009_こうして私は抜擢されたのです

 小隊長に笑い死にさせられかけた翌日です。

(ベッドからの)外出許可も降りたので、予定通り共同霊園を訪れました。アニーラを含めてあの作戦で亡くなった仲間の冥福を祈ります。


 霊園と言っても巨大なモノリスに名前が刻まれているだけでして、遺体は超火力で灰燼どころかプラズマ化させた挙げ句に大気中へ放出されていて、ここには残っていません。

 雑多な宗教が入り乱れている連合なので、土葬だったり火葬だったり弔い方は千差万別。なので間を取って空気へ還元しよう! とどっかの誰かが思いついて以来、この『空葬』とも呼べる様式が一般化しています。


 情緒もクソもありませんが、土に埋めるより手早く自然に還りますし、また死者が風に乗って故郷へ戻っていくような気もしますので、逝く方にも残された方にも案外悪くない帰結かもしれません。……いえ、欺瞞なのは百も承知ですがね。


 もっとも一番の理由は、このという限られた空間における省スペースと効率化への御為ごかしなんでしょうけどね。けっ。

 あ、私の所属する基地ってのは、全長200メートルの陸上戦艦ランドクルーザーです。省スペース化もやむ無しっすね。


「街に降りたらショッピング行こうって、約束してたんですけどねぇ」


 線香と献花(この世界にもこういった文化はある)を終えた私は、無意識に呟いていました。

 ですが、いつまでも引きずっている訳にはいきません。アニーラのことは思い出にだけ残しておきましょう。

 むしろ頭を切り替えないと、次は私が死にかねません。形見の✕型ペンダントを胸の間に隠してしっかりキープしつつ、霊園を後に――、


「あ、あの! すみませんっ、あの!!」


 後にしようと思った矢先、キンキンうるさい声で呼び止められました。

 無視しようかと思いましたが、声の主はすごい勢いでこっちに近付いてきました。


「待って! 無視しないで!! 待ってぇーっ!!」


 うるせえ。ここは墓場っすよ。デカイ声を出すんじゃあねえっすよ、おい。


「ひっ!?」


 なるったけ低い声で脅しつけた甲斐あって、誰だか知らないお嬢さんは大人しくなりました。

 んで、改めて相手が誰だか見てみると……なんとこいつ、あの森にいたドレスの令嬢ではあ〜りませんか! 縦ロールが無くなっててジャージみたいな地味な服だったので気づかんかったわ。

 それに……化粧が落ちたすっぴんなんですが、あの時と比べて圧倒的に顔面偏差値が急上昇しています。ドギツいケバケバ厚化粧の下には、純朴そうなお淑やかな美少女が隠れていました。表情も穏やかで、印象も180度違います。


 仲間に見捨てられたので連合に保護されたのでしょうが、そのせいでお淑やかに振る舞ってるとか?

 しかし民間人といえども帝国臣民。基地内を自由に歩かせて良いのでしょうか?


「えっと、あの……」


 令嬢はモジモジと胸の前で手を合わせながら私の顔色を伺うばかりで、一向に話し出そうとはしませんでした。最初に見掛けた高飛車な印象とは真逆ですが、敵地に一人で取り残されればむべなるかな。


「大人しくするなら怒りゃしねーっすよ。で、何の用で?」


 こっちから話を促し、令嬢はようやく口を開こうとします。


「やー、やー! やっとみっけたよ〜!」


 が、反対方向からさらに別の小うるさい声に、令嬢のボソボソ声は掻き消されてしまいました。

 というかですね? 霊園で騒ぐの流行ってるんですかねえ?


「おっと、ゴメンゴメン。英霊の方々も許しておくれ」


 現れた白衣でチビで銀縁眼鏡の女は、私とモノリスへちょこんと頭を下げました。

 身長は私より高い……といっても150センチあるかないか。年齢的にも私よりは上ですね、って程度でしょう。

 目の下にでっかい、顔はゾンビみたいな白と化け物じみてはいますが、そこそこの美少女でした。

 それにしても気になるのは、鮮やかな血の色をした瞳です。もしや、この人?


「改めまして。来週から君の上官となる、マツカゼドドメノアワユキ技術中佐だ。気軽に『ユキ中佐』とでも呼んでおくれ、ベイビー?」


 そう言ってメガネ中佐は私に顔を近づけてウインクしつつ、第三の眼を開きました。


「ま、魔族!?」


 隣の令嬢が息を飲みます。私もちょっぴり驚いていました。

 白い肌に紅い三つ目は、紛れもなく魔族の特徴です。恒常的な戦争を嫌って僻地へ移り住んだと伝え聞いていますが、まさか連合軍に所属している者がいたとは。

 彼らはヒューマンより十倍以上も長い寿命に、生まれつき強力な魔力を持っていますが、反面出生率が低く、絶滅に瀕した民族とのこと。彼らの史跡を見る限り、文化形態は日本の平安から戦国時代辺りをざっくりまとめたような雰囲気でした。

