トーへの塔の惨状

「パ……パルネッ! 意識を確り持てっ!」


 俺はパルネのを止める為に、無駄だと分かりつつも大声を上げて彼女へ呼びかけていた。

 俺が……勇者であり上級冒険者であるこの俺でも慌ててしまうほど、今のパルネは非常に危険な状態だったんだ!


「あ……ああ……ああぁ―――っ!」


 もっとも、今のパルネには俺の言葉なんて届いていなかったようだ。

 さらに奇声を発してへと著しい集中を高めており、夥しい量の魔力を放出している!


 闇方向……と言っても、何も暗黒面に捉われる訳じゃあない。

 所謂「闇落ち」する訳じゃあなく、もっと簡単な言葉で言えばネガティブな考えに捉われていると言った方が良いだろう。


 でもそれは、そんな軽い言葉で済ませられる様な現象でもないんだ。


 深く絶望や悲しみ、怒りや憎しみと言った「闇属性」の力と言うのは非常に危険だ。それは、自分の身をも傷つけ滅ぼしかねない力だからな。

 人を呪わば穴二つ……これは何も、単なることわざではなく……事実だ。

 単に敵対すると言う訳じゃあない。

 その身を焦がす程のエネルギーを内より引き出すのだから、自身が無事であるはずがないと言う事は考えるまでもないよな。

 今パルネは、そんな「禁忌」の力に手を付けている……しかも、にな。

 この「無意識」と言うのも、まずい状況を助長させている。

 俺はとっさに、倒れているメニーナを後ろ手に庇う位置取りをした。

 勿論備えるのは死蝶に対しではなく……パルネに対してだ。

 そんな事をしている間にもパルネからは漆黒の魔力が噴出し、彼女はどんどんと深い闇へ沈んでゆく。


「……ちっ。……『戦硬防御壁バリガサブル・ディファー』」


 パルネを正気に戻せず、更には近づく事も困難な以上、取れる手段は彼女が力尽き倒れるまでこの場に踏み止まるしか他に手は無い。

 だから俺は余り気乗りしなかったんだが、俺の自作特殊技セルフ・スキル戦硬防御壁バリガサブル・ディファー」を発動させたんだ。

 この技は攻撃は全く出来なくなると言うデメリットもあるが、あらゆる攻撃に対して絶対の防御能力を発揮してくれる、の特殊技だ。

 この後に訪れるを考えれば気が重いが、それも今は仕方ない。


 技術スキル魔力開放マジック・インテンス」は、別にパルネの隠された力が解放された特殊な能力と言う訳じゃあない。

 実はこのスキルは、魔法使いならば誰でも使う事が出来るものなんだ。

 ただしその扱いは、特に注意が必要で非常に難しいとされている。

 まぁ……そりゃそうだ。

 自身の中にある魔力を無理やり引き出して、ただ無策に消費するんだからな。

 体力や生命力と同等に、魔力が著しく減衰すれば使用者の身体にも悪影響が現れる。

 だからこそ、魔法は精霊の力を利用して最小の魔力で顕現させるのだし、それにより使用魔力のコントロールも容易と言う訳だ。

 この「魔力開放」は精霊の干渉がない故に属性を与えられていないが、それだけにどんな相手にも有効な攻撃手段だ。

 多量の魔力を使用し術者の生命を脅かすと言う難点がなければ……だけどな。


「くぅ……あ……ああっ!」


 それまで沸き立つように放出され続けていた魔力の流出が弱まる。

 それに反して、パルネの苦痛……いや、悲鳴か? それは更に深く強いものになっていた。

 これは……最悪の兆候だ。

 すでにその異変を察したのか、それまで襲い狂っていたデスパピヨンは中空で動きを止め様子を伺っている。

 あぁあ……逃げりゃあ良いのにな。


「……来るか!」


 そうこうする内に、パルネの身体から滲むように揺蕩っていた魔力が突然消え失せた。

 ……そうじゃないな。一瞬で彼女の中に再びと言った方が良い。

 それは正しく、次なる事態への準備と言って良かった。

 次の瞬間、パルネを中心として、全方位に黒の爆発が発せられたんだ!

 壁や天井は勿論、そこにいた全ての魔物……対峙していたデスパピヨンも巻き込んで、トーへの塔最上階にある全ての存在をその黒霧は障害と見做さずに飲み込み広がった! 

