012_面と面の面談です
明くる日。
「おっはよーございまーすっ!!」
朝の挨拶は元気が大事! 聞いていて耳障りなぐらいの大声でしましょう!
意味? 特にありませんな!
「……あのね、VB? まだ6時前なんだけど……」
「存じとります。時計の読み方ぐらい分かりますから。ほらほら、それよりも朝の体操の時間ですよ〜」
「田舎の年寄りじゃないんだから……」
体操は冗談として。ハーメリアの部屋に一泊した私です。
本来の着任よりも結構早かった為、冗談抜きで私の部屋はありません。ですが基地の人事部の人もユキ中佐の奇行には慣れていまして、前倒しして手続きをしてくれるそうで。
それでも当日中ってのは難しく、渋々ハーメリアの部屋を使ってやる流れとなったのでした。
研究員の寮部屋ですから案の定、散らかっていて足の踏み場もありませんでした。それを人が住める環境へ片付けてから寝たので、ぶっちゃけ三時間しか寝てないわー。
……さて。おふざけはこの程度にしておきましょうか。
昨晩の出来事です。二人っきりになって邪魔が入らなくなったところで、ハーメリアは邪神の本性を晒す――こともなく、ナヨナヨした喋り方のまま本題に移りました。
「アタシは連合にガンマシンを完成させることが目的なのよ。だから、あなたがこのままテストパイロットを務めてくれれば万々歳ってこと。だからこっちから頼みたい事は特にないわ」
なんだ、そんなことか、と納得しそうになりました。ですが、私はもうこの女を爪の先ほども信用しないと決めているのです。
宇宙的悪意の塊みたいな無貌の神は、人間を破滅させることにのみ腐心するクソ野郎。虚実織り交ぜて人間を翻弄するのが真骨頂。仮に事実を話しているからといって、信頼には値しません。無意味におちょくってくることも大いにありますし。
「だから、それを言われると会話が成立しないじゃない? それにアタシもあなたと同じ、人間タイプの化身だもの。役割こそあれ、邪神由来の能力は持たされていないわ」
「そういう問題じゃないのですよ。何度も言いますが――」
「アニーラちゃんは信頼してたのに?」
……――なんですって?
「だから、アニーラちゃん。死んじゃったらしいけど、あなたの友達だったんでしょ?」
聞き間違いではないですね。
こいつがどうしてあの子を知っているか。そこはまあ、重要じゃないのです。「何でもアリ」なニャルラトホテプ、状況的に知らない知識を持っていたって不思議じゃありません。私の持つ『前世の記憶』もその類ですし。
問題は、この場面でどうして彼女の名前が出てきたのか。
「だって、あの子も化身よ? アタシ、あの子の代わりにあなたの側にいろって『本体』から指令を受けたんだもん」
ハーメリアの言葉が遠いです。山の向こうから聞こえてきた誰かの山彦みたいに現実感がありません。
なのに何ででしょう。感情が理解を拒む一方、冷静な理性が納得しているのです。
私は無意識に、胸の谷間に隠した彼女のペンダントを取り出して見つめていました。
……タネが割れると単純ですね。
「あの子……義眼ではありましたが普通の眼でしたよ?」
「自覚が無かったんじゃない? もしくは潰れた片目だけがそうだったとかねん?」
「そんなことって……」
覚醒すると瞳が金色に? あはは、んなアホな……。
「一応言っておくけど、アーニラの役割までは知らないわ。推測だけど
筋は通ってる気がします。這い寄る混沌のくせに。
けど、わざわざそんなことしたって、私は奴から役割なんて与えられちゃいねーっすよ? いったい何を手伝おうってんでしょうか。
「そうなの? 自覚のある化身なのに?」
「ええ。第一、自分以外の化身がいることすら知りませんでしたし。邪神の計略だか策略だかには無関係なんすよ、多分」
「そんなはずは……」
鼻から口に掛けてを撫でながら、ハーメリアは「むむむ」眉根を寄せています。
けどそんな顔されたって、私には目的どころか人生プランすら無いんですけど。あえて言うなら金! 食い物! バイオレンス! でしょうか。
欲望に忠実に、昨日を忘れて明日を顧みない人生を送る。それがヴァレリア・バニーの展望なのです。
「ロクでもないわね……」
失礼な! 今の世で人々が真に求めているものじゃないですか!!
