第300話 一方その頃……

「あなたは追わなくてもいいの?」


「あいつが追ったんなら、俺まで追う必要は無いぜ。あの2人程度ならあいつ1人で十分だ。あいつは俺よりも強いしな」


氷魔族がヌルヴィスを追って行ったが、もう1人の魔族は追おうとすらしていなかった。


「それにこっちに居たら何も気にせず、痛ぶって遊べるしな!」


その男はそう言うと、ピンクの薄い魔装を全身にする。また、同じ色のモヤを纏って身体属性強化も行う。


「さて、長く遊ばせろよ?」


そして、手にはレイピアのような細い武器を持った。


「行くぜっ!」


男は向かって来るが、ラウレーナも水魔装と水身体強化をして迎え打つ。


「ひゃっは!」


「はあっ!」


男のレイピアとラウレーナの拳はほぼ同じタイミングで相手にクリーンヒットする。その衝撃でお互いに数歩分軽く吹っ飛ぶ。


「っ!」


「その変な魔装も刺突には弱いみたいだな!」


まず、ラウレーナは自身の受けたダメージに一瞬顔をしかめる。レイピアはラウレーナの水魔装を突き抜けて、ラウレーナのことを刺していたのだ。ただ、水魔装のおかげで深くまでは刺さっていない。


「あ、俺のダメージは無いから気にするなよ」


「っ!」


避けもせずに顔面にラウレーナの拳を食らった魔族は確かなダメージが入っていた。それは口を切って流れる血を見たら明らかだった。しかし、その傷はすぐに治った。


「俺の回復魔法の魔装は傷をすぐ治す効果があるんだよ。これのおかげでどんなに攻撃を食らってもすぐに回復しちまうんだよ。それに、魔装にほぼ防御力が無い代わりに魔装は消えない」


「っ!」


その効果はラウレーナの祖母の回復魔装とは大きく違っていた。効果は特殊なもので、魔装をしている間は回復し続けるらしい。また、その魔装は消えはしないそうだ。


「お前は魔力があるくせに【魔攻】を持たずに【攻撃】がある出来損ないだろ?つまり、俺を回復させずに一撃でやれるほどの攻撃はできねぇってわけだ」


「………」


回復魔族はそこまで言うと、ニヤッと口を大きく横に開いて言葉を続ける。


「相性が悪かったな!お前は俺には勝てねぇよ!今から降参したら一思いに殺してやってもいいぜ?」


「もしかして、降参してくれないと勝てないと思って、何とか降参させようとしてる?」


「あ゛?」


しかし、男の挑発をものともせず、ラウレーナはケロッとしていた。


「あ、弱い犬ほどよく吠えるって言うもんね」


「楽には殺さねぇからな!」


回復魔族は再びラウレーナに向かっていき、ここでも本格的な戦闘が始まった。






「うぐっ…くうっ……」


森の中では1人の少女が泣きながら走っていた。後ろからはもう戦闘音が聞こえてこない。


「余は……余は!」


そんな中、少女の脳内に流れるのは昔の光景だった。

いつもの変哲もない普通の日だった。急に城に竜が攻撃してきたのだ。竜の吐いたブレスで城は大きく燃えて、そのその両親は少女を連れて外に避難をしようとしていた。


「3人ともこちらへ」


ある魔族がその3人を誘導していた。もちろん、普段からよく城で見る知っている魔族なので、特に何も思わずその誘導に従っていた。


「かほっ!」


「あひゃひゃ!」


「えっ…?」


その魔族が急に手に持ったレイピアで母親を後ろから刺したのだ。


「てめえ!何のつもりだ!」


父親は2人を庇うように前に出てその男と向き合う。


「さすがに王様は俺一人じゃ手に負えないな〜」


ペキペキッ!


「先に王を刺せと言っただろ」


「いや〜、防がれそうな気がしたし、こっちの方がいい悲鳴が聞けそうだったから」


「なぜ!お前まで!!」


氷魔装を行う魔族がもう1人やってきて、父親の下半身を凍らせた。この魔族は父親の側近とも言えるような魔族だった。


「早くこの姫を……」


「我らが姫に何をしている!!」


「おいおい、やべぇのが来ちまったぞ。相変わらず感の鋭い奴だな」


そこからは増援が来て、2人の魔族と懸命に戦った。ただ、外には竜が暴れているので、増援に来れる数にも限界があった。

ただ、その場から少女1人を逃がすことには成功する。少女は後ろで戦闘音が聞こえる中、1人逃げ出した。



「この国がどうなるかは分かりません。ひとまず、今から人族の国へと逃げてます」


城を出てからは信頼できる2人の魔族が王様から少女を託されて、3人で国から逃げた。

それからは正しく逃亡生活のようだった。目立たないように移動しつつ、遠い人族の住む街を目指した。仲間の魔族がどうなったか分からない中、3人はひたすら逃げ続けた。

逃亡生活の間、何もできないことが情けなくて悔しくて、少女は懇願して強くなるための特訓も行った。



「私達は1度仲間の様子がどうなったか見てきます。その間はここに居てください。扱いが良いとは言えませんが、ここなら見つかることは無いでしょう」


2人は少女を戦闘奴隷として奴隷商人に預けた。ただ、その時に大金を握らせ、少女を売らないことを条件付けた。

しかし、奴隷商人は約束を守らずに、オークションに出した。

それからは文字通り色んなことが起こったが、今日までは無事に過ごせていた。




「はあ……はあ…」


少女は足を止めて後ろを見る。もちろん、離れたから見えるのは木ばかりだ。


「あの時と何も変わってないのじゃ……」


この状況は昔と変わっていない。前と同じく襲ってきた魔族から少女1人を庇って誰かが戦っている。そして、少女はその場から逃げ出した。


「逃げないと…あっ…!」


少女は現実から目を背けて、再び足を動かしたが、木の根に躓いて転んでしまう。また、そこは少し坂になっていて、少女は何回も転がる。


カシャ…


「っ!」


偶然、少女の腰から外れた刀が目の前に転がってきた。その刀は鞘から少し刃を覗かせている。まるで、少女に何かを伝えるように。

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