一〇八星の事件――またはあからさまなバカミス
牛盛空蔵
本文
ある山荘で、殺人事件が起きた。
天才警部、松上南北はこの事件を解決すべく捜査を始めたのだが。
「松上警部、容疑者が、その……」
「どうしたのだね、座古くん」
座古警部補が頭をかく。
「あの、容疑者が……」
「だから何だね、言いにくいことなのかい?」
「ある意味……」
座古は意を決して言った。
「容疑者が一〇八人います」
容疑者は一〇八人。
この山荘、そもそも一〇八の宿星を持つ英雄たちが集まる義侠の砦と言われているらしい。
「誰がそんな荒唐無稽なことを言ったのかね」
「みんなです」
「だから誰だね」
「ですからみんなです」
どうも、そういうものだとして受け入れるほかないらしい。
「で……容疑者たちのことを聞こうではないかね」
一人は天魁星・尾田信長。
「待ちたまえ。世界観と名前を間違えていないか」
「いえ正しいです。そういうものなのです」
作者がいうほど元ネタに詳しくないなどとは、疑ってはいけない。
天間星・久喜嘉隆。
天智星・庭長秀。
「エェ、そういう配役おかしくない、かね」
地魁星・村居貞勝。
「いやその配役は明らかにおかしい、くないかね。あとこの調子で全員紹介すると無駄に長くなるようだな。ステータスオープンじゃないんだから、あとは省略でいい。字数稼ぎだと思われる」
「字数稼ぎ……誰にですか」
「気にするな」
気を取り直して、松上は現場の精査を始めようとした。
が、その前に気が付いた。
「……いや、この事件、謎が解けたぞ」
「えっ、まだこの部屋の調査もほとんどしていないんですが」
「いや、謎は解けたようだね。調べるまでもなく分かる。一応、ここまでに判断材料は全部出ている」
「はあ……?」
ポカーンとしている座古をよそに、松上は続ける。
「全員……はめんどいので代表して天魁星の信長、あと関係者を呼びなさい」
しかるべき者が集まった後、松上は厳かに言い放つ。
「犯人が分かった」
「もうですか、早いな!」
信長が驚く。
「そもそも皆様方、考えてもみたまえ。一〇八人の容疑者。彼らの個別の事情を語って開示するとしたら、いったい何字かかるか分からない。こんな思い付きのネタで長編を組み、一〇八人をしっかり描写するほど作者は暇人ではあるまい」
「あの、えと、なんのことですか」
「口を閉じたまえ。とにかく、一〇八人を綿密に描写し、ミステリーに必要な語りをするのは不可能。つまり必然的に、この一〇八人に『個性』とか『違い』が生じえないということになる」
全員あっけにとられているところで、松上は宣言する。
「そうである以上、この物語の結末として、一〇八人全員が共謀の上、連携して犯罪を行ったという解決パートにしかならない。犯人はあなたがた全員だ!」
すごく乱暴でメタな推理だが、しかし信長は、にわかに崩れ落ちた。
「まさか、そんな推理方法があったなんて……いかにも我々は全員が犯人だ。まず動機からお話し……」
「その必要はない。この事件はどう見てもフーダニット、またはそれ以前のバカミスとして語られているし、動機を話すと字数を無駄に稼いで面倒だ」
「エェ……」
「というわけで連行する。言い訳は署で聞きた……くもない。面倒すぎるのだよ」
こうして馬鹿馬鹿しい事件は、無茶苦茶な方法で真犯人が突き止められた。
松上は「ところで被害者はどういう立ち位置だったのか」と思ったが、馬鹿馬鹿しい事件に付き合って字数が略なので、考えるのをやめた。
一〇八星の事件――またはあからさまなバカミス 牛盛空蔵 @ngenzou
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