011_そういえば這い寄る混沌なのでした

 雌犬は私を、基地の食堂にあった個室スペースへ連れ込みました。奢ってくれるとのことなので、素直に甘えましょう。


「好きなものを頼めばいいわよん。遠慮なんてしない――」

「あ〜、すんません。オムライス定食とハンバーグランチ、トンカツ……いやカツ丼とロイヤルサンダーズパフェお願いします。ドリンクはホットココア、大で」

「する気配すらないね」


 当然です。

 文字通り朝から何も食べていませんし、それ以前に四日も寝ていたので点滴しかうけていませんし。胃袋が食品を求めて叫んでいます。

 もっとも、満腹であのGがキツいシミュレーターに入っていたらマーライオンみたいになっていたでしょうから、結果オーライ……でしょうかね。


「……それはそうと」


 雌犬ってば、長い口から舌をチラつかせてニヤニヤと気持ち悪い……ひょっとするとアヌビス的には色っぽいのかもしれない笑みを見せてきました。


「改めて自己紹介するわね。ハーメリア・ハーベスト、あなたと同じく『無貌の神』の一相だわよん♪」

「宗教に加入したつもりはありませんけど」

「違うってば。分かるでしょう? 世界の外側から俯瞰している大きな存在のこと」


 雌犬……ハーメリアはニヤニヤと私の顔を覗き込みます。私と同じ金色の瞳は、種族を問わず類を見ない奇相なんだとか。

 満月みたい、と言われたこともありますが、綺麗な色なのに不気味がられることの方が多いです。確かに同じ色してる人、全然見かけませんけど、だからって怖がることないじゃないですか。


「これこそ邪神の化身アバターである証よん♪ つまり、アタシとあなたは同属ってことよ」

「ヒューマンとアヌビスっすけど?」

「どっちも人間よ? 子供だって作れるでしょ。でも意味じゃない。同じ混沌を祖とする間柄……いい加減にトボけるのも止めない?」


 と言われましても……。

 確かに私ってば、あの邪女神の力でこの世界に転生してます。こいつの言葉で言うところ、化身の一つってのも確かでしょう。認めたくないけど。


 かの邪神ニャルラトホテプは、外宇宙から色んな分身を地球に放ち、人類をおちょくりつつも破滅させようとちょっかいを出す、紛うことなきド畜生。

 そんなんですから、化身の中には自覚のない普通の人間だっています。さらに化身と化身が鉢合わせたり、お互いに争ったり……なんて話もありました。

 ハーメリアと私がどっちもニャルラトホテプだとしても矛盾なく成立するとか、便利な設定ですね、ほんと。


「こうして対面すると、アタシ達の何かが共鳴してるのを感じない? 運命の赤い糸、みたいなの」

「全っ然。一兆歩譲ってあんたが同類だったとして、あのニャルヤロウの化身って時点でロクでもねえのは明白っすよ。関わるだけ損、百害あって一利なし。オッケ?」

「いや、だから君も化身だろって……」


 馬鹿が。だからですよ。自分のの悪さぐらい自覚してます。それと同程度に面倒臭い人間とか。一番友達になりたくないタイプじゃないですか。


「自分を悪し様に言うのは感心しないわね」

「勘違いしないでください。私自身は私が大好きです。だいたい化身同士だからって何なんすか? お前の企みの片棒を担げとでも?」

「あはっ♪ それはもう間に合ってるわ。むしろ……」


 ハーメリアの目付きが鋭くなった、その瞬間。待ちに待った料理が運ばれて来ました。

 片棒担ぐのが間に合ってる、というのはどういう意味なのか気になりましたが、腹の虫には敵いません。

 何よりこの美味そうな匂いが食欲を刺激し理性を溶かす! クルーザー基地よりも数段レベルが高いですね!

 もちろん、見た目と違わず味の方もハイクオリティ! 箸が止まりません! 使ってる食器はナイフとフォークですけど。


「それはね、エリキセの宮廷料理人が厨房に立ってるからよ。エリキセってほら、連合軍の盟主国気取ってるじゃない」


 へえ、そういう事情があったんですね。そういやこの基地も、エリキセ王城の一部を改装したものだそうで。

 遠目に天守閣(西洋の城ですが、こういう呼び方で良いのでしょうか)らしきものも見えていましたが、気にしていませんでした。


 ……そうそう。説明が遅れましたが、エリキセってのは私がいるこの基地の名前であり、基地があるこの国の名前であり、フォーマルハウト連合の発起国のことです。

 歴史は百年ぐらい。魔法関連資源がわんさか採れる鉱山を大量に持っている国家です。ご大層に『魔導大国』なんて名乗ってる通り、連合全体へ武器を輸出している軍事国家ですね。その豊富な物資のお陰でガンマシンの開発が出来るのでしょう。

 他に知ってることって言えば……今どき専制君主制で貴族制度がまかり通っている蛮族、ぐらいでしょうか。あまり観光雑誌とかは読まないもので、これ以上は知りません。


「もっとも観光業なんて概念がこの世界に生きてるかは知りませんがね」

「誰と話してるの……えっと、VB?」

「頭に飼ってる妖精さんです。そっちにもいるでしょう、そんぐらい」

「いないってば……」


 私にだっていませんよ。実はただの独り言ってなもんです。

 しかし美味いな、これ。この基地へ異動となって本当に良かった。


 ……などと思っていた矢先のことでした。デザートのパフェへ伸ばそうとした手が動かなくなりました。


 ああ、なんということでしょう。四日も何も食べていなかった私の消化器官が、突然のドカ食いに激しいショックを起こしまったのです!

 激しい腹痛。止まらない吐き気。料理の味は大変美味だったのに、ここに来てばいあぐえぁ!?


「!?!?!? ぶ、VB!?」

「うっ、うぐぐぐ……!?」

「つ、辛いなら吐き出しちゃった方が楽になるよ?」


 冗談でしょう? 一度食った物を吐き出すなんて出来ますか!! 貧乏性なんじゃなくって、長年培った習慣です。次にいつ飯が食えるかって生活を経験すると、どうしてもこう……ね?


「なぜその状態でパフェへ手を伸ばせるのかな!?」


 注文した料理は全部食べるのが常識でしょう!!


「……天才どころか、とんだ馬鹿だわ、こいつ……」


 じゃかあしい!

 私は仏頂面でタバコを吹かし始めたハーメリアを無視して、アイスと生クリームの山へスプーンを突き刺します。


 あ。この後しっかりパフェもココアも食べ切ったので、ご心配なさらず。

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