第二章 自己紹介

 とにかく座って視聴者のみんなに自己紹介をしよう、ということになった。

 最も、自己紹介せずとも、ネット上では既に全員特定されてそうであるが。

「アリサでーす! ザ・セスタってグループで活動してたけどお、ちょーっち前に辞めちゃいましたー。てへぺろ! 今回はー、私まだまだアイドルとしてやっていきたいのでー、こうして来ちゃいましたー! みーんなよろしくー!」

 誰に頼まれてもないのに、アリサが始めた。辞めちゃったんじゃなくて、辞めさせられたんだろうと、誰もが思ったろう。そこにいるメンバーをまるで見ずに、カメラに向かって手を振っている。恐らく、アリサの発言に対するツッコミも相当数流れているだろうが、逆側に座る自分には見ることもできない。面の皮が厚いというよりも、ここまでのアリサを見るにアンチのコメントなどは気にもしない性格のようだ。


「染夜愛、元歌手です。えー、この子は娘の知菜です。少し人見知りする子だから、私が、」

「ママっ! そのくらい出来るから! 染夜知菜、十歳! はい終わり!」

「もう。もっとお愛想良くしないと」

「いいのよ!」

 なんの親子ムービーだ。けれど、どこかぎくしゃくしているこの空間に、愛の持つ柔らかな空気と知菜の持つ年相応らしさには、雰囲気が和らぐのを感じさせた。

 これが母の持つ温かみといううやつか、と栞はここに来る前に会話した母のことを思った。

「ぴゃあ。そめたんだあ。握手してえ」

 体をクネクネさせる薫子に、気前良く愛が応じ握手を交わす。パーカーを被り、さらに栞に踏みつけられていたせいで、今の今まで目の前の染夜愛に気付かなかったと見える。

「あのー、染夜……えー愛さんはどうして今回この企画に?」

 全員の疑問を代表するように、轍が訊いた。何故十年前に引退(?)した歌手が、今更になって表舞台に現れたのか。それも子連れで。こんな怪しい企画に。

「……実は」

 どこか自嘲するように愛は語りだした。瞳は娘の知菜に注がれている。

「娘に……ずっとせがまれていて、また歌って欲しいって。自分では歌っているつもりだったんですけれど、娘に怒られてしまって――もっと、ちゃんとやってよって」

「だってママ。本当にこの十年なんにもしてないのよ? カラオケ印税があるからって。私、ママが歌ってるのなんて、テレビと家とカラオケくらいでしか見たことないわ」

 ミリオンが四枚。それだけで相当なお金になるだろう。染夜愛は作詞もしていたというからそれだけプラスになるはずだ。

 ならば娘に叱られたからここに来たということか。それでも他に幾らでも道はあったんじゃないか。

「……そんな時に、この企画をもらって。ほら。ここなら娘とも一緒に過ごせる。それに実はね? 娘も歌うが大好きで。将来は歌で食べて行きたいって」

「それ私が言うところ! 私はね? 歌でママを超えてみせるのが夢なの。私はママと同じでソロ志向だけど、まあ、アイドルってのも悪くないわ。チャンスは巡って来たら掴まないと」

「……べつにママはソロ志向じゃないけど」

 愛はそう言ってくすくすと笑った。その様子に栞はどこか違和感を覚える。

 言葉を紡ぐまでの間が原因だろうか。言葉を選びながら喋っていると感じる。自分の本音を誤魔化している者特有の空気。栞もそうであるからこそ、読み取れたのかもしれない。

 が、他の者は疑問を抱いた様子はない。勘違いかと思い直した。

「あは。見てみて。『和んだ』『親子愛』とかめっちゃ書かれてるよ。ウケる」

 アリサは大御所だろうが、関係無く愛に接している。

 少しひやひやした。


「次私っすね! 葦玉轍。二十歳っす! 職業作家やってます! ちょーっと筆遅いんで締め切り前とか皆さんにかなーり迷惑掛けてしまうかもしれないんすけど、そこは始めに言っておきます、すんませんっす! で。自分昔っからアイドルなりたいと思ってて、結構オーディションとか受けてたんすよ? 落ちまくってましたけど。そんな時、片手間で書いた小説を新人賞に応募してみたら引っ掛かっちゃって。ま、このまま作家で食べていくのも悪くないかなーって思ってたんすけど、アイドルには未練たらたらあって、あとがきとかインタビューで実はアイドル志望だったんすよーとか言いまくってたんすね? したら、それがこのPOTの目に留まったみたいで」

「なにそれー。ワケアリでも何でも無いじゃん。ただのアイドル志望」

 アリサが頬杖を付きながら呆れた声で言う。

「そっすね。経歴は多少特殊かもしれないっすけど」

 あっさりと認めた。成程。ワケアリと言えどもそのレベルは人それぞれということか。あまり変な人材ばかりだと番組も成り立たないだろうから、こういう普通の(?)アイドル志望の子はいたって良いかもしれない。


「ども! Raybacks元ボーカルの悠木薫子でっす! Raybacksのあれやこれやについては皆さん知っての通り! 知らない方は目の前でぐぐってくれても薫子さんは何も言わないっ。

