第415話 ラウレーナ対Sランクの女 ②
「いってえな!!」
数歩分足を滑りながら下がったSランクの女は笑顔でそう言う。今日一の笑顔だが、口の端から血が数滴流れていることからダメージを受けたのは分かる。
「やあっ!」
「っと!!」
水の線をさらに奥まで伸ばしたラウレーナは、再びSランクへと迫り、拳を握って殴ろうとする。しかし、それは両腕でガードされる。
「なるほどな!線を少なくする代わりに線自体を太く強くして速度を上げたか!」
Sランクの女は興奮した様子でそう言う。
Sランクの言う通り、ラウレーナは蜘蛛の巣のように水の線を大きく広げるのを止め、スピードをより出せるようにしたのだ。
「だが、弱点もあるぞ!!」
もちろん、今のスピード特化には弱点もある。その弱点を克服するためにスピードを犠牲に蜘蛛の巣の形態を生み出したのだ。
「しっ!」
「それは直線でしか動けない!」
高速で移動してきたラウレーナにSランクの女はカウンターで拳を放つ。
今のラウレーナは2本の線で引っ張る関係上、真っ直ぐにしか進めない。
と、最初にこれを見た俺も思っていた。
「残念っ!」
「うっぐ……」
ラウレーナは1本の水の線を地面から離すことで残りの水の線に引っ張られ、弧を描くように方向転換した。また、その際にSランクの横を通って脇腹に一撃入れていた。防具を付けていないSランクには堪える一撃だろう。
「ふっ…!」
Sランクは一息付くと、覚悟を決めたような顔をしてから大きく跳んでラウレーナから距離を取った。
「舐めていたのは悪かった。ラウレーナは俺の好敵手になり得る力を持っているな。そこらの雑魚共とは違う」
口の端の血を拭いながらSランクの女はそうラウレーナに話しかける。
ラウレーナもできることならこの間に攻めたいだろうが、今のSランクの女には全く隙がない。
「ここからは俺も全力を持って相手してやる」
Sランクの女はそう言うと、身体強化はかなり強めた。そのオーラは俺らのように闘力の温存を考えて盛れでないように抑えておらず、全面に放たれていて触れるだけで手を切りそうなほど迸っている。
「これだけじゃねえぞ!」
そして、Sランクの女は追加で闘装を行った。
「……性格通りだな」
「そうじゃな……」
その闘装は肘先からと膝下からしか纏っておらず、防御ではなく、攻撃のためだけの闘装というのが見て取れる。
「行くぜっ!」
「っ!」
ラウレーナが水の線を使って横に移動した瞬間だった。
ドゴン!
「嘘だろ!」
「速過ぎるのじゃ!」
いつの間にか移動していたSランクの女がラウレーナが数瞬前までいた舞台の一部を殴って破壊した。
再びラウレーナの方を向いたSランクはまた移動する。しかし、ラウレーナは地面に水の線を付け替えながら何とかSランクから逃げる。
だが、その追いかけっこもすぐに限界が来る。水の線を移動させてから動くラウレーナと目で見てすぐに移動するSランク。どちらが速いかは明白だった。また、その移動速度もSランクの方が速い。
「おっら!!」
「ぐっ…」
Sランクの拳がラウレーナのガードしようと出した左腕にヒットする。不幸中の幸い、ラウレーナは水の線での移動中だったため、衝撃はいくらか逃すことに成功する。
「くぅ……」
しかし、今の一撃でラウレーナは左腕が使えなくなったのか、ダラーっと力なく垂らせている。
「主なら腕が木端微塵じゃな」
「ルシエルもな」
ラウレーナだから腕が残っているが、俺かルシエルが同じ攻撃を食らったら腕が原型をとどめず肉片になっていた。
「はあ……はあ……」
ラウレーナは痛みを堪えながら、水の線に魔力を込めて太くしていく。ただ、それは逃げるためではない。
逃げ始める前までと同じようにその2本の線はSランクの少し後ろに伸びている。
また、そんなラウレーナを迎え撃つつもりなのか、Sランクの女もラウレーナの準備をただ待っている。
「行くよっ!」
「来いっ!!」
掛け声を上げたラウレーナとそれを聞いたSランクの女はほぼ同時にお互いに向かって高速で移動した。
ドゴンッッッ!!!!
人同士がぶつかったとは思えない鈍い轟音が舞台から響き、片方だけが勢いよく吹っ飛んだ。
その片方は舞台の外まで吹っ飛び、壁を破壊して2枚目の結界にぶつかって止まった。
「いってぇ…。いいのを貰っちまったな」
舞台に残ったSランクの女はそう言って腰を下ろす。左頬には大きな痣があるのが遠くからでも僅かに見える。
「試合終了!!」
試合はラウレーナが敗北したが、とても良い勝負をした。会場からは負けたラウレーナへの惜しみない賞賛の声が送られていた。
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