003_こうして彼女は転生した

 邪女神曰く、私をブラウン管の向こう側へ『転生』させるぐらい簡単なんだそうです。

 そこで私は一人の人間として生まれ、後は自由に生きることができるとか。

 それはつまり……!


「そ、それってまさか……『異世界転生』ってヤツっすか〜っ!?」

「は?」


 邪女神は知らないようなので、軽く説明しました。

 ごく普通の一般人が、何らかの事情でそれまでと全く異なる世界へ行ってしまう。そこで一般人は現代の知識や、神様から与えられた特権チートによって大成し、面白おかしく暮らすのです。

 それを聞いた邪女神は……クソ不味いお茶でも飲んでしまったような、非常にゲンナリした空気を醸したのでした。


「んな都合のいい話があるかよ。そも、神が人間一人の生き死ににどうこう関わらねえっての。ありえんありえん」

「うっわ、神様直々に神様転生否定された〜」

「第一、チート使ってゲームクリアして楽しいか? 検証とかデバックならともかく。少なくとも、真っ当にプレイするなら嫌だね、オレは」

「同意はしますけど、そういうことではなくってですね……!」


 とは言うものの、邪女神がやろうとしているのはまさにその、たった今否定された異世界転生そのものです。


「そうなるのか……」


 なるのです。

 しかし邪女神は、多少肉体を頑丈にしたり、現在の記憶を持ち越すぐらいの支援しかできないと言い切ります。曰く、カミサマもそこまで万能ではないそうです。


「……万能だったら、こんなところに独りで引きこもってねえよ」


 彼女にも色々あったのでしょうね。呟く言葉が重いです。

 ともかく、いずれ消え去る定めなら、もう一度人間として生きてみないか? とのことでした。確かに延々ゲームしてるより健全ですが。


「でもこの、ゲロ吐きそうなクソゲー世界じゃなあ……」


 現代知識どころか、常識や倫理観すら通用しそうにありません。私は楽して無双したいんです! 無双転生、なんちって!


「お前はいったい何を言っているんだ? じゃ、この辺のデータからやり直して〜っと」

「まだ転生するって言ってないんすけど、私」

「えぇ〜」


 そう言うと、邪女神は思いっきり唇を尖らせて拗ねた……気がしました。


「生き返ったところで、チートもない一般人なんすよね?」

「うん。まあでも、退屈とは無縁だぜ?」

「私はゆっくりまったり生きていきたいんすよ〜」


 前世がせかせかせっつかれるばかりな人生で、それに反抗してマイペース貫いた結果、学校でも職場でも孤立してたのが私なわけでして。

 二度目の人生が手に入ろうと、私が私である以上は生き方を変えるつもりもないのです。ですから、同じ過酷な環境なら人間がいない無人島を開拓したりしたいのです。


「怠惰なのか豪気なのか分からんヤツだな」

「もうちょっとマイルドでスローライフが送れる世界観なら、惹かれるんすけどね」

「……白亜紀ぐらいからやり直せってか?」


 どんだけ修羅場続きなのでしょうか、この世界。

 渋る私に、邪女神はやれやれと肩を竦めました。


「仕方ねえな」


 諦めたかと思った邪女神でしたが、再び空中投影コンソールを展開。ザザザーっと操作するや、私の体を黒い光が包みました。


「あえ?」


 間抜けな声を出しながら、私の体は縮小されながら、どんどんブラウン管へ近づいていきます。


「無理やりってのは好きじゃねえんだが」

「ちょちょちょちょ!? 何するんすか!」

「悪いが強引にでも入ってもらうぜ! いい加減、同じところで躓くのは真っ平でな!」


 邪女神は進行中だったステージを止め、ロード画面を呼び出しました。

 びっしり並んだセーブデータ、その一つにカーソルが合わさります。

 しかしです。私はその時、とんでもないことに気付いてしまいました。エントリーされたプレイヤーネーム……そこにははっきり、こうありました。


 Nyarlathotepニャルラトホテプ


「にゃ、ニャル!? あなた、まさかニャルラトホテプっすかぁ!?」

「えっ!? オレのこと知ってんの、お前!? ……信者?」


 んなわけありません!

 ニャルラトホテプといえば、二十世紀最大の創作神話体系「クトゥルフ神話」でお馴染み、やることなすことロクでもない事で有名な邪神です。千の貌を持つ、または無貌の神とも呼ばれ、様々な姿に化身しますが、総じてどれも人間をおちょくっては破滅させるクソ野郎なのです。

 けど、おかしな話です。ニャルラトホテプってフィクションの存在ではないのでしょうか? まあ、神様そのものが人間の作った創作物フィクションだろ、と言われたらそれまでですが。


「まあ、宇宙は広いからな。どっかの世界にはオレの存在が電波として伝わってもおかしくないか。ははっ」


 なんでちょっと嬉しそうなんでしょうかね。


「知ってるなら話は早い。お前をオレの『化身』としてその世界に放り込む。特別なことはしないでいい、ただ生き残れば、世界は混沌としてくる。それに乗じて、今度こそステージクリアだ」


 理解したか? とシニカルな笑みを浮かべた気がします。……こいつの表情が分からなかったのは髪の毛のせいだけでなく、無貌の神だったからでしょうか。


 結局、私はそのまま画面の中へ放り込まれ、意識を失ってしまいました。

 そして次に眼を覚ました時には、私は褐色肌に色素の薄い金髪をした赤ん坊に生まれ変わっていたのです。

 ……確か、ニャルラトホテプが化身した人間って、大概が褐色か色黒の肌をしていたらしいのです。まさか、自分が奴の化身になってしまうとは……。

 産声の代わりに溜め息を吐いた私を、両親らしき若い男女が、不思議そうに見下ろしていました。

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