第342話 腹から出てきた魔物

「っ!」


俺は大鎌を鉤爪で受け止めた魔物から距離をとる。もう産まれてしまったら急いでも無駄だしな。


「…はあっ!」


俺は距離をとるついでに奥の女王アリの首を刎ねる。生きているか分からないが、出産を終えたから攻撃してきても厄介だからな。


ビリビリ…


その魔物は女王アリの腹を割きながらゆっくり這い出てくる。



「……アリなのか?」


完全に姿を現したその魔物は長い手足で二足歩行をして、身長的には3m強ほどだろう。そこだけ聞くと、大きめな人間のように聞こえるが、どう見ても人間では無い。

なぜなら、背の羽と合計4本の腕とアリのような顔があるからだ。まあ、そもそも細くスタイリッシュなほぼ全身緑色のアリが二足歩行しているのを見て、誰もこれが人間だとは思うまい。


「………」


「………」


俺は完全に出てきたその魔物を警戒していた。気配感知ではもう女王アリの腹の中にはもう魔物はいないが、感知を逃れてまだいる可能性はある。


ぶちっ!ぐちゃぐちゃぐちゃ……


「なっ…!」


俺の警戒を他所に、目の前の魔物は女王アリの腹をちぎりながら食い始めた。



「……地上に戻るか?」


任務である女王アリは殺した。それなら俺は地上に戻っても問題は無い。

だが、この謎のアリのような魔物を放置しても良いだろうか?


「しっ!」


良い訳がない。アリの仲間だとしたらこのアリも卵を産む可能性がある。今回の依頼は巣の除去だ。それなら巣から産まれたこの魔物もそれの対象に含まれる。


「轟け!サンダーランス!」


俺は走って魔物に向かいながら魔法を放つ。その魔法は魔物が俺の大鎌の範囲に入る前に当たる。


「シャッ」


バチンッ!


「なっ…」


その魔物はまるで小バエを払うかのように俺の魔法を腕でかき消した。そして、まだ食事は続けたままである。


「らあっ!」


「シャッ…」


近付いた俺は食事を続けている魔物に大鎌を全力で振り下ろす。その攻撃はさっき魔法をかき消したように、魔物の手から伸びる3本の濃い紫色の鉤爪で受け止められる。


「シャッ…?!」


呑気に受け止めた魔物は地面に片膝を付く。全力で振り下ろしたのだから、大鎌の重さも乗って今の衝撃はかなりあっただろう。


「シィャァァァァ!!!」


「うっ…!!」


片手に持ったままだった女王アリの腹の切れ端を地面に投げ捨てると、魔物は叫びながら俺の大鎌を弾く。

まさか、片腕で俺の大鎌を力ずくで弾き飛ばされるとは思わなかった。


「シィィ!!」


「っ!?」


羽を大きく広げてから向かってきた魔物の速度かなり速く、危険感知に従って横に転がる。すると、数瞬前まで俺のいた場所に魔物の鉤爪が振り下ろされていた。その鉤爪によって地面は大きく裂かれる。


「はあ…はあ……!速すぎる…!」


間近まで迫ってきていた死に俺が息を荒らげている中、魔物は手を開いたり閉じたりと繰り返していた。


「まさか……半彩化しているのか?」


魔物の体をよく見ると、爪以外が少し濁った緑色である。緑色に染るのは風魔法の彩化の特徴である。

とはいえ、半彩化中は全身1色でもないし、魔法を使わないから見分けるのは難しい。

普通は通常の魔物と違う色だから半彩化と分かるが、この魔物の通常の色は分からない。だが、俺はこの魔物が半彩化していると思わずにはいれなかった。


「暗がり、轟け!」


俺は離れながら魔法の詠唱を始める。その間も魔物は俺を見ながら動かない。


「ダークサンダーサイズ!」


かなりの魔力つぎ込んだ俺の魔法は魔物に向かって飛んでいく。


「キィエエッ!!!」


魔物は叫びながら片手の鉤爪で俺の魔法を弾こうとする。


ベキンッ!


俺の魔法は魔物によって弾かれた。しかし、その代償に魔物の鉤爪は数センチを残して3本ともへし折れた。

俺の大鎌と魔法を食らったのだからそれぐらい手傷を負ってもらわないと困る。


「……」


だが、魔物はそれに怒る様子もなく、俺を見詰めている。なんだが、不気味過ぎて怖くなってきた。

というか、食事を邪魔されて怒るくせに、鉤爪を折られても怒らないのか。



スッ…


「っ!?」


突然、魔物は鉤爪が無くなった手の平を俺に向けてくる。


「キシェェッ!」


「………」


そのまま叫ぶが、何も起こらない。普通なら滑稽に見える光景なのかもしれないが、俺は悪寒を感じながら身震いをする。


「鉤爪の色が……」


残り数センチしか残っていない鉤爪の色が緑になったのだ。つまり、この魔物は俺のを見て魔法を使おうとしたのだ。その結果、彩化を早めることになった。この時点でこの魔物が半緑化しているのは確定だ。


「しっ!」


この魔物は危険だ。知能が高過ぎる。俺の魔法を見てそれを真似るのはかなりの知能が必要なはずだ。まだ産まれたばかりのこの場で殺さないといけない。


「キイエエエエエエエ!!!!」


「うっ…!!」


そう思ってこの魔物へ向かったその時だった。魔物が耳を塞ぎたくなるほど力強く叫んだのだ。

それを無視してでもこの魔物を殺すべきだったが、叫びの後すぐに地響きが聞こえてきたから無理だった。


「こいつ…呼びやがった!!」


俺達の方に向かって大量のアリ達が流れ込んでくる。今の叫びでアリ達を呼び付けたのだ。


俺は流れ込んでくるアリ達に意識が逸れ、目の前の魔物への意識が薄れてしまった時だった。


「ぐっ!!」


目の前の魔物の尻の先から細長い針が伸びてきて、俺の腹を突き刺した。しかし、まだ危険感知は反応をやめない。また、反応の仕方が普段と違っていた。


「ぐうっ!」


俺は咄嗟に前に進んで針をもっと突き刺して腹を貫通させた。


ぽこぽこっ


「?!?!!」


俺は全身に鳥肌が立った。俺の背に突き抜けた針の先端から魔物の卵が出てきた。この魔物は俺に卵を産み付けようとしていたのだ。

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