第189話 2人の観光
「そろそろ手を離してもいいと思うんだけど」
「だめだよ!手を離したら逃げちゃうかもしれないじゃん」
「いや、逃げないから」
俺は相変わらず姉弟子に手を引かれて道を歩いていた。それなりの人とすれ違うが、誰にも話しかけられたりはしない。
優勝したから少しは知名度があると自惚れていたのかもしれない。ただ、あまり多くない人族の優勝者なのだからいくら武器と防具を付けていないとしても俺のことを分かる者が居てもいいと思う。それに人気のありそうだった姉弟子ですら全く話しかけられていない。
「それに手を離しちゃうと認識阻害の魔導具の効果が切れちゃうからだめ」
「ああ!なるほどな」
姉弟子は師匠から魔導具を渡され、それを付けていたから俺達は誰にも気付かれなかったらしい。
また、この魔導具はよく姉弟子の両親が購入してよく使っていたそうだ。ラウレーナの両親の人気は凄そうだからこの魔導具が無いとまともに外を歩けなかったのだろう。
さらに、この魔導具の効果は魔導具は付けている人とその人に触れている人にしか作用しないので、手を離すことはできないそうだ。
「ヌルヴィスは今、この国では注目の的だよ。だから見つかったら大変だから絶対に手を離さないでね」
「分かったよ」
突如として現れた人族が優勝したとのことで俺はかなり注目されているそうだ。それは市民だけでなく、俺の力を詳しく分かっていない俺らの所属する護守道場以外の道場の者も含まれるらしい。
だから俺が居るとバレたら観光どころではなくなる可能性が高いそうだ。
「ここが獣人国で1番の屋台通りだよ!ここになら色んなものがあるから沢山見て回ろ!」
姉弟子に連れられた屋台通りは俺の生まれた国の王都の何倍も賑わっており、そこらから自分の店の商品を売り込む声が聞こえる。
また、屋台は食べ物、服、武器、宝石、謎の物など種類豊富らしい。
「まずはご飯を食べよっか」
「そうだな!」
まずは腹ごしらえのために2人で色んな料理の屋台を回った。認識阻害の効果があってもちゃんと人がいるとは認識してくれるそうで問題なく買い物ができた。
「えっと…2人で端っこから食べ進める?」
「そ、そうだね」
串焼きなどの片手で持てるものならお互いそれぞれで食べることができた。ただ、両手で持つ必要がある魔物の丸焼きような大きい食べ物はお互いに両手が塞がっていて1人では持てない。だから俺達は塞がっていない手を使って2人で持って、2人で端から食べ進める。
「「あっ…!」」
最初の方は良かったが、最後の方になるとお互いの顔が当たるほど近くなってしまった。それに気付いたタイミングは同じだったようで、姉弟子と至近距離で目が合って固まってしまう。
「の、残りはヌルヴィスにあげる…」
「あ、ありがと…」
お互い恥ずかしくなって顔を背けたが、姉弟子が残りを譲ってくれた。俺はお言葉に甘えて残りを食べさせてもらった。
それからすぐに、そもそも同時ではなく順番に食べればよかったと気付いた。また、座って食べるなら脚同士を触れさせることでお互いの両手が自由になることにも気付く。それからの食事はもっとスムーズに進んだ。
「これって絶対偽物だよな…」
「本物だとしてもこの値段は無いよね…。あ、でもこれは本物なら安い。でも多分偽物だね」
食事が終わったら食べ物以外の屋台も回った。掘り出し物なんかはそう簡単には見つからず、偽物や詐欺のような値段のものばかりだった。ただ、捕まえようにも本人に偽物だって知らなかったなど誤魔化されたら難しいらしく、結局は騙される方が悪いとされるそうだ。
また、突然喧嘩のようなものが始まったのだが、それを道行く人で囲んでリングのようにして一種の見世物のようにして楽しんでいた。騎士や憲兵のような者までもが近くで見て賭けて楽しんでいた。まあ、それはお互いに身体強化無しでのステゴロだったからだろう。途中でどちらかが身体強化や武器を使ったりしたらすぐ止めに入ったのだろう。
「今日はいっぱい見て回ったけど全然お金使わせられなかったね」
「俺は十分楽しめたから良かったよ」
確かにお金自体はあまり使ってはいないが、俺は今日一日姉弟子と獣人国を観光できたのはとても楽しかった。
「そっか…!それなら僕も良かったよっ」
「……!」
俺の方を向き、夕日をバックにそう言って見せた姉弟子の笑顔はとても美しかった。
「「あっ!」」
その笑顔を見た俺が思わず立ち止まってしまったことで人の流れに巻き込まれて姉弟子の手を離してしまった。このままでは俺の認識阻害が解けて騒ぎになる。俺は離れた手を繋ごうと手を伸ばそうとする。
「っ!!!」
その瞬間、俺は今までに感じたものとは比べ物にならない危険察知が反応した。咄嗟に身体強化と闘装をし、マジックポーチの中の大鎌を取り出そうと手を動かそうとする。
「あ…れ…?」
しかし、俺の身体は全く動かない。ただ、呼吸はできるようで、呼吸に合わせて腹が少し動く程度はできる。ただ、手足や顔などはピクリとも動かない。
また、認識阻害が無くなったはずなのに、俺の居る場所には障害物があるかのように、人々は俺を避けていく。
ざ…ざざ
「………」
そんな中、1人だけ俺の真後ろにやってくる者がいたのを気配で感じる。ただ、動けないので後ろを向いてその者の姿を見ることすらできない。
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