盗まれたけどすぐ戻ってきた愛車

コウキシャウト

盗まれたけどすぐ戻ってきた愛車

今、僕の視線は窓の外、更に言えばアパートの駐車場を向いている。色とりどりに並べられた車が並ぶ中、ぽっかり空いた駐車スペース。そこには僕の車が停まっていた。数日前まで。


その車は、生産されてからもうすぐ30年が経とうとしている、国産のスポーツカー。車に興味を持ち始めた子供の頃からの憧れの車種で、僕はその車種のミニカーを買い、プラモデルを組み立て、ラジコンを走らせ、レースゲーム内で運転し、部屋にはポスターを貼り、落書き帳に書く位夢中になっていた。


そして大人になった今、免許を取って一番最初に購入したのも当然その車。国道沿いにある年季の入った中古車店、そこの脇で新車で売られていた時代からは考えられない位の値段で売られていた所を見つけ、購入に至ったのだった。


走行距離10万キロ越え、修復歴有り、そこまでパワーの無いエンジンが積まれた、少し人気の無いグレード。これらが安い値段の理由だ。パーツは入手しにくい、カメラなんて当然付いてないので駐車時は少し面倒、税金も高いので不満が無いわけではないが、憧れの車を遂に手に入れられた喜びを考えれば、そういったものは「古臭い」だの「ボロい」だの言う友人や家族達の言葉同様、全く気にならなかった。


早速この愛車三昧の日々が始まった。夜、交通量の少ない街や山や海沿いをドライブをするのはほぼ日課のようなものだったし、マメに洗車もした。SNSで車を撮った写真を投稿すれば、日本だけでなく世界中の愛好家からリアクションが得られ、同じ車種を所有する人達との繋がりも生まれ、僕の愛車に対する愛情はさらに増していくばかりだった。友人の一人には「そんな機械に愛情を注いで、なんか意味が有るの?」とも言われたが、それも気にならない。


そんなある日、車が盗まれた。まだ購入して間もない時期に訪れた突然のアクシデント。すぐさまSNSで「拡散希望」という言葉と共に、車の細かい情報や写真を載せ、情報提供を呼び掛けた。盗難届を出した警察やSNSに寄せられたコメントによると、海外では30年近く前の国産のスポーツカーの人気が以前より上昇しており、それを狙った窃盗団による仕業の可能性が高いそうだ。そしてその多くは瞬く間に海外に輸出され、運良く国内で見つかっても主要なパーツを剥ぎ取られた無残な姿になっている事も多いとか。


それらの話を聞き、有力な情報も手に入らない中、僕は絶望感に浸りながら、空になった駐車スペースを眺めていたわけだ。最愛の人を亡くしたというわけではないのに、正直泣きたい気持ちだった。今頃海の向こうの見知らぬ街で違うナンバーを貼り、時に砂埃をあげて走っているのだろうか。それともバラバラに解体され、日本車好きのマニア達の間でそれぞれのパーツが取引されているのだろうか。そんな妄想を働かせていたその時、警察から連絡が入る。


「車、発見しましたよ!〇×市の港のコンテナ内で!」


「で、状態はどうなってるんですか?」


「奇跡的にそのままの状態です!なんでも、盗難防止装置の誤作動なのか、クラクションが延々と鳴り続けていてすぐ発見に至ったそうです」


「はあ・・・」


僕はその話を聞いて不思議な気持ちを抱いた。車には最初から盗難防止装置が装備されていなかったはずだ。コンテナという密閉された空間、誰かが車内でクラクションを押したという可能性も低い。そもそも、仮に盗難防止装置が装備されていたとしても、盗難した直後剥ぎ取られていてもおかしくない。可能性があるならばそれは・・・。




かくして、僕のもとに愛車が帰ってきた。SNSでその事を報告すると、国内外から祝福のメッセージが送られ、あれだけ僕の車に文句を言っていた家族や友人も喜んでくれた。僕はこの車をずっと大事にしようと改めて決心し、いつも以上に時間をかけ洗車する。ワックスがけも入念に行った愛車は、駐車場に並ぶずっと新しい車達よりも、眩しい輝きを放っていた。

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