第四章 脱落者
☆
へとへとだった。
一週間運動したからといって体力が向上するわけがない。
このハードなトレーニングの効果が出てくるのはもう少し先になってからだろう。それでもここまで意思の力だけで食い付いてるのは流石と言えると、自分で自分を褒めたいくらいだ。
「これでも筋肉痛は収まってきたんだけど」
言ってもきつい。
ここ三日程はトレーニングを終えると部屋で寝たきりだった。ベースを弾く気力もない。熱心に練習していたのは最初だけだ。今は触るくらいに留まっている。
ベースに触ってて気づいたことがある。
動かないのだ。
そりゃそうだ。ひたすら同じ姿勢で固まって指先だけ動かしているわけだから、そりゃあ運動不足にもなるというもの。学校に通っていればまだ違ったんだろうが、あいにく栞は高校生活という青春の一ページを自ら手放した人間だ。何故薫子がああも動けているのか知りたいぐらいだ。
「……アイドル、向いてないのかな」
最近はこういった独り言も増えた。
カメラとマイクの存在は気にならなくなっていた。
流石に着替えは隠れてするし、アイドルを馬鹿にするような発言はしないように心掛けているが、何かの弾みでついうっかり口を飛び出してしまうことが否めないくらいに追い詰められていた。
……だけど。
それは自分だけじゃない。
同じくきつそうなのは轍だ。
執筆業を熟しながらである。おまけに創作業はただ日々熟していれば良い作品が生まれるというものでもないだろう。
明奈を思い出せば見えてくるものがある。
全曲作曲。
追い詰めれていたのではないか。だからこそ、あんな物に手を出してしまった。若くしてデビュー。皆が進学を蹴って選択した道を、ある意味全て背負っていた彼女。幼馴染ながら気づけなかったのは本当に悔やまれる。自分がいながら。
今の轍は明奈に少し重なる。
この二日くらいは目の下に隈もあった。
小説の生みの苦しみと、アイドル企画の狭間で追い詰めれているのかもしれない。
だんだんと手を抜いてきた者もいる。
アリサだ。
なかなかデビュー曲の練習に移らないのに苛ついているのか、露骨にレッスンに手を抜いてきた。遅刻は当たり前。昨日は遂にレッスンを一日欠席した。ダンスも歌も、である。具合が悪いのかと、新垣が部屋を訪ねた時には、部屋で一人POTとは別のウェブ配信サービスで配信していたというから驚きだ。
ある意味性根が据わっている。彼女の犯したアイドルとしてのペナルティもそうだが、何者にも影響を受けない強い精神力がないとなかなかできないことだろう。常に人を伺いがちな栞には真似できない。参考にはしたくはないけれど。
逆に調子が良さそうな者もいる。
知菜と薫子、由利穂だ。
知菜はお母さんが歌っている姿が本当に嬉しいらしい。表情に現れている。そのお母さんと一緒に歌っているのも嬉しい――というより誇らしいが正しいか――らしく、練習にも人一倍気合が入っていた。
薫子は喉のつかえが取れたのか、あれから変に謝ったりすることはなくなった。いつも通りだ。いつも通りにわけの分からない言動でコメントを沸かせている。
由利穂も同じだ。世間を騒がしているティンキー問題のニュースも、最近はやっと落ち着いてきた。彼女の言った肩の荷が下りたというのはその通りで、あれからアリサ、それからコメント等でティンキーの話題で突っつかれても同様することはない。
年長者組。
皆が鼎ハウス入居前と入居後で、ある程度の変化を見せているが、新垣と愛は来た時と全く変わらない。
ぴんぽんぱんぽーん。
「大部屋、大部屋へ集合して下さい」
「大部屋?」
今日のレッスンはこの後ボイストレーニングを残すのみ。それも十六時からである。
一体なんだろう――。
栞はゆっくりとベッドから立ち上がった。
「はーい! 栞ちゃん元気ー? 久し振りー!」
「はあ。元気です」
大部屋に入ると既に全員が集まっていた。
今日は日曜である。学校も休みだ。
テーブルの上のモニターには南野幸治と関田勉、宇津美アナウンサーが映っていた。南野がマイクを持って栞に手を振っている。にぎにぎと適当に合わして頷いておく。
由利穂が隣を示したので、そこに座る。向かいの薫子と目が合って、なんでか目を逸らされた。ぶすっ面だ。
「?」
「おはよ。栞」
「あ。うん。おはよ。由利穂」
未だに緊張してしまう。
それくらい、なんというか、輝いている。栞なんかとは違う。
全員が落ち着いたのを見計らって南野が話し始めた。
「さーて! 鼎ハウスのみなさんも、視聴者のみなさんもこんにちはー! 南野幸治です! カメラさん。今だけは僕の方だけ映しといて下さいねー。
さて。ではみなさんにもチラッとだけお話した内容、ルール③の内容について今、正式に発表しちゃいたいと思いますー!」
――チラッとだけ言った内容……?
退出制度のことか。
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