 即座にして、トーへの塔5階は一寸先も見えぬ黒で塗り潰されたんだ。

 無論、術を使っているパルネと「戦硬防御壁」で防いでいる俺、その足元に横たわるメニーナは無事だがな。


 何ものをも見通せない闇黒も、そう長くはこの場に留まっていなかった。

 パルネの魔力を使用しての術なんだから、それも当然だな。

 彼女が力を出し尽くせば「魔力開放」の行使も止まり、その効果もすぐに消え失せる。

 ……そして。


「……こりゃあ」


 俺は思わず絶句してしまっていた。

 完全に視界が晴れ、随分と見通しの良くなったトーへの塔5階には俺と眠っているメニーナ、そして倒れているパルネだけが残っていた。

 その他には何も……何も残されていなかったんだ。


「しっかし……床が抜けなくて良かったって事か?」


 救いだったのは、床まで消し去らなかったって事だろうか。

 もしも足元を含めた全てのものが攻撃対象となってしまっていたなら、このトーへの塔そのものが消え去っていたかもしれない。

 それほど、パルネの使った術は強力なものだったんだ。


「パルネが未熟で良かった……。それでも……」


 でもパルネが自分の力をコントロール出来ていなかったからこそ、被害もこの程度で済んだと言って良い。

 無意識化で足元は障害物とは認識しなかったんだろうな。

 俺は「戦硬防御壁」を解除し、ゆっくりとパルネの下へと歩み寄った。

 彼女は倒れたまま、ピクリとも動かない。


「……ふう。とりあえず、命に別状はないようだが……」


 ユックリと抱きかかえると、小さいが規則正しい寝息が聞こえたんだ。

 特に苦しんでいる様子も見えないし、ただ気を失い眠っているだけだと判断出来た。

 メニーナの方も眠っているだけで外傷はないし、とりあえず2人には問題らしい問題はないようだな。


 ……2人の身体にはな。


「でもこれ……どうするよ」


 現状で一番の問題は、この吹き飛ばされたトーへの塔最上階ってとこだろうか? 

 こればっかりは、どんな言い訳をしても誤魔化しきれないだろうなぁ……。


 このトーへの塔は、新人冒険者の登竜門として今でも十分役に立っている。

 周辺の魔物の強さを考えれば、建物を再建すればいずれは「デスパピヨン」クラスの魔物が再び住み着き、程なくしてこれまでの役割を果たしてくれるだろう。

 問題は、その再建をどうするか……資金はどこから調達するかって事なんだが……。


「あぁ―――……。頭痛くなってきた」


 メニーナを預かって、初っ端からこの惨状……。

 こりゃあ、この先も順調にってのはちょっと虫が良すぎるかもなぁ……。

 それを考えれば頭が痛くなってくる話なんだが、それは単なる比喩に過ぎない。まぁ言うなれば「頭痛の種になる案件」って事かな? 

 実際に問題へと直面して悩む事はあっても、本当に頭痛になるってのはそうある訳じゃあないからな。

 俺が頭痛を感じているのは、また別の理由からによる。


「……リリアに相談するしかないかな?」


 労力だけで済むなら、俺がいくらでも動けばいい。

 ……まぁ、最近ではその労働力にも自信がなくなって来た訳だが。あぁ、やだやだ。年は取りたくないねぇ。

 ともかくこの塔の案件については、それなりの資金力も必要になって来る。


 これまでに俺が貯めた金を使えば、この塔の修繕費くらいにはなるだろう。

 でもそれで、俺のこれまでの貯蓄はかなり目減りしてしまう。

 無くなるのは一向に気にしないんだが、これからメニーナたちやクリークたちの面倒で何がどれだけ掛かるか分かったもんじゃない。

 それを考えれば、俺だけでこの場を肩代わりする必要もないと思ったんだ。


「とりあえず、まずはこの場を退散するか……」


 どのみちギルドへの報告も含めて、すぐに解決出来る事じゃあない。

 それに俺自身も、今日明日は動けなくなる予定だからな。

 こんな所で倒れてしまっては俺はともかくとして、眠ったままのメニーナやパルネに危害が加えられるかも知れない。


「……シフト」


 だから俺は、寝入ってしまう前にメニーナとパルネの2人を連れて、その場から転移したんだ。

 け……決して事態を放り投げて逃げ出した訳じゃあ無いんだからね!

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