005_緑色したニクいヤツなのです
休憩時間はあっという間に過ぎ去って、行軍が再開されます。
ちゃちゃっと服とブーツを引き締め、救急鞄を抱えたアニーラの前をえっちらおっちら歩いていきます。
カダス帝国の主力兵器は、最初にも触れたゴブリンを筆頭とする二足歩行兵器『ガンマシン』です。
二足歩行といっても、完全な人型機動兵器ではないんだとか。パワーと汎用性を活かしきり、短期間で戦場の常識と帝国の勢力圏を書き換えてしまいました。むしろガンマシンの開発に成功したからこそ、帝国は大陸支配に乗り出したのは想像に難くないです。
カダスの侵攻が始まったのが、確か三年前。それより一年程後に「あいつらヤベえ!」と連合が結成されたのですが、その間に北方の小国に過ぎなかったカダスは急速に領土を拡大しています。
通常火器や上級魔法すら通じない装甲。
高威力の攻撃魔法を掻い潜って突っ込んでくる走力。
手持ちの武器は城塞の壁を易々と破砕し、おまけに三機から四機で小隊を組んでいる。
絶対数が少ないことが数少ない慰めですが、そもそも単体でドラゴンとかベヒーモスとかを凌駕する戦闘力だそうです。ゴブリンなのに。
そして私は、十五人というギリギリ一個小隊規模でゴブリンが複数体潜んでいるかもしれない森を移動しているのです。気が重い理由もお分かりでしょう。
切っ掛けは今日未明。私が所属する基地の管制官が、森の中から上空へ放たれた発光信号を捉えたのです。なんでもそれ、帝国側の救難信号だったらしく(この世界では長距離通信技術が発達せず、未だに花火やのろしが使われています)、しかも滅多に使われない特別製だとか。
そんなものが人目に付くとはなんとも間抜けな話です。しかし、直後に森へ侵入するゴブリンの小隊が目撃されたとあって事態は急展開を迎えます。
森は連合の基地(私の現在の所属)のすぐ近く。そんな場所で目立つ発光信号を出した挙げ句、さらに目立つゴブリンを投入した。
以上の状況から、基地の上層部は帝国の
もちろん罠の可能性も高く、迂闊に飛び込めば小隊規模かそれより多くのゴブリンと森の中でゲリラ戦闘を余儀なくされます。平地で戦うよりはマシですけど……いや、やっぱ変わんねーや。
ですが上層部はこれをチャンスと考え、私の所属する師団へ強行偵察の
さらにさらに。勇敢にも我らが小隊長殿は、先行偵察という強襲作戦に立候補する無謀をかまします。孤立した敵部隊が救援部隊と接触する前に、いち早くちょっかいを出しに行くと言うのです。
もう本当に気が進みません。敵が本当に遭難者なのか罠なのかをハッキリさせる為だけに、裸で地雷原を歩く真似をさせられるなんて。
ですが、私のような
「…………」
不意に先頭を歩く小隊長が足を止めます。
軽く紹介しておきますと、隊長は十九歳の女の人です。どこかの貴族出身の少尉さんで、凛とした佇まいと白銀色の髪には気品があります。
動きやすさを重視したショートヘアが似合う色白のヒューマン、とても美人だとは思いますが、笑ってるところとか見たことありません。
性格的にも熱血気味な頑固者で、帝国どころか同じ連合内の別国家出身者とまで張り合う困ったちゃん。故に今回も、手柄を焦って志願しちゃったのでしょう。
ですが、彼女の能力の高さは折り紙付きです。知恵も力もそこらの男性士官では相手になりません。伊達にエリート気取ってはいないのでした。
「…………」
小隊長はハンドサインで
半分ずつに別れた部隊で、私はアニーラとともに隊長がいない方に加わります。こそこそと茂みを分け入って、ようやく敵の姿が見えました。
そこはちょっと拓けた平地となっており、水質はキレイとは言えませんが沼もあり、キャンプ地として使えそうです。
しかしその沼にはゴブリンが太腿辺りまで沈んでおり、沼の縁にも膝を付いたゴブリンがもう一機。エンジンが止まっているのか、しんと静かに佇んでいます。
ゴブリン……実物を見るのは初めてです。胴体が前後に突き出して、トラックに手足をくっつけたような不格好さ。ドーム状の頭部はカメラとアンテナだけというシンプルさ。噂に違わず二本の足で歩けるようで、膝にビッシリ並んだローラーがフジツボみたいで気持ち悪いです。色は森の中で行動するからか、モスグリーンの迷彩柄でした。
全体的にまだまだ荒削りな部分が目立つ造形ですが、なかなかどうして。局地戦でとんでもない戦略効果を出しているのですよ。
そんな最新兵器の足元では、無煙性燃料で鍋を囲む人影が三つあります。
内二人は帝国軍の野戦服姿ですが、もう一人は……なんでしょう。森の中には不釣り合いに綺羅びやかなドレスを着ていました。翡翠色の布地に金や銀の刺繍や宝石の装飾品があつらわれたドレスは、物を知らない私でも分かる高級品です。
着ている女性も見るからに上流階級な金髪縦ロールです。顔については……比較対象が悪いですが、私や小隊長からはかなり劣ります。バッチリ決めた化粧のお陰で見れる程度に取り繕ってはいるものの、すっぴんだったらそこらのモブキャラってレベルでしょう。
