001_如何にして彼女は邪神と出会ったのか
激動の第二の人生を送る今でもはっきり覚えています。
不慮の事故によって若くして死んでしまった私は、気が付くと謎の空間で立ち尽くしていました。
満天の星空の下、地平線のない漆黒の大地が無限に広がった光景に、私はぼんやりとここが現実ではないのだな〜、と実感したのです。
「ええい、クソ! また詰んだ……」
蓋がされたような星の光に目を奪われていると、背後から舌打ちする声がしました。
驚いて振り返ったそこには、私に背中を向けて胡座を掻き、36インチはありそうなブラウン管テレビに向かった女の人がいます。
ランニングシャツに下着のパンツ姿、ボサボサ伸び放題の髪は凄まじい剛毛らしく、方々にツンツンと散らかっていました。その周囲には大量の大学ノートと、夥しい数の灰皿と、そこに山のように積まれた煙草の吸い殻が。
女の人はテレビゲームに熱中していて、私が歩み寄っても全く気付く様子がありません。
「あの〜」
「中断セーブからじゃ駄目だな。ステージ最初……いや、章頭からやり直すか」
「すみませ〜ん」
「まさかこいつが裏切るなんてな。あれだけ目を掛けてやったのに……もうお前に経験値も装備もやらん! 代わりに……」
「もしもーっし!」
「あん?」
ちょっと声を張り上げたら、やっと気付いてもらえました。
女の人は私の顔を見つめ、次に頭の天辺から爪先まで流し見て、最後にもう一度顔を見つめてきます。
もっさり伸び放題な髪のせいで表情は読み取れませんでした。
「えっと……誰?」
女の人が、私にそう訊ねます。私は名乗り返しましたが、彼女はブンブンと大袈裟に首を振りました。
「名前になんて意味は無い。ここはオレ専用の閉塞させた次元なんだ。どんな神も悪魔も干渉できないのに、どうして君は存在している?」
「私は人間ですよ?」
「なるほど、だからか……って馬鹿! 人間だったらなおさら高次元へのアクセスなんて不可能じゃないか!」
ノリツッコミする女の人は、何がなんだか分からない私に、一方的に色々と説明してくれました。
この場所があらゆる次元宇宙から隔絶された、女の人専用の支配領域であること。
ここで彼女は永久に引きこもり、全宇宙消滅の瞬間まで遊び続けること。
自分が神であること……などなど。
「カミサマなんですか? 見えないですね〜」
「お前、人間のくせに神なんて見たことあるのかよ?」
「実物はありません」
「ほれ見ろ。神っつっても存在次元が高いってだけで、基本は人間の延長存在なんだよ。オレ以外の神だって、実物を前にしたらガッカリすること請け合いだぜ」
女の人……後に私はこいつを邪神と蔑みますが、少なくともこの時点では「久しぶりに他人と会話するもんだから舞い上がっている痛い女」程度にしか考えていませんでした。
……いやまあ、今でも「痛い邪女神」って思ってるのは事実ですけども。
「で? こっちはだいたい話したんだ。そろそろお前の正体を聞かせろ」
邪女神に促されましたが、私には話せる様なことはありませんでした。
交通事故に遭ってしまい、気が付けばこの空間に立ち尽くしていた。本当にただそれだけなのです。
それを告げると、邪女神は眉間にシワを寄せ、口をへの字に曲げた……気がしました。もう一度言いますが、ボサボサヘアーに覆われているこいつの顔は伺い知れないのです。
邪女神は空中に両手をかざし、空間投影型のディスプレイとキーボードを映し出すと、とてつもなく鮮やかな手付きで操作を始めます。あれは間違いなく職人の手並みでした。
と同時に、私の周囲にもディスプレイが多数出現し、さらに頭頂部から足元まで光の板がすり抜けて行きました。どうやらスキャンされてしまったようです。
「……どんな死に方してるんだ、お前?」
「? だから交通事故――」
「違う。お前、世界の外側に放逐されて死んだぞ。全次元宇宙でも滅多にない死因だ」
何故だか楽しそうな邪女神。しかし、私に心当たりなんてありません。大型トラックが突っ込んで来て、建て物の壁と挟まれたのが最後の記憶です。
「そりゃあ切っ掛けだろ。直接の死因は、平行宇宙同士が無限に連なっている宇宙の隙間に放り出されて、原子核一つ残さず消滅してる」
「話の規模が大き過ぎて訳が分かりません」
「だから、無限に宇宙が連なった、無限の広さの空間に落ちたんだよ。無限に広がってく次元だから無限のエネルギーが満ちていて、それがお前を焼き尽くした。本当なら魂だって残らねえけど、運が良かったんだろ」
「そんなムゲンムゲン言われたって……」
邪女神は「だろうな」と話を区切ると、ディスプレイとキーボードを消しました。そしてブラウン管のテレビに向き直り、再びコントローラーを手にします。
「あの……」
「まあいいさ。なんもねーとこだけど、ゆっくりしてけ」
「はあ……」
「どうせお前、そう長持ちしないで消滅するし。それまで寛いでろよ」
「分かりまし――え?」
あまりにもあっさりと「余命」を告げられた私は、しばらく立ち尽くしたまま動けませんでした。
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