というわけで、私が求めているのがバリバリ混沌・中立であるならば、邪神のプランにも沿ってるんじゃない? と判断したハーメリアとは、同僚として仲良くやっていこう……という形で落ち着きました。
それと余談ですが、ハーメリアは毛の薄い女は好みじゃないとのことでした。ですので一緒に湯船に浸かっても、最初以外は特に注視されることもなく、普通にお姉ちゃんみたいな温かみを覚えたぐらいです。
化身でなければ心を開いても吝かではありませんが、最後まで油断はしません! ええ、しませんとも!!
そんなこんなで、場面は朝へと戻りまして――。
「ではハーメリアは顔でも洗って来てください。朝食の支度をしておきますので」
「……VB、料理できるの?」
「野戦の基本ですよ。これでも傭兵歴が長いのです!」
とはいえ、冷蔵庫に生鮮食品などありませんでしたけどね。
しかし前世でもレトルト、缶詰、冷凍食品が主食だった私です! 保存食に手を加えてちょっぴりゴージャスに仕上げる技術ならちょっとしたもんよ!!
えっと、オイルサーディンにツナ缶があるなら、チューブニンニクと醤油で……そしてこいつをペペロンチーノの上にドバーッ!
「はい、完成! 見た目は酷いですが、ワンランク上の食事に――」
「ごめん、VB。寝起きにはキツいレベルのコッテリだわ……」
あらら。
ちなみに私は自分でもどうかと思う健啖家ですので、朝からラーメンだろうとステーキだろうとバッチコイです。
「おっはよーございまーすっ!!」
本日二回目。今回は広いガンマシンのハンガーですので、多少響いた程度ですね。
予定ではここに実機が組み立てられるそうですが、まだ影も形もありません。基礎フレームは木製とのことなので、素組みぐらいなら別の場所でやっているのでしょうか。
「おっはよん、みんな!」
「……本当にハーメリアのところへ泊まったのか、お前……」
なぜ幽霊でも見たかのような視線を向けるのですか、イーバさん。
この人、体毛の薄い女性には興味ないそうですよ? ちなみに同じヒューマンでもユキ中佐は守備範囲内だそうです。どうしてでしょうね?
「…………さあな」
あ。イーバさん、露骨に顔を背けました。セクハラ発言になるのを避けたのでしょう。もう、紳士なんですから!
