007_昔取った杵柄です

 足元に倒れたアニーラの容態を確認する……必要はありません、でした。

 それはそう……ですよ。だって、頸を失って……生きられる生物、なんて……いないん……です、から……。

 ……あ、あれ? 何でしょうか……目の奥が、チリチリ、して……?


「VBッ!!」

「――ッ」


 誰かの叫び声のお陰で、作業を止めかけていた手が再起動します。

 ……私の心を占めているは、いったい何なのでしょうか。怒っているのか悲しいのか、それとも驚いているだけなのか、自分でも分かりませんでした。


 人の死には慣れているつもりでした。


 なのに、頭から浴びたアニーラの血とか、体にこびり付いたとか、彼女の命の残滓でさえ少しずつ冷めていくのを感じ取った時、自分の中の何かがキレます。


「逃げろッ!! VB、奴が!!」


 分かっています、誰かさん。たった今、アニーラを撃った五機目のゴブリンが私を狙っているのが、木々の隙間から見えました。まだ出てくるとは驚きです。

 ですが、こっちの準備も終わっています。

 砲身の強化とスペルカートリッジの再接続は完了。後はその両者を繋ぎ、コンデンサーを再現する魔術式を即興で打ち立てるだけでした。

 ですが、その問題もスルーできそうです。だって壊れたとは言えコンデンサーの実物は手元にあって、それらの間に走る回路だって残っているのですから。その橋渡しと穴埋めをのです。


「前、どいて!!」


 私を庇おうとした誰かに怒鳴りつけ、銃爪を弾きます。

 カートリッジは私の魔力を吸い取って詠唱を開始。生成された四属性の魔力が早速暴走し始めたのを、強引にコンデンサーへ通します。

 問題となる壊れた機構に手を突っ込み、断線した回路をリアルタイムで修復、或いは改変、いっそのこと壊し、場合によってはその場で組み立てる。

 大雑把に言って、千切れた電線同士を素手で掴んで復旧させる行為です。無茶な術式に、残った機構どころか私の体にまで反動が来ます。脳の奥で火花が散って、鼻からドロリとが滴りました。眼底からも血が出ている気がします。

 ですがその甲斐あって、バズーカは無事に発射されます。

 砲身から飛び出した破壊光は、ゴブリン目掛けて無数に散らばり、拡がりながら森を駆け巡りました……って、あれ?


「やっべ、収束しきれてないじゃん!!」


 どういうわけか、エネルギーが拡散してばら撒かれてしまいました。

 散弾になってパワーアップ! とはなりません!! エネルギーを無駄にロスしただけです! 魔力と光は似た性質しているので、一点に集中しないと充分な破壊力を得られないのです!

 幸い、私を狙うゴブリンは広範囲に散らばった光線にビビって身を隠してくれました。ですが、掠めた程度でダメージは全く無いはずです。この威力では木に穴を空けるのが精一杯、とてもヤツの装甲を貫くには足りません。

 二発目、イケるでしょうか?

 答えは「馬鹿め」――イケるか、じゃねえ! 逝くんだよ!!


「痛っ!?」


 ですが再度スペルカートリッジに魔力を通そうとした途端、右腕から左胸に掛けて、刃物でザクザク刺されたような激痛が襲って来ました。珠のお肌もヒビ割れたように裂けて、血が噴き出しています。

 一発目の反動でしょう。服の袖にじわりと朱が滲みました。喉の奥からも鉄の匂いが込み上げます。


 しかし頭に血が上った私には、そんなことを気にする余裕もありません。それにゴブリンも退散した訳ではなく、正面からを避けつつ私に向かっているのです。

 仲間の怒号や爆発音もすぐ近くでして、目の前を赤いのが通り過ぎました。また誰かが死んだのでしょうか。

 ですが私は生きていますし、指も足も動くのです。だったらどうして止まれましょう!


 木々に身を潜めつつ、私に銃口を向けるゴブリンと目が合います。

 カメラレンズの先、アレを操るパイロットに、私は精一杯に強がった不敵な笑顔を作って銃爪を弾きました。

 同時に、限界を迎えた砲身が真っ二つに破断しました。


「痛ッ――!!」


 だからって今さら怯んではいられません。私はぶっ放したレーザーを追うように立ち上がり、ゴブリン目掛けて一直線に駆け出しました。

 バズーカの砲弾は、敵の銃弾を消し飛ばしながら、ゴブリンの頭部を掠めるように空へと消えていきました。当然、ジャスト狙い通りです。

 もはやどうやっても完全な収束が望めず、本来の威力は期待できませんでした。なので、ある程度のダメージソースと目眩ましだと割り切ります!

