第九章 最後の一週間
☆
「あたし、なんかしたっけ?」
自覚がないとはこの事だ。
薫子は自身が一位になっても首を傾げるばかりであった。
――まあ、見てれば分かるけど。
歌もダンスも本気で取り組み、知菜が学校から帰ってくれば夜まで一緒に遊び、少しは愛と話すようになると、愛に持ち歌をせがみまくり、実際に歌わせる。
一人の時間はテレビドラマを見、興奮し泣くわ喚くわ、そのまま視聴者と一緒に感想を共有し合う。例えスマホを弄っていても落ち着かない性格故か、常に動き回って、見ている者を飽きさせない。たまに、肩倒立なんていうわけわからない動きもする。狙ってやっているのではなく、天然でこれ。
誤解させやすいだけなのだ。
長く付き合っていけば薫子のことは好きになる。
最下位。
実際取ってみると、まあ、凹む。
いつもだったらこのまま、わたしはなんて駄目な人間だろう。誰もわたしのことを分かってくれない。お母さんだけだ。やっぱりわたしにはバンドしかないんだ。ベースだ。ベースを弾こう。どうせ歌っても踊っても次だって最下位だ。ここまでの全てが無駄に終わる。もうわたしにはこんなアイドルグループ関係ないんだから。
なんて、自暴自棄になって塞ぎ込むのに、今はそうじゃない。
「栞、お風呂行こ」
「うん。待ってて」
次の日も。
その次の日も。
栞は由利穂と新垣と一緒に行動するようになった。こうしてお風呂に入りに行くようにもなった。少し前の栞なら考えられなかったことだ。新しい人間関係の構築にどれだけ時間が掛かるか。一ヶ月では短過ぎる。
「むーーーーーーーーーーーーーーーー」
「どしたの? かおちゃん」
湯船に浸かっていると、体にタオルを巻きつけた薫子が入ってきた。子供っぽい体型を気にしているのか意外と恥ずかしがり屋さんなのだ。性に対することは特に。
薫子の性格を知る栞からすれば、珍しいことだ。彼女は、自分が心を許した人間としか入浴しようとしない。栞が、由利穂と新垣と三人で入浴していることは知っているはずだった。
――なんか怒ってるし。
「もーーーーーーーーーーーーーーーー」
「かおちゃん?」
「あたしが誘った時はしおちゃん来なかったのにー! なんでー!?」
「なんでと言われましても……なんとなく?」
「めーーーーーーーーーーーーーーー!」
「めーってなに」
その内、知菜が増えて愛が増えた。
轍は最後まで顔を見せなかった。
次の日と言えば。
新垣に言われた通り、栞は己のことをカメラの前で明かすことにした。
「えー……今日は、わたしのことを、みんなに知ってもらう為に、少しずつですが。語っていきたいと思います」
メインのカメラが何事かと栞を映し出す。
緊張に手が汗ばむのを感じた。
心の中では夢と野望に渦巻いていようが、それを表に曝け出すのには勇気がいる。誰だってそうだ。栞は特にそういう奴だった。
「わたしは、アイドルが嫌いでした。見下していたと言ってもいいかもしれません――」
あの時話したのと同じ内容をそっくりそのまま話す。己の暗い胸の内を知られることが、こんなに恐怖を伴う行為だったなんて。想像はしていたけれど、やっぱり声が震えた。どんなに怖がっていたって、愛は、やっぱり強い人間なんだなと思い知った。
自分とは違う。
まるで罪の告白をしているようだ。
吉と出るか、凶と出るか、それは新垣が言った通り分からない。けれど、このまま何もせずにいたら、結局は脱落してしまうだろう。それもまた言われた通り。
――計画……はもういいけれど。
元より計画なんて大層な代物じゃなかったけれど。
由利穂に新垣、それに薫子と離れてしまうのは嫌だった。なんとなく、じゃない。
せっかく仲良くなれた。せっかく再開できた。
離れ離れは二度とご免だ。
あんな終わり方はもう懲り懲りなんだ。そう考えながらカメラの前で話し続ける。
「栞ちゃん」
歌の練習中、それまで話したことの無かった愛がいきなり話しかけてきた。
三週間以上も一緒に過ごしてきたのだ。
今まで「うん」とか「はい」とか「ああ」とか「ええ」とか適当に返答するような用事は、そりゃあ食事やダンスレッスンの度に何度かあったが、それ以外での絡みは皆無だった。
何故今になってこのタイミングで。一体どうしたというのか。
