002_暇を持て余す邪女神の遊び

「わ、私死んじゃうんすか!?」

「もう死んでるだろ。今のお前はストロボっつうか、画面に焼き付いた残像みてえなもんだ。しばらくすりゃ雲散霧消、眠るように消滅だ」


 画面を向いたまま、淡々と言い切られてしまいました。


「それって、何とか――」

「ならねえよ。お前、もうとっくに。今はあれだ、サッカーで言うロスタイム。おっけー?」

「…………」


 よほど絶望した雰囲気が伝わったのでしょうか。邪女神は妙に明るい口調で話を続けました。


「考えてもみろよ。こんな何もない空間で永遠に生き続けたいか?」

「えっと……」

「暇ならゲームの攻略、手伝ってくれよ。このステージから先に進めねえんだ」


 促された私は、彼女の隣にペタンと腰を下ろして画面を見つめます。

 どうやらリアルタイムストラテジータイプのウォーシミュレーションのようです。私があまりやらないタイプのゲームですが、一見しただけで悍ましい難易度が伝わってきます。

 自軍の三倍から四倍の独自勢力に四方をグルっと囲まれた状態、しかもこっちが生身の歩兵勢力しか無いのにドラゴンライダーとか鉄の巨人兵とか機動戦車とかがわんさかいるのです。

 明らかにゲームバランスが崩壊しています。負けイベントでしょうか?


「もう一ヶ月もここから先に進めねえ」

「勝利条件は?」

「どれか一軍を殲滅してから画面端に到達。でも戦闘しただけで味方が溶ける」

「兵種もそうだけど、レベル差20もあるからね〜」


 一概には言えませんが、この手のゲームはレベルが10以上離れた相手には手も足も出ないのが一般的です。よって、この場面は完全に詰んでいるものかと。


「そうなんだよな〜。けど何度やり直しても、この場面で必ず詰んじまう」

「……あの、もしかして散らかってるノートって全部……」

「攻略チャート」


 許可を貰ってノートに目を通すと、ボールペンによる虫がのたくった様な文字がびっしりでした。作りかけで放置された無数のチャートを読むに、ニューゲームからのリスタートは十度や二十度ではありません。


「何かの縛りプレイ?」

「いや? この陣営でスタートして通常プレイ……つうか、縛る余裕なんてねえよ。人間陣営を勝たせたいんだが、異種連合からズタボロにされる」

「それでこんだけやり直してる? ははっ、ヒドいクソゲーっすね」

「ゲームじゃねえよ。現実だ、画面の中じゃあな」


 面白い事を仰る。一人で引きこもってるうちに、ゲームと現実の区別が無くなったのでしょうか。


「……無限の宇宙には生まれる前の卵みたいなものもあってな。そのには無限の可能性――ああなるかもしれないとか、こうなるかもしれないとか、とにかく無限の並行世界が偏在している。観測者がいないからな」

「観測者?」

「だがオレは観測者にはなれない。混沌に属してるし、さっきも言ったがはあらゆる宇宙の外側に隔絶されてる。だからオレが未確定宇宙をいくら弄ってもでしか――」


 頭にたくさんの疑問符を浮かべている私に、邪女神がガシガシと固そうな髪を掻きむしりました。


「つまり、宇宙ってのは神か人間に観測されない限り実体を持たないなままなんだ。オレはそこにアクセスして、最高に究極にリアルなウォーを楽しんでるのさ」

じゃねーっすか?」

「だから、仮想じゃなくって現実なの。だからレーション」


 似て非なるもの、ってことでしょうか。ですが私は「未確定の宇宙」とか「シュレディンガーの猫」のようなSF哲学は門外漢なのです。ペラペラ語られてもなんの事やら。

 とにかく、この邪女神はな世界なのをいいことに、その世界を戦争ゲームに見立てて遊んでいたのです。

 まさに暇を持て余した神の遊び。実物を見ると笑えません。


「まあ、難しく考えるな。少なくともオレは真面目に遊んでる。ベストエンディングってのを目指してよ」

「実物の世界だってんなら、一生掛かってもエンディングとか来ねーんじゃねっすか?」

「いや、オレ宇宙一個分より確実に長命だし。殺されない限り不滅なのよ、神って。だから世界最後の日まで遊び倒せる」

「へ〜」


 何にしても、ここで画面越しに観る限りはどっからどう見てもテレビゲームです。しかし、画面に映っていない部分でも無数の生物がひしめき合っている……オープンワールドゲームとしても比類なき完成度ではないでしょうか?


「だから本物――ん、オープンワールド?」


 私の一言に、邪女神がモジャモジャヘアの奥で瞳をキラリと光らせました。

 口は災いの元――この時ほどその言葉を実感したことは、今後も一生涯無いのではないでしょうか。今でもそう思います。


「……お前、やってみる? 超リアルなオープンワールドRPG?」

「はい?」


 間抜けに聞き返した私に、邪女神はきっと、最高に最低なイタズラを思いついた悪ガキの笑顔向けていたのではないでしょうか。

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