 目論見は成功し、カメラやらセンサーやらを満載した頭部を抉ったうえで、ゴブリンは爆風に煽られて情けなくも仰向けに転倒します。

 すかさずそこへワイヤーを引っ掛けてよじ登りました。胸のハッチに飛び乗って、取り出したるはポケット地雷!

 掌に乗るサイズですが、吸着式で壁にも天井にも張り付き、爆破範囲を狭めることで破壊力を高めた優れものです。至近距離で爆発させても、真上と以外にはほとんど効果がありません。

 地雷の爆発はハッチをキレイに吹き飛ばし、コックピットを剥き出しにしました。即座に銃を構え、パイロットに突きつけます。


「動くな――あ」


 ですが、ホールドアップは不要でした。コックピットは思っていたより狭く、パイロットの上半身がハッチもろとも消し飛んでいたのでした。

 機体を奪うつもりでしたが、これはいけない。操縦系までをも吹き飛ばしてしまったのでしょうか。

 パイロットの残骸をシートから放り出して、すぐに状態をチェックします。装甲のエンチャントは解けていないので、少なくともエンジンが無事なんです……えっと。


「なにこれ?」


 操縦系を確認した私は絶句しました。さすがに乗用車より複雑なシステムだろうとは思っていましたが、一見しただけではチンプンカンプンなのです。

 天井からぶら下がったグローブ状の機器、これが操縦桿でしょうか。考えるのもまだるっこしいので、早速両腕を通します。

 先っちょのやたら固いハンドグリップ型のレバーを握ったまま身を捩ると、私の動きに合わせてゴブリンが上半身をジタバタさせました。こいつが操縦桿に間違いないようです。

 次に足元です。フットペダルが八個ぐらいあるんですけど多過ぎません!?

 とにかく端から踏み込み、合わせてハンドグリップに付いた無数のボタンも押していきます。こういうのは勘ですよ、勘!

 幸いなことに思いの外ぶっ壊れてはいないようでした。どう動かせば良いのかはともかく、手足は一通り稼働することははっきりしました。

 後で分かったことですが、どうやら背中に負ったコンテナ(信号弾とか入ってるヤツです)の操作が不可能なだけで、メインシステムは無事だったんだとか。どっちみち、今は無用な部分でした。


「VB!! 動かしてるのはVBか!?」


 切羽詰まっている仲間の声に、そうだと叫び返します。


「やれるのか、VB! もう隊長達もヤバい!!」


 やれるのか、と訊かれても、やるしかないのが私でしょう!

 危ないから離れるよう叫んでから、とにかく手当たりしだいに思いつくまま動かします。空へ向けて胸のバルカンとか誤射しながらも、どうにかこうにか上半身を起こすところまで行きました!

 複雑そうに見えた操縦システムでしたが、実際に動かしてみると……や、やっぱりよく分かりません! ですが!!


「すごいぞ、VB!!」


 くっくっく! ロボットシミュレーションは昔(前の人生の時に)ゲーセンでさんざっぱらやり込んでますので。学生時代はバイト代を全額注ぎ込み、社会人になっても全国大会や海外の大きな大会でも常連でしたから! 昔取った杵柄ってぇやつですよ!

 とはいえ、実物はゲームのようにはいきません。身を起こすのが精一杯、加えて銃を撃とうにもモニターが全損しているせいで照準機能が使えないようです。やっぱり地雷でハッチを壊したのはやり過ぎでした。

 しかーし!! こちとらFPSもTPSもガンシューティングもやり込んでんですよぉ!! 三つ子の魂百まで! 染み付いたヲタク根性は生まれ変わっても消えません!!

 拙いながらも90ミリ機関銃を両手で構え、照門と照星を目視合わせ。

 こういう時の狙いは一つ! 逃げるばかりな隊長達、それを追いかけるゴブリンの頭部! センサーやらカメラやらが集中した精密機械群でしょう!!


「ヒャッハー!!」


 前世かつてと同じ雄叫びと共に、私の90ミリ機関銃が火を吹きます。




 そして次の瞬間。私は清潔なベッドに寝かされ、真っ白い天井を眺めていたのでした。

 ……あれ、記憶飛んだ?

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