第386話 地雷を踏む

「え!?勇者様!初めまして!話しかけられるなんて光栄だ!」


「え?人違い??ってそんなことないわよ!誤魔化そうったって無駄よ!」


「ちっ…」


初対面の振りをしてこの場を切り抜けようとしたが、そうはいかなかった。


「あの、俺も関わらないからそっちからも関わらないでもらえない?お互い不干渉でいいじゃん」


今度は率直に想いを伝えた。これが一番お互いにとって良い選択肢であるはずだ。


「勇者である私に命令なんて許されるはずがないわよ!」


「はあ……」


どうやら、誤魔化すとかそういうの以前に話が通じてないようだ。

ルイとシアが全力で止めてくれているのに聞く耳を全く持ってないくらいだしな。

2人のおかげで聖女が参戦してこないのには助かってる。聖女が加わったらさらに何倍も面倒くさくなる。


「何か用かよ…」


「私と勝負しなさい!勇者である私が負けたままっていうのは許されないのよ!」


別に直接戦ったことなんてないんだから勝手に勝ってるとでも思ってくれればいいのに。


「出さなきゃ負けよ、じゃんけんぽん」


「えっ?え??」


俺が掛け声を言いながらグーを出すと、勇者は困惑しながらもつられて後からパーを出す。


「くそー、俺の負けだー。じゃあ、そういうことで」


「え?……待ちなさいよ!」


「ちっ…」


上手く誤魔化せそうだったが、あと一歩のところで正気に戻ってしまったようだ。

どうにかしてこの場は切り抜けられてもこのしつこさなら戦うまで付き纏われそうだな…。

それに勇者が騒いでいるということで朝早いのに人が集まってきている。


「はあ…どこでやる?」


「ふんっ!やっとその気になったようね!まあ、怖気付く気持ちも分かるから許してあげるけどね!」


人目のないところに移動して、手を抜いていると思われない程度にやって負けてやれば勇者も満足するだろう。


「どこで……ん?」


「ん?」


勇者はどこで戦おうか考え出すと、やっと周りを見れたのか、俺の近くに居た2人に目を向ける。

そして、最終的にルシエルを蔑むように見てから話す。


「何で奴隷なんかを連れているのよ。あっ、見てくれはいいから性奴隷ね。趣味か知らないけど、連れ回していたら逃げられたり、取られたりするわよ。大事な物はしっかり保管しておきなさい」


「…………」


なぜルシエルが奴隷と分かったかは知らないが、貴族である勇者は奴隷を見なれていたからとかだろうな。

ただ、そんなことは今はどうでもいい。こいつはルシエルを「物」扱いしやがった。本当に無意識で凝り固まった価値観が出てしまっただけで、親切心で忠告してくれたのかもしれない。

だが、ルシエルを下に見て馬鹿にされるのは許せない。そして、こいつに何を言って聞かせても無駄である。


「どうせ、すぐに終わるからここでやるぞ」


「ふっ!それもそうね!」


俺の言葉にラウレーナとルシエルが小さくため息を吐く。俺もこれが最善だとは思えないが、どうしてもこの勇者を黙らせたいと思ったんだ。


「ルイ、審判をお願い」


あえて勇者陣営であるルイに審判を頼んだ。ルイは申し訳なさそうな顔で頷いて了承してくれる。

さすがにこの問題児の行動をルイとシアのせいにはできない。


「両者準備はいい?」


「問題ないわ」


「ああ」


俺と勇者が向かい合い、他のパーティメンバーは距離をとる。さらにその周りを囲むようにポツポツと観客が集まっている。


「始め!」


「しっ!」


「勇者の力を…なっ!」


俺は身体強化を全力で行い、大鎌を抜きながら勇者へとダッシュで向かう。

なんか言おうとしていた勇者は慌てて身体強化をすると、聖剣を頭上に持ち上げるが、遅い。


「はあっ!」


「おわっ?!」


振り下ろされる前に勇者の聖剣を大鎌で叩く。魔力を使っていないからパワーでは負けているだろうが、まだ力を込めていなければ問題ない。それに俺の大鎌は特別製でかなり重い。

勇者は聖剣を両手で握って両腕を上に伸ばしたまま大きく仰け反る。


「雑魚がっ!!!」


俺は一回転して勢いを付けて、そんな隙だらけの勇者の顔面へ大鎌の峰を振る。


「ぶびぼっ…………!」


勇者は汚い声を上げ、鼻血を出しながら地面を何度もバウンドしながら無様に吹っ飛んだ。最終的には建物に激突して止まった。しかし、勇者はひっくり返ったカエルのような体勢から動かない。

学校長からは忠告されていたし、何もさせずに速攻で終わらせた。


「ゆ、勇者様!!」


慌てて聖女が勇者を回復させようと駆け寄る。しまった、闇付与をして傷が治らないようにするべきだったか。いや…魔力使うのはさすがにまずいか。


「勝者、Aランク冒険者ヌルヴィス」


観客がぽかんっとしている中、ルイが気を利かせてそう言う。それにより、観客が俺の素性を知ってこの結末をある程度納得する。


「スッキリしたし、行くか」


「はいはい」


「余のためにありがとうなのじゃ」


勇者という脅威を跳ね除けた俺達は予定通り森へと向かった。

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