酒癖が悪くて可愛い幼馴染を家で介抱してたら告白する羽目になった

久野真一

腐れ縁の幼馴染を介抱する事になった件

「マスター、赤ワインもう一杯お願いしますー」


 黒髪を背中まで伸ばした、そして、背筋をきっちり伸ばした隣席の美人さんが赤ワインを追加で注文する。


 時は夏真っ盛りの夜。外は折り悪く、ひどい豪雨だ。俺、木崎礼悟きさきれいごと隣に座る腐れ縁で幼馴染の秋雨千里あきさめちさと以外には客は一人も居ない。


 ガラガラゴーン。雷が鳴り響く夜は、それはそれで味があって良いなどと思うのは隣に座る彼女のおかげだろうか。


 千里と俺は小学校の頃からの付き合いで、中学と高校大学まで一緒の仲だ。といっても、偶然そうなったわけじゃなくて、ずっと俺が片想いをして同じ進路を進んだというどうしようもない仲だ。


「千里、そろそろ打ち止めにしとけ。また酔いつぶれるぞ」


 千里は酒好きで酒豪と言ってもいいくらいに飲むのだが、ダウンするまで飲みたがるので、ここらでストップをかけとかないとまずい。


「だいじょーぶらって。礼ちゃんはほんと心配性なんらからー」


 既に呂律が回っていないところがとても心配なんだけど。


「とにかく、これで最後な。次はドクターストップをかける」

「ドクターストップって。ドクターだって」


 何がおかしいのか笑い転げている。まあ、飲むと笑い上戸になるところも昔からだ。


「はい。赤ワインです、秋雨さん」


 ナイスミドルと言った容貌のマスターはワイングラスを千里の前に置く様子もスマートで同性ながら格好良いと感じる。俺もこんな風にスマートに振る舞えたら、と憧れる。


「ありがとーごらいます。マスター」


 んく、んく、と一息に出された赤ワインを飲み干して、ぷはーっと一息ついている。


「親父くさいぞ、千里」

「私はまだ二十四らぞー。何が親父くさいだー」

「絡み酒をするところが既に親父臭いんだよ」

「そんな事言って、照れ臭いらけでしょーに」


 ぎゅうっと横から抱きしめられて、とても照れ臭い。だけど、


「はいはい、酔っぱらい、酔っぱらい」


 つとめて表情に出さないようにして軽くあしらう。


「もー、ノリが悪いんらからー」


 言っている内に、千里の目がとろんとして来ている。あ、このまま寝るパターンだ。


「おい、ここで寝るな」


 パチパチと頬を叩くが、既に寝息を立てていた。


「すいません、マスター。お勘定お願いします。タクシーも呼んでもらえます?」


 こんなやり取りももう何度目だろうか。


「木崎さんも苦労してますね」


 なんて言いつつも、マスターの顔はどこか楽しそうだった。


◇◇◇◇


「で、お客さん。どこまで行けばいいですか?」


 タクシーの運ちゃんが言う。


「えーと、ですね……」


 バーから自宅までは二駅分はある。だから、千里の住所を告げてナビに入れてもらうのが早かろうと、スマホに入った彼女の住所を伝えようとするも-


「○○区△△町××番地までお願いしますー」


 隣の席にだらんと座った千里が何故か、俺の住所を勝手に告げやがった。


「はい。ちょっとナビに入れますからお待ちくださいね」


 止めようかと思ったけど、俺の家に千里を泊めるのも珍しくないし、まあいいか。


 俺の肩にもたれかかってくる千里の体温を感じながら少し落ち着かない気持ちになっていると、


「お客さん、仲がいいんですね」


 場を紛らわす雑談という奴だろう。運ちゃんが話を振ってきた。


「小学校の頃から一緒ですから」


 こういう事をいうのは少し恥ずかしいのだけど、タクシーの運ちゃん相手だ。

 いいだろう。


「幼馴染って奴ですか。羨ましいですねえ」


 リップサービスという奴なんだろうけど、反応に困るな。


「しょっちゅう酔いつぶれますけどね。そういうところも可愛いですよ」


 隣を見て寝てるだろうと判断して、ちょろっと本音を溢す。


「彼女さん、愛されてますねー。あ、ひょっとして奥さんだったり?」


 また反応に困る質問を。タクシーの運ちゃんは大概は距離感をわきまえているけど、たまにこういう馴れ馴れしいタイプの人がいて困る。


「奥さんとかじゃないですけどね。一番大事な人ですよ」


 どうせ千里の奴は聞いてないだろう。

 だから、恥ずかしくて普段は言えないことも口にしてみた。


「若いっていうのはいいですねー」


 やたら上機嫌な運ちゃんの話に付き合うこと約二十分。

 無事、俺の住むマンションまでたどり着いたのだった。


「ほれ、肩貸すから。歩けるか?」


 多少意識が怪しいような気がするけど。


「うん。ありがとうね、礼ちゃん」


 妙にしおらしい返事が返って来て困惑するのだった。


 二階にある俺の部屋まで肩を貸して、鍵を開けるなり、

 千里は廊下にバタンキュー。


「ほれ。ちょっとそこで寝るな」


 仕方がないので、お姫様抱っこという奴で、リビングまで運んで寝かせる。


「んあー」


 微妙に意識があるのかないのかよくわからないうめき声をあげてるけど、その内正常に戻るだろう。


「ほれ、水。飲め飲め」


 こういう時のために常備してるミネラルウォーターをコップに注いで手渡す。

 んく。んく。んく。

 喉を鳴らして、ぐびぐび飲んで、


「はー。少し楽になったかも」


 ようやく意識が回復して来たらしい。


「いい加減、限度を学んだらどうなんだ」


 ま、こうして介抱出来るのが嬉しいんだけど。


「……そうした方が、いい?」

「え?」


 急にパッチリ目が開いたかと思うと、酔いを感じさせない声で問いかけられたのでビックリ。


「あ、いや。その……」


 ほんの軽口のつもりだった。だから、まさか真剣に問い返されるとは思わなくて困惑するばかりだ。そりゃ、こうして介抱しながらじゃれ合う瞬間が実は好きだったりするんだけど、それを口に出せば関係が変わってしまう。


