何日も眠り続けるなんて事は無いんだけど。

 それよりも、俺にはもう1つだけ済ませなければならない事があったんだ。

 俺は道具袋から通信石を取り出した。

 それは、すでにイルマへ預けているものとは違うもう1つのもの……相手は「魔王リリア」だ。


『ゆ……勇者かっ!?』


 うおっ! 俺が通信石を発動させると、すぐにリリアが応答した。

 まるで、通信石の前で待機していたかの如き素早さだ。


「あ……ああ、リリアか? げ……元気だったか?」


 実を言えば、俺は女性と通信石どころか、面と向かってプライベートに話した事は余り無い。……いや、昔の仲間たちとは普通に会話して来たんだけどな。

 パーティメンバーとは違う第三者の人間と話す機会なんてそれほど無かったんだ。

 ……もっとも、魔王リリアが実年齢何歳なのかは不明だけどな。

 たぶん……俺よりも遥かに年上なのは間違いない。

 でも話してみて分かるが、彼女は見た目の年齢のまま、実に可憐で若々しいんだ。

 ……話し方は少し硬いんだけどな。

 ともかく、リリアは俺よりも若く美しい女性だ。

 そんな美女に話しかけるのは、俺にはあまりにも難易度の高いクエストみたいなものだった。

 だから緊張していても、そして話題に乏しくっても仕方がない……よな。


『わ……私はその……元気では……いや、元気だったぞ!』


 そしてそれは、どうやらリリアの方も同じみたいだ。

 ただ挨拶を交わしただけなのに、このぎこちなさったらどうだ? 

 俺も良いおっさんだし、リリアもそれなりに人生経験を積んできているだろうに……下手をするとクリークたちよりも初心うぶなやり取りだぞ。


「そ……そうか。そりゃあ……良かった」


 良かった……ぢゃねぇ! 

 俺が話したいのは、こんな事じゃあないんだからな! 

 いやぶっちゃけ、俺には悠長に話してる時間も無いんだから、照れてないで早いとこ要件を言っちまわないとな。


「そ……それで今日はな。お……お願いがあってその……連絡したんだが」


 くぅ……! なんて……なんて話難いんだ!

 面と向かってならまだ話しようもある。

 緊張するのには違いないけど、それでも何とか体裁を整えて、恥を掻かないような振る舞いを心掛けられる。

 でもまぁ……顔が見えないこの〝通信石〟での会話だからこそ、余計に緊張してしまうのかもなぁ。

 俺の言葉に、本当はどんな顔をして反応しているのか分からないからなぁ。


『お……お願い!? それは……何だ!?』


 通信石から聞こえてくるリリアの声は、驚いているようで……嬉しそうだ。

 いや……俺が都合よくそう考えているだけか?


「じ……実は、メニーナたちの腕試しに人界の塔で戦わせたんだがな……。その……そこでパルネが暴走しちまってな……。塔を破壊しちまったんだ」


『と……塔を破壊っ!? ……そ……それでメニーナとパルネは……勇者は無事だったのか!?』


 俺が話した内容に、リリアは驚いて2人の容体と俺の安否を聞いて来た。

 その慌てっぷりは、とても魔王とは思えない……ただの少女の様な声音だったんだ。

 それを聞いただけで、俺は更に通信石のこちら側で硬直しちまった! 

 やばい……なんか意識しちまう……。

 しかし、現状はもっとヤバい! 

 このまま恐々と通話していては、俺の睡魔が本格的に動き出しちまう! 

 このままじゃあ、話が終わる前に俺の意識が遠ざかっちまうからな。


「俺もメニーナも、パルネも全員無事だよ。でも……吹き飛んだ塔の5階部分を修復しなきゃならんと思う。そこで……」


『そうか……それは良かった。それで、その塔の修復に資金が必要と言う事なのだな? どれくらい掛かるか分からないが、可能な限りこちらからも支援しよう』


 さすが魔王リリア。俺が言いたい事を僅かな言葉で汲み取り、頼みにくい事を先んじて口にしてくれた。

 こうなると本当に話が早いし……頼もしい。


「ありがとう、それは助かるよ」


 そんな気持ちを込めて、俺は想った事をそのまま口にして告げていた。

 口にした内容自体は、それほど変でも特別でも無かった筈……なんだが。


『よ……良いのだ。気にせず、どんどん頼ってくれて良いのだぞ』


 返って来た彼女の台詞で、またまた俺は言葉を失ってしまった。

 ……うぅ―――ん。

 イルマとの会話では感じなかったけど、こう言った「間」が何だかやりにくいな……。


「そ……そうか。とりあえず、どれくらい掛かるのかはギルドで確認をとってから改めて伝えるよ。その時は宜しく」


 だから俺は、早々に話を切り上げるつもりでそう返したんだ。

 そろそろ俺の方も、眠気が半端なくなってきたからな。

 魔王の能力ならば、その辺りは汲み取ってくれておかしくなかった筈なんだが、どうやら今回のリリアはまだ話し足りないようだった。

 ……いや、俺の言葉に引っ掛かりを覚えたのか?


『ギルド……か。こちらには無い互助組織だと認識しているのだが、それはどういったものなのだ?』


 そうか……。確かに魔界には「冒険者ギルド」なんて無かっただろう。

 仕事を斡旋してくれて仲間を募る場所。簡単に言ってしまえばそれだけなんだが、ただしもう1つ大きな役割を持っている。

 それは「レベル」の管理だ。

 聖霊様の恩寵により、祝福を受けた冒険者はレベルが与えられる……それは常人では考えられないくらいの、怪物と渡り合える力を得るシステムでもあった。

 勿論、ただレベルを与えられただけではそれ程の意味はない。

 己を鍛え、冒険をして、少しずつそのレベルを上げる必要があるだろう。

 そうしてそのレベルが上がって行けば、いずれは強大な敵……それこそ魔王と渡り合えるだけの力を手にすることが出来るのだ。

 ギルドはそのレベルを管理し、冒険者がレベルを上げる為の様々なクエストを手配してくれている。

 その中には「トーへの塔」や「シュロス城」と言った「疑似的な魔物の巣窟」を運営管理する事も含まれていた。

 今回破壊したトーへの塔はギルドの管理下にあり、今後続いて出てくるであろう新人冒険者の為に、放っておいて良いものでもないんだ。


「その辺りの説明も、今度一緒にしようと思う。今気づいた事もあるしな。……でも今日は、これで失礼して良いかな?」


 こちらから連絡しておいて些か失礼な物言いなのだが、冗談抜きに俺の方はもう限界だった。

 これ以上は、理知的な会話を続ける自信がない。


『あ……すまぬ! つい長話をしてしまったな。詳しい話は後日伺うと言う事で、今日はここまでとしよう! そ……それではその……また……』


「ああ……。またな……」


 完全に俺の方の事情で通話を切ろうとしていたのに、何だかリリアの方が恐縮してしまっていた。

 ……ほんと、この辺のやり取りが下手だよなぁ……俺って。

 でも、そんな反省をするのはまた後で……だ。

 リリアとの通信を終えた俺は、そのままベッドに横になると眠りの底へと引き込まれて行ったんだ……。

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