 アワユキ、という彼女の名前も、魔族の国特有のものです。古式ゆかしい和風っぽい辺り、魔族よりも『鬼』と呼ぶ方がピンと来るかもしれませんね。ツノはないけど。


「二人とも、魔族を見るのは初めてのようだね。いいさ、珍獣扱いは慣れている。それよりだ、バニー二等兵。もう出歩けるぐらいに快復したのなら、早速ボクと一緒に来てもらいたい!」


 矢継ぎ早にペラペラ話すメガネ中佐は、私の返事も聞かずに手首を掴んでくるや、ズンズンと歩き出しました。


「あ……」


 取り残された令嬢は、こちらに手を伸ばしますが、それもすぐに引っ込みます。そのまま立ち尽くすかと思いましたが、なんと小走りに追っかけて来ました。

 メガネ中佐はそれを咎めるでもなく(というか気付いてない?)好きにさせ、されるがままな私を何処かへと連れ去ったのでした。

 やがて到着したのは、クルーザーの後部ハッチ。普段なら街に接岸した時だけ開放されるそこが、走行中なのに開いていました。


「本当ならこの艦が入港するのを待つ予定だったんだ。けど、居ても立っても居られなくってね。クックック!」


 怪しげな……むしろ危ない笑いを浮かべたメガネ中佐から眼を逸しつつ、私の視線は見慣れない大型のトレーラーへ向けられます。

 荷台に解体されたゴブリンらしきパーツがぎっしり乗っているあたり、本当に大きいです。25メートルのプールぐらい収まりそう、というと大袈裟ですが、横幅はともかく奥行きはそれぐらいありました。


「あれの回収と君のピックアップを兼ねて、一足先にエリキセへ向かう。到着したら、すぐにでも作業に取り掛かるぞ!」

「待って! 待つのですよ、中佐!! 命令なら命令で聞きますから、まずは内容を話してくだせえ」

「え? ……あ、うん。道中で話すから、車乗って」


 メガネ中佐ってば、のこのこ着いてきた令嬢に今さら気付くと、私を彼女と引き離すようにトレーラーへ連れ込みました。状況次第では誘拐ですね、これ。

 今度こそ取り残された令嬢は、走り出したトレーラーを最後までじーっと見送っていました。

 私はと言えば、荒っぽい運転で後部ハッチから飛び出したトレーラーの助手席で、そういえば着の身着のままで飛び出していたことに遅ればせながら気付きます。てかほとんど布一枚しかない入院着です。下着も身に着けてないから辛いんですよね、胸が!


「荷物については安心したまえ! 数日中にクルーザーもエリキセへ入港する。そのときに私物を回収すればいい!」

「それまでどう暮らせと?」

「生活品ぐらい、ボクがいくらでも揃えようじゃあないか! 君の能力にはそれだけの価値があるのだ!!」


 なんのこっちゃと首を傾げる私ですが、実のところなんとな〜く予想が付きます。


「ガンマシン絡みっすか?」

「そうだとも! バニー二等兵……いや、ヴァレリア! 君を開発中の連合製ガンマシン第一号、そのテストパイロットに任命する!!」

「いや、前見てくだせえ、中佐ァ!!」


 トレーラーにランドクルーザーを楽々引き離す猛スピードを出させながら、ハンドルからも手を離して私にと指先を突きつけたメガネ中佐でした。遮蔽物のない平原だから良いものの、危なっかしいのなんのって。


 しかし、テストパイロットですか。ある程度は予想通りです。

 自分では覚えていませんが、意識を失った後も私はゴブリンでの戦闘を続けていたらしいのです。敵を倒し切るには至らなかったものの、あの複雑な操縦系統を使いこなしたセンスに、メガネ中佐は期待しているのだとか。


「それはまた、楽しそうな仕事だとは思いますが」

「楽しいよ? なにしろボクの可愛い『ディートリンデ』ってば、カダスのゴブリンや『オーガ』とは次元の違う作品だ。……その分、凡俗の手に負えないじゃじゃ馬になっちゃいるけどね。現状じゃロクな稼働データも取れていない」

「不良品じゃねーですか」


 あ、中佐の表情が露骨に険しくなりましたね。意外と周囲の評価を気にするタイプなのかもしれません。


「君は『天才』とまで呼ばれる魔術技師だと聞いている。実戦でゴブリンを操縦した実績も含めて、期待させてもらうよ」

「そうっすか。ま、やるだけやってやりますよ。中佐の人を見る目が確かなら、上手くいくでしょう」

「……物怖じしない性格だとは聞いていたけど、想像以上のふてぶてしさだね」


 何を言うか。他人へ無責任に自分の望む結果を期待する方が悪いんすよ。

 それはそうと、腹が減りました。食べ物ありません?


「……そういえば、ボクも朝から何も食べていない……。基地に着くまで我慢だな」


 Oh……。

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