「ええっと。はい」
「栞ちゃん、歌う時に薫子ちゃんを真似して歌おうとしてるでしょう」
「え……そんな。考えたこともありません」
自分がかおちゃんの歌い方を真似るなんて、そんな烏滸がましいこと――。
違う。悪い癖だと首を振った。
その動作を栞が否定したと勘違いしたのか愛は言う。
「ううん。たぶんそうだと思う。ずっと近くにいたから知らず知らずの内に影響受けちゃったんじゃないかな……。でも、アレはかなり特殊な歌い方だからあんまり真似しない方が良いと思う。
素人がやると、その、変に聞こえちゃうというか。栞ちゃんの良さが殺されちゃう」
「わたしの、良さ?」
殺され、なんて物騒な言葉に少しドキッとしてしまう。けれどそんな言葉が何故か似合う愛だった。
並んで立ってみると、栞と同じくらいの背の高さなのに、愛からは妙な色気を感じた。好んでスリットが入っているようなロングスカートを履いているからだろうか。栞なんかは逆立ちしたって似合いそうにない。
「栞ちゃんはもっと素直に歌った方がいいわ。いきなりじゃ抜けきらないでしょうけど」
「は、はい。その、えと、ありがとうございます……」
「ごめんなさいね。こんなタイミングで。本当は前から引っ掛かってはいたのだけれど……頑張って。昨日の放送、暗くて良いと思うわ。なんだか私みたい。じゃあね」
そう言って愛は離れて行った。
月曜火曜水曜木曜と、着々とカレンダーの曜日は進んでいく。
毎日少しずつ明かしていった栞の人となりについての反応は様々だった。
『ようするに厨二病でしょ』
『↑この歳特有のやつだよね。周りより自分の方が優れてるんだって勘違いしちゃうやーつ。厨二病っていうよりは高二病かな? 根暗で友達いない奴がよく陥る思考』
『嫌い。始めの自己紹介で嘘ついてたってことじゃん』
『アリサと轍と一緒だよ。ただの戦略。奇抜なことやればいいってものじゃないね』
否定的な声もあれば、
『人間味が感じられて好きになった』
『俺は好き』
肯定的な声もあり、
『こいつ好きな奴は愛も好きそう』
『グループに一人くらいこういう子がいても良いと思うけど、既にこのグループ似たようなの一人二人いるしな』
肯定とも否定とも取れない声もあった。
そんな中。
「しおちゃーん!! ごべんでえ~~~」
栞が告白している最中、薫子が半泣きで部屋に突撃して来る場面があった。よくよく半泣きで突撃して来るのが好きな子である。するにしても毎回告白の大事な場面で突撃して来るのは如何なものか。薫子をよく表しているとも言えるが。
「ど、どしたの? かおちゃん」
「あたしは一生、しおちゃんと一緒だよ~。もう何があっても離れないからあっ。ひしいっ! がばあっ!」
「ちょっと離れて。ていうか抱きつくなら涙と鼻拭いてからにして」
「うぇへへへ。ツンデレですぜ。こいつ」
視聴者に向かってふざけ始めた薫子にイラッときて、片腕で頭をぐぐぐぐと引き離してやると、負けじと対抗して来た。
「ぐっおおおお。負けるかこのおおおおっ! 由利穂ちゃんと千里ちゃんとばっかりよろしくやりやがってえええっ! あたしともイチャイチャしろこらああああっ!」
最近由利穂と新垣とばかり引っ付いている栞が気に入らないようだった。
ようするにただの嫉妬である。
それを言い出せば栞だって知菜とばかり絡んでいる薫子に思うところはあったのだが――、ブサイクな顔をした薫子を見ているとどうでもよくなってしまう。
「はいはい」
笑った。
――うん。もう何があってもわたしは大丈夫。
「はーいっ! みなさーん。お食事中失礼しますー。あら、今日はカレーですかー。美味しそうですねー。一ヶ月ぶりちゃいます? 原点回帰ってやつですか?」
夕食中。一ヶ月ぶりのカレーをみんなしてパクついていると、突如それまで黒に染まっていたモニターが切り替わった。夕闇に染まり行く空に、例の売れない芸人が一人で映っている。似合わない。確か南野といったか。他の二人はどうしたんだろう。
何もこんな時に繋がなくても、と全員の顔に書いてあった。
「どったん。おっちゃん」
「あららら。おっちゃんですか。僕まだ三十なったばかりなんですけど、まあいいでしょう」
食べる手を止めずに薫子が訊いた。