ですが、だからこそ内から滲み出る傲慢さと図々しさが伝わってきます。会話の内容は聞こえません。ですが軍人二人の辟易した表情からして、アレが世間知らずで我儘な帝国貴族の令嬢と推理するのは容易いです。
「なるほど。救難信号を出したのは、あのお嬢さんですか」
「多分そうだな。それも結構なお嬢様だ。服装もそうだが、救助にゴブリンが派遣されてるぐらいだからな」
私の独り言を、隊でも中堅どころな軍歴のベテランさんが肯定しました。
中堅といっても年齢は確か二十歳前。この世界ではとっくに成人で、顔も妙に貫禄があるのですが、意外に若かったはず。
「…………」
私達を引き連れた分隊長は、私とアニーラを含めた四人に周囲を警戒させつつ、ベテランさんともう一名を連れて、慎重に敵のキャンプへ近づいていきます。
敵兵士達はお嬢様の相手で手一杯なのか、分隊長にも反対側から近づいているハズの小隊長達にも気付きません。
膝立ちになった分隊長とベテランさんがライフルを構えます。特に狙いを付けたように見えず、構えると同時に銃爪を弾きました。
食べ頃まで熟した果実を潰したように、敵兵士二名の頭部が水気を含んだ音を立てて爆ぜます。
同時に、小隊長ともう二人がエンチャントブレードを手に茂みから飛び出します。無人のゴブリンを一気に制圧するのでしょう。
ちなみに、ここまでお嬢様には誰一人見向きもしません。突然の出来事に茫然自失な素人など、捨てて置いて結構だからです。
ですが予想外の事態も発生。膝立ちだった機体と、さらに沼に沈んでいた機体までが一斉起動。マシンガンの銃口を隊長達へ向けました。
どうやら足元の二人はパイロットではなかったようで、どっちのゴブリンも臨戦態勢に入ります。
さらに、沼の一機は背中のコンテナから花火を打ち上げます。赤、緑、白の順番で、青空を染みのような光が汚しました。帝国の発光信号です。
途端に、周囲の森からギュルギュルと耳障りな車輪の音と、木々がなぎ倒される破砕音が聞こえだします。さっきの光は攻撃の合図だったのか。やっぱり罠ですか、チクショウめ。
しかし火中の栗を拾いに来たのは承知の上! 小隊長は自分に向いた銃口に臆すること無く、一発でも当たれば人体など容易く消し飛ぶ90ミリ機関銃の弾丸を、手にした刀で次々と両断して、突撃の勢いを弱めません。
が、一緒に突入した二名は何をする暇もなく粉々にされて地面の焦げになりました。ああ、エリートに巻き込まれた犠牲者が……。
ですが弾丸をぶった斬る小隊長自体には、ゴブリンのパイロットといえども戸惑っているのが見て取れました。そりゃそうでしょう、隊長の戦力は完全に人外レベルですから。
「VB!」
おっと、小隊長に見惚れている場合ではありませんね。だって沼のゴブリンは、小隊長ではなくこっちへ銃口を向けているのですから。
アニーラの声で思いっきり姿勢を下げ、ゴブリンの掃射を地面スレスレまで伏せって躱します。こういう時、大きい胸ってマジで邪魔なんですよね! いや〜、本当に邪魔だわ〜。
なんて言ってたら、運の悪い部隊の仲間がバラバラにされ、肉体の破片が手元に転がってきました。すぐ側でアニーラが息を呑む音がします。
銃撃が頭の上を通り過ぎたのを見計らって顔を上げました。
撃たれたのは前に出ていた分隊長と、ベテランさんではない別のもう一人でした。人間の原型が残っていません。この世界に死者蘇生魔法は存在しませんが、あったところでゾンビとしても復活できないバラバラっぷりです。お肉屋さんに混ぜてもバレないレベル――。
……失礼しました。死体には慣れているつもりですが、やはりショックが大きいようです。
しかし、さっき分隊長と一緒に狙撃をしたベテランさんは大したもの。銃撃を回避し、慌てること無く死んだ隊員が背負っていた光子バズーカを持ち上げ、動作の確認を始めていました。
ちゃんと撃てることを確かめると、躊躇なく銃口を沼地のゴブリンへ向けます。
銃爪が弾かれる「カチリ」という軽い音。放たれた七色の光が私の頭越しにゴブリンの胸部を直撃しました。危ないな、もう!
光子バズーカは、複数の属性魔法を込めたカートリッジを装填した無反動砲です。属性の反発作用に指向性を持たせた破壊ビームが、余所見しているゴブリンの胸から上を綺麗に吹き飛ばしました。
バズーカはクリーンヒット、コックピットを丸ごと吹き飛ばし、ゴブリンが濁った水に沈んでいきます。
エンチャントが解かれた装甲が水を吸ってふやけ、ああなったらただのダンボール、再起不能でしょう。
ですが……せっかく一機倒したのに、多方向からホイールの駆動音が聞こえてくるではありませんか。それってつまり、最低でも二機以上のゴブリンをまだまだ相手にせにゃならんということです。
それに対して、残ったバズーカは二丁……と言いたいところですが、内一丁が分隊長と一緒に粉々になっていることに気付いてしまいました。
……あれ、詰みじゃね?
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