 それが怖くて、まごまごとしていると。


「「酔いつぶれるところも可愛い」って言ってたの。あれ、本音?」

「え」


 まさか、聞かれてたとは。

 しかし、千里の言い方は確信しているようだった。

 なんて迂闊なと自分を呪いそうになるけど、白状するしかないか。


「うん。本音。頼ってくれてる気がして嬉しかったし」

「そっか。良かった」


 どんな反応が来るかこわごわだった。

 でも、俺を見上げる顔は笑顔で、不覚にも見惚れそうになる。


「よ、良かったって……」

「あと、「一番大事な人」っていうのも。本心だと思っていい、んだよね?」

「……そうだよ」


 寝てると思って口を滑らせ過ぎた。

 だというのに、


「そっか。私も、礼ちゃんの事、一番大事だよ」

「一番大事、って。どういう意味だよ」


 もう9割くらい、その意味は確信出来ていた。

 ただ、10割にしたくて、聞き返す。


「礼ちゃんの事、大好きだっていうこと。もちろん、異性としてね」

「……あ、ああ。ありがとう」


 急な告白に頭が追いつかない。


「礼ちゃんは?一番大事ってどういう意味?」


 誤魔化しは許さんとばかりの声。


「同じだよ」

「同じってどういう意味?」

「ああ。だから、俺も千里の事大好きだってこと。異性として」


 言ってて、なんとも中学生くさいな、なんて思ってしまう。

 まあ、普通なら、遅くとも大学生の時に想いを告げろって話だよな。


「じゃあさ、答え合わせしていい?」

「答え合わせ?」

「なーんで、中高大と一緒だったのかなって」

「もう、絶対わかってるだろ」

「私としてはぜひとも聞きたいの!」


 もう既に顔がにやけてやがる。


「それは一緒に居たかったからに決まってるだろ。もう「お友達枠」になっちゃったかと思って、色々言い出せなかったけどな」


 そう。お友達枠。俗に、あまりに何度も二人っきりで一緒にいると、特に女性側は男性側を「いいお友達」としか見なくなるという。千里とは何度も一緒に遊んだけど、それでいて進展がなかったから、「お友達枠」に入ってしまったかと思って、関係が壊れるのが怖くて言い出せなかった。


「そか。でも、それを言うなら私もだよ。礼ちゃんにとって、私は「お友達枠」なのかなって。ずっと、そうなんじゃないかと思ってた」


 ほう、とため息をつく千里の言葉には重い意味が込められているように感じた。


「ということは、お互い相手に友達と思われてるんじゃないかと。そういう話?」


 全く、呆れるしかない話だ。


「そうなんじゃないかな。社会人二年目まで引きずるなんて思ってなかったけど」

「こっちの台詞だよ。距離取ってくれないから、ワンチャンあるかもと思ったし」

「だから、それは私も同じだよ。それに、社会人になっても、職場での愚痴とか黙って聞いてくれるし。ますます好きになっちゃうもん」


 どこか子どもぽい言い草だった。


「ほんと、似たもの同士だな」

「うん。似たもの同士かも」


 ゴロゴロ、ピシャーン。雷が鳴り響く。

 ふと、部屋が真っ暗になる。


「あれ、停電か?」


 ブレーカーを見に行こうとすると、押し留められる。


「もうちょっと、こうして居たい」


 気がつくと抱きしめられていた。


「千里がそういうなら……」


 リビングの床で抱きしめあっていると、酒の匂いだけじゃなくて、汗の匂いとかその他色々な香りが漂ってきて、くらくらしそうになる。


 ちゅ。唇に冷たい感触。


「ちょ、今のひょっとして、キス?」

「野暮なこと言わないの」

「じゃ、こっちからもするからな」


 もう開き直ってやる。

 ちゅ、っとこちらから唇をあわせる。

 途端、電気が元に戻る。


 う。唇と唇を合わせているのがもろに目に入ってしまった。


「わ、悪い……」

「う、ううん。私も。雰囲気に流されてたかも……」


 ひょっとして、停電したままだったら、そのまま一線を超えていたかもしれない。

 そんな危うさがあった。


「ま、まあとにかく。これからは、恋人としてよろしくな、千里」


 居住まいを正して、少しあらたまって宣言する。

 何がおかしいのか、千里はくすくすと笑った後。


「こちらこそよろしくね。礼ちゃん」


 そうにっこりと微笑んだのだった。

 俺の幼馴染兼恋人はやっぱり可愛らしい。


☆☆☆☆あとがき☆☆☆☆

雷雨の夜を舞台にした、ちょっとした両片想いの二人のお話でした。

あえて今回は二人の過去とか描写せずに雰囲気を楽しんでもらえれば

という感じで描いてみました。


楽しんでいただけたら、応援コメントや☆レビューなどいただけると嬉しいです。

ではでは。

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酒癖が悪くて可愛い幼馴染を家で介抱してたら告白する羽目になった 久野真一 @kuno1234

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