 ここに来た理由は~、もちもち歌が大好きだから~。え? バンドとアイドルどっちが好きかって? かーっ! それ訊く? それ訊いちゃいますか?」

 敬礼して喋り始めたと思ったら、一人で画面上に流れているコメントと会話し始めた。

 その様子に思わずツッコんでしまう。

「元って」

 視聴者やファンに対する栞のここまでの気遣いが馬鹿みたいだ。

「うぇ? あ、そっかまだ解散発表してなかった? とりあえずもう続けられないからしとくう? どする? しおちゃん」

「はあ……」

「うん? なあに?」

 横から覗き込むようにしてくる純真無垢な瞳。相変わらずというか、バンドがあんなことになってもまるで変わらない底抜けに抜けたような性格。思わず深い溜息が出た。

 一体どうして――。

 見ていたら、もうカメラのことなどどうでもよくなってきた。

「どうしてバンドのお金持ち逃げなんてしたの? どうして一言相談してくれなかったの?」

「うぐっ!」

 わざとらしく胸を抑える薫子。

「げっ、うっそ持ち逃げ? やっば。犯罪者じゃん」

「悪人なの?」

 何も知らないアリサと知菜の幼いながらのストレートな問いかけが響く。

『持ち逃げw』『やべーな、Raybacks』『薬中、持ち逃げ、SM嬢』『www』『これは踏まれても仕方ない』『もう一回踏んどけ』『俺も踏んで』

 画面にわっとコメントが溢れる。

「えっと……」

 誤解させてはいけないと思い、栞は今までのRaybacksのお金の流れを説明することにした。

 交渉役が薫子になっており、薫子からメンバーに対して均等に払われるようになっていたこと、あの日から今日まで薫子と一切連絡が付かなかったことなど。

「だとしても、やってること変わんないっしょー」

「アリサさんの言う通り。ね。かおちゃん、どうして今まで――」

「後で言うっ!」

 栞の言葉を遮るように叫んだ。隣に座る栞に縋り付いてくる。

「後で二人っきりの時に言うからっ。ね? 今はいいでしょ?」

 どうなんだろうか? ここで全てを曝け出していた方が良いように思える。これから一緒にやっていく仲間なのに、わだかまりが残る結果になるんじゃないか。視聴者としてももやもやするだけだろう。視聴者の気を引けたんなら番組的には美味しいのか?

 どうせ、そんなことまで考えてないんだろうけど。

「……うん。まあいいよ。お金に関することだし。その代わり後でちゃんと言うこと」

「あたぼうっ!」

 見れば他の面子は、栞が危惧した通りの何とも言えない表情をしていた。それはそうだ。こと覚せい剤で捕まったメンバーがいるバンド。そして全員が同じ中学出身の友人同士。そのバンドの金銭トラブルときてる。ここにいる、これから頑張っていこうとしている人達からしてみれば、面倒は御免だろう。下手すれば、始まってすぐに番組が消滅しかねない。番組としては、そのくらいの対策はしているかもしれないが。

 これは早めに理由を訊いた方がいいだろう。

 ――しょうのないことな気がするけどね。

「うぇっへー。だから、しおちゃんて好きー。なんだかんだ分かってくーれるーからー♪」

 本人は万事この調子だし。

「えっと、本庄栞、十六歳です」

 自分の番だ。気を取り直すように咳払い。

「あれ? 栞さん、十六なんすね? てことは薫子さんもっすね? 二人とも学校は?」

「ふぃぎゅっ」

「行ってなーい。あたしもーしおちゃんもー♪」

「まーじすか」

「うそー中卒ー?」

「中卒ってなに?」

「えっとねえ」

 轍がいらんことを訊いて素直に薫子が答えた。愛が知菜に中卒、高卒、義務教育のことなどを懇切丁寧に教えている。知菜が確認するようにちらちらとこちらを見てくる。視線が痛い。

「わたしは! バンドがあんな風になって! そんな時にこの企画のメールをもらって思い切ってここまで来ました! バンドしかやって来なかったし、今でもバンドに未練はあるけど、同じ音楽という広いジャンルの中で他の景色も見てみたいと思ったんですっ! 以上っ!」

 誤魔化すように大声で言った。


 もちろん、言ったことは全て嘘偽りだった。栞はバンド一筋だ。アイドルのことなど言うまでもなく見下しているし、その想いは今でも変わらない。

 正直に言ってしまえば、こういったバラエティ番組の類も嫌いなくらいなのだ(Raybacksで出演した旅番組は栞以外のメンバーの意向だった)が、自分たちの尊敬する偉大なる伝説的バンドの中にも、バラエティで己を売って、自身の所属するバンドの宣伝に使っていた人達だっていたし、物心付く前だからあまり知らないのだが、昔はバンドマンもトーク番組などで良く喋っていたと言うではないか。

 ――それは素直に見たかったけど。

 そう。

 現役中学生として売り出していたのにメンバーが覚せい剤で逮捕。その幼馴染ときたもんだ。

 今の自分は限りなくイメージが悪い。

 バンドとしてのし上がって行くにしても、このままだと成功のイメージはゼロに近い。やるにしてもまた一から始めるのに一体何年掛かるか分かったもんじゃないし、そもそも一緒にやっていく仲間を見つけるのに、どれ程の苦労がいるか。

 全てを曝け出し、ここまで付いた悪いイメージを全て払拭、アイドルとしての成功はそこそこに、自分は再びバンドマンとして返り咲いてやるんだ。人気になる過程で、気の合う音楽仲間を探し募るのがいいだろう。アイドルとはいえ、音楽関係の人脈は続けて行く過程で確実にできるだろうし、趣味の合う仲間や友人を見つけるには、あのまま田舎に帰っているよりは遥かにマシなはず。

 そうだ。

 アイドルなんて足掛かり。

 自分は。

 もう一度バンドで奇跡の逆転復活劇を果たすんだ。

 ――アイドルなんて、楽器弾くのに比べたら、よっぽど簡単に違いないんだから。

 視線を感じた。

 見透かすように。

 由利穂がじっと栞を見ていた。

 慌てて瞳を逸らした。

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