第188話 希望者

「いやー、大変そうだね」


「人事だと思って好きに言いよる…」


俺は朝から忙しそうにしている師匠と先生に声をかけた。


「お主とラウレーナには昨日から修練を見てやれんで悪いな」


「姉弟子さえいれば戦えるから問題ないし、そこまで困ってないから大丈夫だよ」


「そう言われるとそれはそれで思うところはあるんだがのう」


表彰式の次の日である昨日からの修練は俺と姉弟子のみで道場で行っている。姉弟子とお互いに悪い所を指摘しあっているので師匠達が居なくてもそこまで困らない。

ただ、怪我をした時にすぐに治してくれる先生も居ないため、激しく戦うことはできていない。



「本当は道場に行きたいのだが…困ったのう」


師匠は少しだけ本当に困った顔をしてそうこぼす。


「でも贅沢な悩みじゃない?」


「それはそうなんだがな」


師匠はちゃんと困っているとは思うが、その悩みの内容はかなり贅沢なものだ。



「俺と姉弟子の1位と2位の結果から、そんなに弟子入り希望者が来るなんてね」


一強道場が取り潰しになったこともあり、師匠と先生の元には弟子入り希望者が大量にやってきたのだ。2人はその者達への面接や実力検査の日程を調整したりなどで大忙しなのだ。


「今はこの道場に師範となれる者は2人しかおらんからそこまでの人数は弟子にはできんからな」


「まあ、そうだよね」


教えられる者が2人しか居ない以上、いきなり何十人と弟子を作ることはできないだろう。



「そもそも儂らはある程度才能が無いと弟子にはしないから人数に関しては問題ないだろうけどな」


道場では対人戦を意識して修練している。そんな中で、俺や姉弟子のように闘装や魔装を防御に全て使うということは、闘装と魔装を攻撃に使わずとも相手の闘装や魔装を破れなければならない。そのため、ある程度の攻撃力が無いとこの道場には向かない。


「あの撃砕道場のように無駄に人だけ多くはしないぞ」


一強道場は来るもの拒まず、去るもの追うという感じだったらしい。その方針により、どんどん人数を増やしていた。

その一方、この道場では、来るもの厳選し、去るもの追わずという感じである。こちらは少数精鋭といえばいいだろう。


「弟子になる以上、少なくないお金も貰うことになる。だから後からこの道場に合わなかったから他の道場へ行けとはしたくないからのう」


「え?お金を取るの?俺はまだ払ってないよ?」


言われてみたら、教えを乞うのだから金銭が発生するのは当たり前だ。だが、俺はまだ一銭も要求されていない。


「お主はスカウトだから無料だ」


「あ、なるほど」


この道場では師範の方からスカウトして道場に来てもらった場合には無料でいいらしい。


「じゃあ、俺は姉弟子と修練して来る」


「おう、頑張ってな」


師匠達は忙しそうなのであまり邪魔をしたら悪いと思い、俺は道場の方へと向かった。道場では昨日と同じように姉弟子と戦っていた。




「よし!とりあえずは終わったぞ!」


その次の日の昼頃、ようやく弟子入り希望者の数も落ち着きをみせ、今の段階での予定は組み終わったようだ。


「それじゃあ、儂は賭けに勝った分の金を貰ってくる。もちろん、ヌルヴィスの分もあるから楽しみにしておれ」


「あっ!」


そういえば、賭けていたのを忘れていた。結局大金貨1枚を賭けたのだが、いくらになったのだろうか?



「これがヌルヴィスの分だ」


「ありがとう」


師匠は1時間ほどで帰ってきて、厳重な袋に入ったものを渡してきた。俺は早速それの中身を見てみる。


「えっと…初めて見る硬貨があるな…」


袋の中からだとよく分からなかったので、テーブルに全て出してみる。


「大黒貨12枚と黒貨6枚と大金貨7枚だ」


「わぁーお…」


師匠に金額を聞く。俺はもう残りの人生を遊んで暮らせるほどの大金を手にしてしまった。


「この金はどうするつもりだ?」


「とりあえず取っておくつもりだけど、ポーション類を良いのを揃えようかな」


ポーション類は高いのは本当に高い。傷口を繋げれば欠損が治る最上級ポーションは最低で大金貨4枚で、どんな傷、病気も治るエリクサーが黒貨5枚だ。

ただ、これは最低価格でそもそも市場にほとんど出回らないせいで買うとしたらオークションになる。そうなると、値段は何倍にも跳ね上がる。


「だが、使うのも大事だぞ。そういえば、ここに来てからは修練ばかりで観光をしていないだろう。

ラウレーナ、ヌルヴィスに観光案内をしてやってくれ」


「分かった!ヌルヴィス、行こっ!」


「ちょっ…ちょ!行くから待ってって!」


俺は姉弟子に腕を引っ張られて獣人国の観光へ行く。確かにここに来てからちゃんと観光はしていないからありがたいな。

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