「へえ。……そいつか、アワユキが連れてきたっつう新人は」
ん? 昨日はいなかった男性がいますね。
顔立ちはハンサムで、野性味の強い伊達男といった風貌でしょうか。剛毛なのか方々へツンツン逆立った黒髪がうっとおしいです。
年齢は十代後半といったところ。服装が軍服っぽいですが、赤を基調として肩や襟に立派な金の細工が目立つデザインは連合ものではありません。
連合軍にも統一されたデザインの軍服が流通してはいますが、一部の国はそれまで使っていた物をそのまま使っているのだとか。こいつもそういう国の高等士官ってとこでしょう。
こっちから特に用は無いので、会釈だけして素通りします。
「待ちなさい」
ところが、その行く手をこれまた見覚えのない女性が遮りました。
こっちは完全にスーツ姿でタイツにハイヒールという、仮に軍属だとしても後方で踏ん反り返っているタイプでしょう。波立った金髪をポニーテールにした、目元のキッツイ眼鏡美人でした。
同じ眼鏡なら、ユキ中佐の方がずっと洗練されていますね。あちらは丸型の縁無しなのに、こいつは四角い赤のセルフレームなもんですから、キツイ目元が強調されています。
「一言の挨拶も無しに、無礼ですよ貴女。この方を誰だと心得ているのです?」
キツイ美人は、どうやら伊達男が無視されたと思ったようです。
そっちこそ失礼な。ちゃんと会釈したでしょう。
「その態度が不敬だというのです。この御方はエリキセ王国の王子、クオレ・エリクシール様ですよ」
「そうっすか。んじゃ、自分はこれで」
王族? どうでもいいっすよ。こちとら連合軍にいるってだけで、どっかの国の国民ってわけじゃあないんですから。
特にエリキセの王族といえば、今の時代まで専制君主制を固持し続けてる前時代的な蛮族ってもっぱらの評判。実物を見たのは今日が初めてですが、わざわざ積極的に関わりたくはありませんね。
「き、貴様! 言うに事欠いて蛮族だと!!」
私の一言が気に障り、キツイ美人が腰に差したレイピアに手を添えます。
が、付き人の動きを他でもない、王子本人が止めました。
「止めろって、ニーナ。そうやって過剰反応するから蛮族って陰口叩かれるんだぞ?」
「いえ、こいつ面と向かって言いましたよ? 陰でなくって」
「まあまあ。……聞いての通り、オレはこの国の王子クオレだ。こいつは側近のニーナ。君の名前は?」
……まあいいでしょう。ヴァレリア・バニー二等兵(昇進するのは正式に着任してからだそうです)にだって、名乗られたら名乗り返す程度の礼儀ぐらいありますとも。
「ああ。よろしく……えっと、ヴァリーって呼んでも?」
VBでも、お好きにどうぞ。じゃあこっちは「クソ王子」とでもお呼びしましょうか。
「貴様!」
「はっはっは! さすがにクソはよしとくれ!」
付き人のニーナさんはマジギレ寸前。ですが王子の方はスルーしてますね。まだ煽りが足りないようです。
「クックック。王族たるもの、そう安々と馬脚は表さねえのよ。なにしろ未来の国王だからな」
「そうですか」
ニヤリと鋭く笑う王子ですが、王様狙ってんならその軽薄さはどうなんでしょうね。威厳と親しみは反比例しますよ?
……で? 結局のところ何の用なんすか?
「顔を見に来ただけだ。我ら連合にとって反撃の狼煙となる『聖剣』の担い手のな」
「せーけん?」
「おうよ。完成したガンマシンには、オレが直々に名前を付ける契約になってんだ。エクスカリバー、イカすだろ?」
安直っすね。もうちょい捻ったらどうっすか?
「……そうか。……まあ、うん。完成までもうしばらく掛かるんだし、もうちょっと案出してみるわな」
あ、ガチ凹みしてるぞ、この人。王子にとって、エクスカリバーってのは相当考えてひり出したものだったようですね。でも、もっと独創的な方がいいんじゃないかと。
……え、私ならどう名付けるかって? ……ベルベットサイファーとか?
「ふっ」
あ! 笑うなクソ王子!! ニーナさんも含み笑いすな!! イーバさんにハーメリアは生暖かい視線を止めるがいいです!!
いいじゃないですか、ベルベットサイファー!
私もイイ感じに自爆したところで、王子とニーナさんは仕事があるからと帰っていきました。ちゃんちゃん。
「クソ王子め。なーにが『エクスカリバー』だ、馬鹿が。ボクの『ディートリンデ』に変な名前を付けられてたまるか」
いつの間にやらイーバさんの背後にユキ中佐がいて、王子の背中を鬼の形相で睨んでいます。
てか、本当にクソ王子呼ばわりしてる人がいましたよ……。
「……ねえ、ユキ中佐?」
「ベルベットサイファー(笑)」
チクショウ!! 中佐にまで嗤われた!!
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