第二章 自己紹介

 ★


「どっおいうことかな~?」

 普段の自分はどこへやら、居丈高と言ってもいいくらいの遥か高みから嫌味ったらしく栞は言い放つ。

 対する薫子は平身低頭どころか、終いにはカメラが回っているのにも構わず、栞の足元で土下座をし始めた。スライディング土下座である。

 バンドリーダーの威厳など今や見る影もない。いや、元から無かったか。

「すませんすませんすません! もう駄目かと思ったんです終わりかと思ったんです許して下さい許して下さいつかあさい!」

「……」

「?」

 何も言わない栞に不安になったのか、恐る恐るといった風に顔を上げる。そして、栞の顔色を伺うと、にへらっと笑った。

 イラッときたので、そのまま足で踏んづける。

「あだだだっ! ごめさいごめさい!」

 行動力はあれど、根っこの性格が気弱な普段の栞だったら絶対にしない行為であるが、今だけは許されるであろう。誰に? 誰に許しを乞う必要があろのか。

「どしたのー? 知り合いー?」

 見るに見かねたのか、はたまた興味本位からかアリサが尋ねてきた。まだ言葉も交わしていないはずなのにタメ口だ。まあ、間違いなく年上であろうが、いきなりは如何なものか。そういう細かなところは若干気になる栞だった。

「ええっと……」

 はてさて。どう言ったものか。バンドの内部事情、それも金銭に関するトラブルを全国に晒していいものか。しかしここまで晒してしまっては触れずにはいられない……のか? そうは言っても、栞の口から言うには躊躇われる内容だ。

 パーカー頭を踏んづけながらうんうん唸って悩んでいると、間の悪いことにさらに人が入ってきた。

 しかも、今度は最年長と最年少。

「へ……!?」

「うっそ」

「わっ、見たことある」

 新垣が驚きを隠すように口元を手で覆い、アリサも驚愕に目を見開き、栞などは思ったままをそのまま口にしてしまった。それだけの有名人であった。

 元国民的歌手――染夜愛(そめやあい)。

 当時大人気だったプロデューサーに才能を見い出され、僅か十四歳でデビュー。二年の間にミリオンヒットを四曲飛ばすという実力と幸運の持ち主。

 しかし、彼女が有名なのは、歌手としての実力よりも、むしろその後の方にあった。染夜愛の活動期間はミリオンヒットを飛ばしていたわずか二年だけ。その後はパタリと彼女に関する情報が途絶えるのである。何故、彼女は消えたのか? 答えは十六歳の時の妊娠、出産騒動にあった。相手は一般人だと言われているが、その噂も定かではなく、彼女は一時の幻のように、何も語らずに音楽シーン、ひいては表舞台から姿を消した。

「染夜愛です。今日からよろしくお願いします。ほら」

 その染夜愛から促されるように、一緒に入室してきた少女が腕組をして言った。

「ふん。よろしく」

 にこにこ笑顔の愛と打って変わって不機嫌そうな子だった。不機嫌というよりは、生意気盛りなのか。髪をヘアバンドで押さえつけたデコ出しスタイルがカメラにきらりと光る。

「染夜さん。はじめまして。そちらの子は、もしかして……」

「ええ。新垣さんもはじめまして。テレビ、いつも見てました。この子は私の子供です。今年で十歳。知菜(ちな)っていいます。親子共々今日からお世話になります」

 きっとお父さん似だろう。

 ――十歳……小学四年生か。

 ということは、今の愛の年齢は二十六といったところか。最年長だと思ったが、もしかしたら新垣の方が上かもしれない。

 そういえば、学校はどうするのか。栞のようなプーなら話は別だが、新垣や轍などは本業だってあるだろうに。

 また扉の開く音がした。

 ――まだいるの?

 これ以上まだ来るというのか。

 画面の向こう側の視聴者も予想外のビッグネームに驚いているところだろう。これ以上問題児が来てもまとまらないんじゃないか。アリサや薫子、染夜愛だけでも大分我の強い面子に思える。アイドルグループという名の素行不良集団なんて栞はご免である。

「あ」

 しかし、混乱はまだ終わらない。誰の『あ』か? ここにいる全員の『あ』だった。

 つまり、次に入ってきた者を見て、染夜愛と同等か、それ以上に驚いたのである。

 言ってしまえば、染夜愛など、栞からしてみれば物心付いた頃の過去の人であるし、それは比較的若い世代の集まっているここの人間からしてみれば、皆一緒だろう。

 だが、彼女の姿は先々月ニュースで見たばかりであった。未だにワイドショーなどで取り沙汰されている。栞たち以上に時の人と言っていい。最年少の知菜でさえ、彼女を知っている様子だった。

「喫煙アイドルじゃん」

 アリサがまるで空気を読まずに鼻で嘲笑うように言った。

 或いは視聴者の言葉を代弁したのかもしれない。

 そう。

 先々月、まだRaybacksが輝く未来に向かって歩んでいた時、特にこれと言った話題のないマスコミがこぞって喰い付き、連日連夜報道していた話題があった。

 国民的アイドルグループ〈ティンキー〉の一人、神瀬由利穂(かみせゆりほ)の未成年喫煙問題。

 その日、友人と食事をしていたらしい由利穂は、喫煙している場面を週刊誌にすっぱ抜かれた。所属事務所は事態を重く受け止め、神瀬由利穂を即刻解雇。加入間もないとはいえ、既にファンがかなりの数付いており、クイズ番組などでも発言の利発さから、単体で使われることの多かった彼女の引き起こした問題は思いの外、世間に衝撃だった。

 まだ高校生だったはずである。

「っぐ、あれは――!」

 案の定由利穂は、アリサに対して敵意の籠もった瞳を向けた。栞からしてみれば、自分のことを棚に上げての指摘であるが、アリサはそこまで考えて発言していないだろう。

 俄に重くなった雰囲気に、どこか間の抜けた薄ら笑い混じりの声が響く。

「あ、あのー? うぇっへへ。しおちゃん? そろそろ足退けて欲しいなーって。欲しいなーって。欲しいなーって。かっこセルフエコー、なんちゃって。うぇっへへへへぶっ!」

 もう一度丁寧に踏んづけておいた。

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