第二章 自己紹介

「さーて、お次はお待ちかねのお、話題の喫煙アイドル~」

「だからっ、それはっ、」

「それは~?」

 アリサが煽るように言う。

 対抗するように、由利穂がテーブルを叩きつけた。栞も知菜もびくんと体が強ばった。

「待った待ったほら。ちゃーんとカメラに向かって言わなきゃ」

 しかし、アリサはどこ吹く風のようににやにやしっぱなし。ぐいっとパソコンを由利穂の前に突きつけた。

 ――どうしてここまでするんだろう?

 と、思い至る。

 対抗意識か。ティンキーは長年アイドルグループのトップを走り続けてきた。ザ・セスタなども売れてはいるらしいが、いつもその影に隠れる形だったように記憶している。二番手三番手が良いところだった。

 そのグループで問題を起こしたメンバー。となれば、アリサのような人間性に問題がある者からすると、煽りたくなるのも無理からぬことなのか。

 嫌な雰囲気。暫しの沈黙。

「くだらない」

 知菜が呆れるように息を吐いた。

 栞が横から見る限り、パソコンの画面は、『喫煙系アイドル』『謝罪動画来る?』『詫びろ詫びろ』『丸刈りきぼんぬ』などと言った悪ふざけのようなコメントで溢れていた。

 由利穂はその画面を冷ややかに見、続けて対面のアリサを見、やがて意を決したのか深く深く息を吐く。

「じゃあ言うよ。事件の真相」

「真相?」

 アリサが挑発するように聞き返す。

「ティンキー不動のメインセンター佐々木美玲(ささきみれい)。知ってるでしょ?」

「……そりゃまあ」

 アイドルに興味の無い栞でさえ知っていた。人気グループでずっとセンターを務めている。バラエティ、ドラマのヒロイン役、CM。アイドルの垣根を超えて活躍している、ティンキーというよりもアイドル界のスター。

 テレビを眺めていれば、必ずと言っていい程目に入る存在。

「佐々木美玲はヘビースモーカー」

「は?」

 ――なんて?

 一瞬、聞き間違いと思った。しかし、由利穂の言葉は止まらない。

「私はまだ新人。……新人っていうよりもむしろ下っ端みたいな扱い……あの佐々木美玲から『新人、吸ってみ?』なんて言われればさ……本当に怖くって……テレビで見るイメージと全然違うんだよ、佐々木美玲は。たぶん会ったらみんなびっくりするよ」

「ちょっ! ちょっとあんたなに言って……! 止め――」

 アリサの静止も遮り由利穂は続けた。

「嫌だった。嫌に決まってるよ。でもあるでしょ? 喫煙者の『吸ってみ?』っていうあれ。あんなノリで佐々木美玲は私に強要してきた。他の奴らも囃し立てた。ティンキーのメンバーね。全員いたよ。断れる雰囲気じゃなかった。それをグループの一人の丑田佳奈(うしだかな)が面白がって写真撮ってたのは覚えてる。あそこは個室だったし、週刊誌に流したとしたらあいつしかあり得ない。私が気づいた時には遅かった。事務所で解雇を言い渡されて……もちろん佐々木美玲のことはプロデューサーにも事務所にも訴えた。でも……、新人の私と佐々木美玲、どっちを取るか。言うまでも無かった」

「佐々木美玲って確かまだ十九……って、ていうか! あんた、そんなことカメラの前で言っちゃって」

 いいわけがない。

 流石のアリサも慌てている。

 ティンキーはそれだけの巨大グループであり、その中でも佐々木美玲は、企業の強大な広告塔でもある。

「知ったこっちゃない。言わせたのはあんた。ま、あの時に唯々諾々と従った私も悪いんだけどさ。もうこの際ティンキーなんてどうだって良い。全部言ってやるよ」

 由利穂の頬に涙が伝った。

 ずっと抱えていたんだろう。

 由利穂は正面に座るアリサにではなく、テーブル上のノートパソコンに向かい、心の内を叫ぶようにして言った。

「死ねよ、佐々木美玲。

 それからクソプロデューサーの勝木辰吾(かつきしんご)。

 あの時の示談金の一五〇〇万。一円足りとも使ってないから全部返してやるよ。

 ああ、あと丑田佳奈もか。どうでもいいけど。

 よってたかってパシリに使いやがって。……ずっと、憧れてたのに――。

 地獄に落ちろ。クソアイドルグループ」




 その後、神瀬由利穂の切り抜き動画がネット上にアップされると、ネットのみならず、日本中がそのセンセーショナルな話題に喰い付き、一種のお祭り騒ぎのような様相を呈した。

 そして、翌々日には、事態を重く受け止めたティンキー所属事務所のモーメントプロダクションがティンキーの活動休止を発表すると、佐々木美玲の解雇、丑田佳奈の活動自粛も揃って伝えられた。

 件のプロデューサー、勝木辰吾の解雇は、さらに後日、申し訳程度にモーメントプロダクションのホームページ上で伝えられたという。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る