「今日はみなさんにお知らせがあって繋いでますー。なんと兼ねてより視聴者、並びに皆様からお声があったグループ名なんですが、本日決定しましたー! わー! ぱちぱちぱちー!」
「あー」
そういえば決まってなかったなと、全員の声がハモった。
視聴者は気になっていたようだが、鼎ハウスの面子からしてみれば、グループ名より明日の投票が気になって仕方ないのだ。まあ、話題には上がっていたが。本当にたまに。
繰り返すが、なんだってこんなタイミングで発表するのか。
「妙なタイミングで発表するんすねー。普通、もっと前にやっとくか、正式メンバーが決まった後にやるかだと思うんすけど」
轍はチラリと栞に目をやり、
「ま、それもそれでって感じっすか。どんな気分なんかは気になるところっすよね」
ふ、と鼻息を吐いた。
合点がいく。
ここまでやっておいて、落ちるかもしれない参加できないかもしれないアイドルグループ。正式名称があった方が落ちた時に名残惜しいだろうという番組側の意地の悪い計らいか。
――いいや。
思い直した。この子の発言を真に受けちゃいけない。
CD発売日も迫る中で、あんまりグループ名を勿体ぶっていたら、各通販サイトなどからグループ名が漏れる可能性がある。フライングというやつである。曲名、アルバム名の正式発表前に、そうしたサイトからバレることは、今の時代よくあることだ。一曲しかないライブのチケットだって販売すると言っていた。そうなればどこから漏れるか分からない。
なんのことはない。ただこのタイミングになっただけ。これ以上遅らせることができなかっただけ。そう思うことにする。
「ふう」
一度目を閉じ、もう一度目を開ける。そうして、もう一度モニターを見る。
落ち着いた様子の栞に、轍はつまらなそうな目を向けると、自身もモニターに向き直った。
横目で、由利穂が微笑んだのが分かった。
「はーい。それでは発表しまーす。デーデンデーデン……デデーン! 君たちのグループ名はこちらに決まりました~!」
手にしていたフリップに貼られていたシールをぺろんと捲ると出てきたグループ名は――。
〈re.surviver(リ・サバイバー)〉
「格好良い系?」
「どいう意味?」
「なんて読むの?」
「ピンと来ないっすね。いや、なんとなく言いたいことは分かるっすけど」
それぞれが口々に感想を言い合い、南野が全員の質問に答える。
「リ・サバイバーと読みますー。リスタート・再開と、リバイバルとサバイバルを掛けてるんだそうですねー。いやあっ! 格好良い!」
「ふうん」
ぴったりじゃないかと思った。一度落ちてもう一度進みだした自分たちを表す言葉として。
散々褒め言葉を口にした後に、南野との通信は切れた。
投票はもう昨日から始まっている。
このグループ――re.suviverとしての栞の席はあるのかどうか。
投票結果発表は明日の十二時。
歌いながらのダンス……もう何度目かの総合レッスンを終えた後のことだ。ここまでやってきたことが、全て無駄に終わるのか。今ここにいる面子で、ステージに立つことが出来るのか。それが決まる瞬間。
栞があと出来ることとしては、最後まで精一杯歌って踊って練習に励むくらいしかなかった。もう視聴者に、栞の胸の内の全ては語り終えている。
――頑張ろう。
「愛さん。おかわりもらいます」
時は刻一刻と進んでいく。
日曜。
「はーいっ! それでは第四回! 運命の! 運命の! 最終投票結果発表に移りたいとー思いまーす! 宇津美ちゃん準備はいい? それではどうぞっ!」
「それでは、第四回目の投票結果を発表していきたいと思います」
カメラが南野からマイクを握る宇津美に変わった。
「第一位、悠木薫子さん。得点は九十五点。
第二位、新垣千里さん。得点は九十四点。
第三位、神瀬由利穂さん。得点は八十五点。
第四位、染夜愛さん。得点は七十点。
同率第四位、染夜知菜さん、得点は七十点。
第五位、葦玉轍さん、得点は五十五点。
そして第七位、本庄栞さん、得点は五十点。
以上、第四回目の投票結果になります。
尚、二週連続で最下位の本庄栞さんは、本日を持って鼎ハウスを退出して頂きます」
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