第265話 事の結末

「初めて人を殺してどうだった?」


部屋に戻った俺はあえて遠慮をせずになんてことのないのようにルシエルに聞いてみる。


「ま、魔物と変わらなかったのじゃ…」


「嘘をつかなくても別にいいぞ」


ルシエルの発言はすぐに嘘だと気付いた。だって、声が震えているしな。魔物と戦った時にルシエルは声が震えたりはしなかった。


「……」


「……」


それから少しの間、お互いに静かな無言の時間が続いた。しかし、その時間に耐えられなくなったのか、ルシエルから話し出す。


「斬った感触は魔物と変わらないはずなのに手にその感覚が纏わり付くような気分じゃった。手に血は付いておらんし、念の為生活魔法を使って綺麗にしてもずっと残っておるのじゃ……」


「そうか」


それを取り除く方法を知っていればよかったのだが、俺はそれを知らない。俺はそんな感覚になったことがないからな。

それに、ルシエルとは生まれた場所どころか、種族までも違う。だからルシエルの気持ちを想像することも難しい。

でも、そんな俺にもできることもある。



「ルシエル。模擬戦をするか」


「え?」


急に立ち上がってそう言う俺にルシエルは首を傾げる。


「どうせ、武器ができるまでは暇なんだ。疲れ果てて、手の感覚がなくなって武器が握れなくなるまで相手してやるよ」


俺にできることはルシエルがそんなことを忘れるくらいまで憂さ晴らしに付き合うことぐらいだ。


「ふっ…先に疲れ果てるのはお主の方かもしれないぞ?」


「ほう?やれるもんならそうしてもらいたいな」


俺の発言を聞いてルシエルは小さく笑って立ち上がる。


「行くぞ!」


「おう」


俺とルシエルはそれからほとんど休憩せずに何時間も戦い続けた。示し合わせた訳でもないのに、お互いに闘力と魔力は使わなかった。


ルシエルは最後の方はフラフラになっていたが、それでも戦うのは止めなかった。



「あっ」


「あっ」


そして、最後には握力の無くなったルシエルの手から刀がすっぽ抜けて転がった。


「はあ……はあ………」


「ふぅ…ふぅ…」


それが合図かのようにルシエルが大の字で横になり、俺は膝に手を置いて呼吸を整える。


「満足したか?」


「もう立ち上がることすら無理じゃな!」


そう言うルシエルは疲れ果てた顔をしているのに、どこか戦う前よりも晴れやかに見えた。


「すまんが、眠くなってきたからテントまで連れてってくれんか?」


「分かったよ」


そこまで力を絞り出したことに驚きながらも、俺はルシエルを抱える。


「すぅ……」


「おい…まじか」


俺が抱えて立ち上がった時にはルシエルは眠っていた。まあ、ゆっくり眠れそうなら良かった。

俺はルシエルをテントで横に寝かせる。



「さて、俺は長に話を聞きに行くか」


一応俺のせいで始まったことなので、長にハゲデブがどうなったのかを聞きに行った。



「ああ、あいつなら強盗で捕まったぞ」


「あ、そうなんだ」


意外と結末としてはあっさり終わったんだな。


「だが、出てこようと思ったら、金と権力の力でいつでも出てこれるだろうがな」


「はあ!?」


それなら捕まっても意味ないだろと思ったが、長はニヤニヤしながら続きを話し始めた。


「だが、出てきても何もできないはずだぞ」


「何で?」


俺がそう聞くことを予想していたのか、長は続けて言う。


「だって、男の大切な玉と棒だけでなく、四肢すらもないんだからな」


「え…え!?嘘だろ!?」


さすがにそれは驚いた。長があの後そこまでしたのか。

しかし、俺の考えが顔に出ていたのか、長は首を横に振ってから話し出す。


「私は四肢までは取ってないぞ。ただ、裏路地の中で目立つ場所に斬れ味が抜群に良いナイフと一緒に逃がしてやったんだぜ。しかも、少し経ってから腕を繋げれなくても、傷を塞げる回復魔法を使える神官と自警団を呼ぶ優しさまであったぞ?」


「鬼かよ…」


裏路地ならハゲデブに恨みを持つものも多いだろう。いや、ハゲデブのことを知らなくても金持ちの権力者と言うだけで嫌う奴は多い。そんなところにハゲデブと斬れ味の良いナイフを置けばそこに居る者が何をするかは分かるだろう。

しかも、傷を塞げる神官を呼ぶことで、上級ポーションで腕や脚を繋げられることを防いだ。切り落とされた腕の先が無事でも、切れた腕の傷が塞がってしまえばもう上級ポーションでも治らない。

さらに、自警団を呼ぶことで殺されることは防いだのだ。

ん?四肢までは?てことは男の象徴を切り落としたのは長ということに……。


「これで全てが上手く片付いたな」


「あー……んー?」


確かにもし誰かが捕まるとしても、自警団が来た時に四肢を奪った者達になるだろう。例え、ハゲデブがこちらに罪を擦り付けようとしても神官がそれを阻止する。確かに全てが上手く片付いてはいる。


「今日はもう遅いから寝ろよ」


「あ、ああ…」


俺は長を怒らせることは絶対にしないでおこうと決意し、自分の部屋へと戻って眠った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る