窮鼠たち

 上空を舞うデスパピヨンの鱗粉攻撃を受けて、前衛で戦っていたメニーナは突然昏倒して動かなくなった!

 これはデスパピヨンの「特殊攻撃」で、メニーナはその影響で眠りの効果が発動して睡眠状態になったんだ。

 戦闘中だったと言うのに、倒れているメニーナはどこか穏やかな笑みを浮かべて眠りについている。……どんな夢を見ているのやら。

 しかし今は戦いの最中で、死蝶もただメニーナを寝かしつける為に鱗粉をばら撒いた訳じゃあない。

 このままでは、メニーナはデスパピヨンにやられてしまう可能性もあった。

 ……もっとも俺が見る限りでは、肉体的な性能の差から一撃で致命傷を受ける事も無いんだろうけどな。

 それでも、ピンチなのには違いない! 

 万一の時は、俺が割って入る事も考えているが今はその時じゃあなかった。

 何故なら……まだアカパルネが残っている。

 今後この先、こういった状態異常に晒される事は少なくない。

 そんな時に重要となるのは、残ったパーティメンバーがどんな風に立ち回るかと言う事だ。

 そして今ここで必要なのは、パルネの冷静な判断と対応力な訳だが……。


「メ……メ……メニーナ!?」


 予想に反してと言おうか、予想通りとでも言おうか。パルネは思いっきり取り乱していた。

 もしかすれば彼女の眼には、パルネは突然倒れて死んでしまったように映っているのかも知れないなぁ。

 俺よりものパルネではあるが、その精神年齢は外見の通りでまだまだ幼い彼女は一瞬でパニックに陥ったんだ!


「ひ……氷結……氷結を以て、敵……敵を貫け! グ……氷魔法グラス!」


 そして倒れているメニーナを助けようと、何とか魔法を唱えていた。

 でも詠唱は噛んでるし精神集中は出来ていないしで、まともに魔法が発動できていない。

 それが証拠に……。


「あ……あれ? ど……どうして!?」


 パルネの放った魔法はさっきまでの巨大で多くの氷塊じゃあなく、小さく少ないものだったんだ。……一言でいえばショボいってやつだな。

 見た限りでは、ここを攻略するくらいの新人冒険者が放つ威力程度しかなく、あれじゃあデスパピヨンを退けるどころか怯ませるまでにも至らない。


「え……えいっ! えいっ!」


 その後も幾つかの魔法を使い何度か攻撃を仕掛けるものの、どれも有効とはならなかったんだ。

 それが余計に、パルネの混乱に拍車を掛けていた。


 言うまでもなく、魔法の使用には精神集中は必要だ。

 もっともそれは、魔法だけとは限らない。

 武器を用いた攻撃スキルにしてもそうだし、より効果的な回復を発現させる為にも集中力は不可欠だ。

 どんな場合にも冷静に且つ高い集中力を発揮する事は戦いにおいて必須なんだが、そんな事は誰にでも、何もせずに行える訳がない。

 ……まぁ、出来るとしてもそれはそんな才能を持った一握りの人材だけだろうけどなぁ。

 俺の知る限りでは、やっぱりこう言った事は場数を踏んで多く経験する必要がある。

 このトーへの塔に来るまでに何回も戦闘を経験し、時には苦戦したりして戦いのノウハウを得ていくのがセオリーだろうか。

 でも今回メニーナとパルネは、それらを飛び越えてここに来た。

 ……と言っても、連れて来たのは俺なんだけどね。

 だから敵が特殊攻撃を使用して来た今となっては、この混乱もまぁ俺の想像の範疇だったんだ。


「パルネッ! 落ち着けっ! まずはメニーナを起こす事を考えるんだっ!」


 俺がこの程度のピンチで手を貸す事は出来ない。

 この戦いはメニーナとパルネのものだし、これから先にも幾つもの危機があるだろうしな。

 何よりも、デスパピヨンの攻撃数度くらいでは、今のメニーナやパルネはやられたりしない筈だ。

 ……万一の時は、俺の回復魔法で何とかしてやるしな。


「え……!? メニーナ!? お……起こす!?」


 俺の助言を聞いても、パルネはすぐにそれが何を意味するのか分かっていないようだった。

 それどころか足を止めてしまい、動きを止めて考えてしまう始末だ。


「パルネッ! 足を止めるなっ! 怪物の方を見ろっ!」


 まさか、立ち止まってしまうとは論外だった! 

 これにはさすがに、俺も慌ててしまいつい語気が荒くなっちまった!

 でも、それもさらに悪い方へと働いてしまう! 

 死蝶は今度は攻撃を仕掛けて来たパルネに標的を変えて、急降下して来たんだ!


「き……きゃあっ!」


 上空から滑空して来たデスパピヨンは、そのままパルネにその巨体をぶつけようとしたんだろうが、パルネは咄嗟に回避して難を逃れていた。

 彼女の身体能力もまた、この塔に住むレベルの魔獣よりも優れていた。

 それは後衛系の彼女であっても、デスパピヨンに負けないくらいに……な。

 冷静だったならそれに気付いて作戦も構築するんだろうが、混乱を来している今のパルネにはその事を把握出来ない。

 さっきの攻撃を躱す事が出来たのも、多分偶然だと勘違いしているだろうな。


「きゃっ! いやっ!」


 しかし、死蝶の攻撃は止まなかった。

 そのまま上昇しては滑空するを連続で繰り返し、その度にパルネは転がるように回避し続けていた。

 実際は全くそんな事は無いのに、パルネは自分がデスパピヨンに追い込まれていると錯覚しちまっている。


 ―――……どうする? ここで介入するか?


 俺は状況を見据えながら、この戦闘を終わらせるタイミングを計っていた。

 どれほど強い力を持っていようとも、経験が圧倒的に少ない事は初めから分かっていたからな。

 場合によっては苦戦し、負けるって事も十分にあり得たからだ。

 その間にも、パルネはデスパピヨンに追い込まれて防戦一方だ。

 何かの切っ掛けで攻勢にでも回らない限り、彼女の精神的な限界もそう遠くないだろう。

 実力では明らかに上回っているパルネの反撃を期待するあまり、俺の手出しが遅れた事は本当だった。

 でも、俺だって全能じゃあない。不測の事態ってのは、いつだって起こりえる事だったんだ。


 いよいよパルネは追い込まれていた。

 それは肉体的ではなく精神的なんだが、当の本人にはその違いなんて分かってないだろう。

 打つ手がないと思い込み、メニーナも助けることが出来ず、ただデスパピヨンの攻撃を躱すだけで精一杯。

 自身の不甲斐なさやら無力さを痛感し、絶望しているんだろうな。

 そして、死蝶が一際大きく飛び上がった! 次の攻撃で、パルネを仕留める気なんだ!

 もっともそんな事は不可能で、それは魔獣の勝手な思い込みだったんだが。

 悲しいかな知性の低い魔獣には、相手がどの様な状況かの判断はつかない。

 全くダメージを与えていないにも関わらず、相手から攻撃がないだけで自分が勝っていると思っちまうんだな。

 だからこんな全力攻撃を仕掛けるなんて選択肢を取るし、隙だらけにもなる。


 ―――頃合いだ……。


 いや……もうこれ以上パルネを追い込むのは危険すぎるな。

 下手をすれば、今後の冒険にトラウマを残す結果になり兼ねない。

 俺は意を決して、2人の戦闘に介入しようと動き出そうとした……んだが!


 その時、俺よりも早く動き出したのは……パルネだった!

 いや……パルネの絶望の方が早く訪れ、俺の決断が遅かったのかも知れない。


「き……きゃああああああぁぁぁぁっ!」


 とにかく、俺が行動を起こすよりも早くパルネが奇声を発しだしたんだ!

 しまった! 完全に見誤った!

 これは……かなりまずい状況だ!

 俺はその瞬間、焦りにも似た感情を抱いていたんだが!


 ―――本当にまずい状況となったのは……この直後だった!


 俺の目の前で、大声を上げるパルネの身体から黒い霧が噴出したんだ! 

 俺はこれには見覚えがある!

 そして、今のパルネには過ぎた「技」でもあったんだ。


 この技の名前は……魔力開放。

 魔法ではない、魔法使いが使う「とっておき」の攻撃手段だったんだ!

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