第371話 圧倒的な強さ

「おいっ!危ないっ!」


その男はいつも通りの街中を歩くかのような軽い足取りで彩化へと向かっていく。

その男の両手には片刃の短剣が持たれているが、特に防具らしきものは付けていない。



「キエッ!」


彩化は近付いてきたその男に鉤爪を突き刺そうと腕を伸ばす。


「キィ…?」


「は…?」


しかし、その攻撃は男には当たらず、男はそのまま彩化の横を通り過ぎる。

また、木から木の実が落ちるようにポロッと彩化の突き出した腕が落ちる。どちらかの短剣で斬ったのだろうが、いつ斬ったのか全く見えなかった。


「キエェェェェ!!!」


彩化は体液が垂れる腕を抑えながら腕を斬り落としたであろう男を睨む。


一方俺は混乱していた。これから起こるかもしれない全てへの覚悟を決めて、闘力と魔力を合わせていたところに彩化を圧倒する男がやってきたのだ。

状況がさっぱり分からない。この現状が夢だと言われた方が納得できるくらいだ。


「Sランクには届いていないな。それ程度じゃあ、純粋なSランクの魔物とは勝負にすらならんな」


「キィ……キエッッ!!!」


馬鹿にされていることを理解したのか、彩化はどこからか取り出した回復ポーションで腕の傷を塞ぐと、男へと向かっていく。



「キエッ!キエッ…キエェ!!」


「嘘だろ…?」


片腕とはいえ、彩化の攻撃をその男は全部紙一重で避けている。紙一重のはずなのにそれらはギリギリで避けているという印象は無い。見切っているからこそ紙一重で避けれている。


「キエェェェ!!!」


そんな中、焦ったのか彩化は生まれ変わる前のような大振りの攻撃を男へと仕掛ける。その隙を男は逃さなかった。


「キィ………」


彩化は今度は左腕すらも無くなった。

また、今回の攻撃も何も見えなかった。今回はいつ攻撃するかはなんとなく分かったはずなのにだ。



「キィ……キィ…………」


彩化は怯えたようにその男から後退る。急に現れた謎の男が自分よりも遥に強かったのだからそれも仕方ない。


「あっ」


俺の視界では彩化の背中が見えている。その背中にある羽が震えるのが見えた。俺は反射的に全ての強化を最大限かける。


「シールド」


「キエッ!」


俺が無属性魔法の盾を出して空を駆け上がるのと、彩化が飛び上がるのはほぼ同時だった。


「キエッ?!」


「忘れてたな」


彩化は飛んで男から逃げようとしたのだが、近くに俺が居るのを完全に忘れていたようで驚いている。

確かに歯が立たなく、勝負にすらならなかったが、俺を忘れるな。


「はあっ!」


「キエッ…?!」


俺が振った大鎌に彩化は咄嗟に両腕を出して防ごうとする。しかし、その両腕は既に存在していない。


「キ…キエ……!」


それがわかった彩化は空中で致命傷を避けるように飛びながら方向転換しようとした。

だが、彩化は突発的に精密な動作ができなかった。どこか羽に異常があったようだ。


「らあぁぁっ!!」


「ギェェェ!!?」


彩化の首に当たった瞬間に抵抗はあったが、俺は全力の力を出してその首を断ち斬った。



「……あでっ」


そこに全力を尽くしたせいで地面に着地が上手く出来ずに地面にぶつかった。その横で死体となった彩化が落ちてくる。


「あっぶねー。俺は空中を移動できないから助かったぞ。いいところは持ってかれたけどな」


「……詰めが甘いぞ」


俺は横になりながら上から覗き込む軽い調子の男に文句を言う。仮に俺が動けなかったら彩化は逃げていたかもしれない。


「すまん、さすがに鈍ってた。体も全然動かなかったし、もう少し運動した方がいいな」


「……あれで?」


俺から見たら最上位にすら感じる強さでもこいつからしたらあれでも全然駄目だったらしい。


「それでお前は誰なんだ?」


俺は正体の予想が付いているが、一応聞いてみる。


「俺はSランク冒険者、電光石火のアルガートだ」


その男は俺にそう自己紹介をした。

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