第269話 武器の名
「これから模擬戦でもするか?」
工房を出た俺にルシエルがそう言ってくる。ルシエルは少しでも早く、新しい刀を試したくてしょうがないみたいだ。
「いや、それはやめておこう」
「え!?」
しかし、そんなルシエルの提案を俺は断った。俺が拒否してくるとは思わなかったのか、ルシエルは目を見開いて驚いた。
「模擬戦をしたってその斬れ味は試せないぞ。それにその刀は慣らさなくてもルシエルには完璧に合ってるはずだ。それならせっかくなら試すのは魔物との実戦にしようぜ」
「なるほど……そうじゃな!」
ルシエルは俺の提案に何度か頷きながらそう言う。ルシエルも魔物で試したくなったのか、これ以上俺と模擬戦をしようとは言わなかった。
ただ、俺が模擬戦を避けた理由は今述べた理由だけでは無い。一番の理由はこの大鎌を振る俺が上手く手加減できる自信がなかったからだ。
もちろん、俺がこの大鎌で手加減出来ないほど使いこなせないというわけじゃない。戦いが始まったら、大鎌の性能を全て発揮したいという欲を抑えられる気がしないのだ。とはいえ、ルシエルに大きな怪我をさせるかもしれないとかではないので、今の興奮状態に近い俺でも模擬戦が魔物での試しを終えた後なら問題無い。
ただ、今模擬戦をしてしまうと、ルシエルが望んでいる武器のお試しは多分できないだろう。俺だけが一方的に大鎌の性能を試すだけになってしまう。
「さて、明後日…いや、明日にはここを出るか」
かなりラウレーナを待たせてしまっているので、早くここを出た方が良いだろう。それに俺もルシエル同様に早く武器を使いたい。
「……だから早く寝ろよ」
「そんな子供扱いしなくてもすぐ寝るのじゃよ!」
横になるどころか、テントにすら入らず、刀を眺めたり振ったりしているルシエルの言葉には説得力の欠片もない。
「っ!!あ、主!これを見るのじゃ!」
「ん?」
ルシエルが慌てながらも嬉しそうに刀を持って駆け寄ってくる。
「これ!これを見るのじゃ!」
「ちょっ!ん?何だ?」
いきなり目の前で刀を向けられてびっくりしたが、ルシエルは刀の根元を指差している。そこに目を向けると目立たないように小さく何か彫ってある。
「
「いや……普通は銘…製作者の名前を彫るだろ」
そういえば、武器の名を聞いていなかったが、まさかわざわざ彫っていたとはな。それも目立たないように。
「深緋……これから大事にするのじゃ」
「おいおい……」
刀に頬擦りしているルシエルが色んな意味で心配だが、それは置いておいて俺はヘパイトスがなぜ銘を彫らなかったのか考えていた。
(まあ、目立ちたくないからか)
これ以上ないシンプルな答えが出た。ヘパイトスは良くも悪くもあの場所でひっそり鍛冶師をやっていることに満足していた。また、自分が認めた者が自ら魔物の素材を持って来るというシステムも気に入っていそうだ。
もし、ヘパイトスが実力に相応しい名声が手に入ったら、ろくに武器を使わないような奴らが金にものを言わせて装飾品のように買おうとするだろうな。この大鎌を俺が使えることに喜んでいたヘパイトスがそれを良しとするとは思えない。
「主の大鎌には何と彫っておるのじゃ!?」
「あっ」
ルシエルに話しかけられて思考が切り替わる。確かに俺の大鎌の名は気になる。
「
大鎌を握った俺は彫られた名を探すことなく、そう呟く。なぜか、この大鎌の名はこれだという確信があった。
「ん?主はもう名を見ていたのか?」
「いや、まだ見ていない」
「?」
ルシエルが首を傾げている中、俺は名が彫ってある柄と湾曲した刃の繋がっている場所に迷わず目を向ける。そこには目立たないように小さくではあるが、深く濃く力強く『至極』と彫ってあった。
「至極か格好いいのじゃな!」
「ああ、本当にな」
俺は改めてこの大鎌に相応しいと胸を張って言えるくらい強くならなければと決意した。
「さて、明日は早いんだからもう寝るぞ」
「わかったのじゃー」
名を見つけてとりあえず満足したのか、ルシエルは言われた通り寝袋に入った。
ただ、一応鞘に入れているが、寝袋の中にまで刀を持ち込んだのには驚いた。まだ全く満足はしていなかったらしい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます