第186話 誇り

「あっ!姉弟子!それと師匠と先生も!」


控え室通路を歩いていくと、姉弟子と師匠と先生が揃って歩いてきた。

ただ、姉弟子だけは俺を見た瞬間にこちらへ走ってくる。


「え?姉弟子?」


姉弟子はそのままの俺に無言で抱き着いてくる。それは予想していなかった。



「ばか…」


「優勝した者への第一声がそれでいいの?」


優勝したのだから褒められるかもとは思っていたが、まさかの罵倒されるとはな。しかも抱き着かれたままの罵倒だ。


「だってばかなんだもん!何であれを使ったの!」


「あー、さすがにバレてたか」


あれとは魔力のことだろう。今はバタバタしていて人がいつ通るか分からないから気を使って名称は避けたのだろう。

ちなみに、姉弟子だろうと視覚的には魔力を使ったと気付けなかったと思う。観客席に居たほぼ全員が身体強化を強くしたから急に攻撃力が上がったと思っているはずだ。だが、姉弟子らには急に闘装と攻撃力が増加したら魔装と闇身体強化をしたのは隠せないか。


「ヌルヴィスに優勝する理由は無いのに…」


「いや、負けず嫌いだから優勝はしたいよ」


負けず嫌いなのは本当だ。だからと言って魔力を公に使ってまで勝とうとは思わないけど。


「いつもはあんな戦い方しないでしょ」


「あー、気分転換?強くなって気持ちが高揚してたのもあるかな?」


確かに俺は姉弟子と同じように戦っていた。俺の闘装と氷魔装を重ねても姉弟子の水魔装の防御力には勝てない。まあ、攻撃力は闇身体強化を含めれば俺の方が強いけど、姉弟子なら連続優勝者の闘装を砕いてダメージを与えるのはできるはずだから変わらない。

そんな俺が姉弟子と同じように戦って楽に勝つことで姉弟子でも狡をされなければ俺よりも簡単に勝てて優勝できると証明したかったんだ。


「隠すならもっと上手に隠してよ…」


「ははは……」


何となく、気恥ずかしくて姉弟子の為に魔力を使って戦ったと言えなくて誤魔化してたのだが、上手く誤魔化せていない。


「…ありがとう」


「ああ」


姉弟子はまだ色々と言いたいことはあるのだろうが、最後にお礼だけを言って強く額を俺の胸に押し付けた。



「………」


それから1分ほどが経つと、姉弟子は自分からそそそっとゆっくり俺から離れていく。



「とりあえず、今日のこれから予定していた表彰式は3日後に延期になった」


「あ、そうなんだ」


姉弟子が離れるの、師匠からそう言われる。表彰式が無いなら今日は後は帰ってゆっくりするだけか。


「ちなみに、理由は?」


「それをお主が聞くか。もちろん、魔導具の使用疑惑だ」


やはり、俺が魔導具らしきものを持った腕を吹っ飛ばしたことで多くの者の目に止まったようだ。


「実際に魔導具だったら処置はどうなるんだ?」


「使った者の大会参加権を永劫没収は確定だ。それから道場の関与があった場合は道場の資産は全て没収した上で取り潰しだ。それから魔導具使用に関与した者は犯罪者として捕らえられる」


「え?」


まさか、ここまでしっかりどうなるか決まっていて、その処置が重いとは思わなかった。


「お主が思っておるほど前の大会中の魔導具での死亡は大問題だったのだ。この大会は獣人国の中でも最も大きい行事と言っても良い。それが何度も魔導具を使われたら大会存続の危機ともなるのだ。

今頃は騎士達は撃砕道場の周りを囲んで証拠隠滅や夜逃げをさせないようにしておるだろう。そして、あのとき持っていた物が魔導具だと断定した時点で道場へ家宅捜索だ。

そもそも国としても大きくなり過ぎて何も言えなかったあの道場には鬱憤が溜まっていたのだ。それを一気に発散されるわけだ。」


「あーあ」


あれはほぼ確定で魔導具なので、一強道場は終わったも同然だな。

ちなみに、取り潰しになった道場に所属している者は騒動に関係していない場合は他の道場にスカウトされる場合が多いそうだ。スカウトされなくても自分で道場に入ることもできるし、何なら他の職もある。だから取り潰しされた道場に所属していた者が路頭に迷うことはほとんどないそうだ。



「それもこれもお主がわざと魔導具を使わせるように追い込んだ上で魔導具を周知の事実にしたからだ。ヌルヴィスが俺の弟子であることを誇りに思う」


「私も誇りに思います」


「僕もヌルヴィスが弟弟子になのが誇りだと思うし、それと同時に弟弟子になったのが僕の人生で1番の幸運だよ」


突然そんなことを言われて思わずうるっときてしまった。


「ありがとう。俺も師匠と先生の弟子で姉弟子の弟弟子だったことを幸運だと思うし、誇りに思うよ」


俺は目に涙を溜めながらそう言う。俺は本当にこの獣人国では関わる人に恵まれた。


そこからは少し気まずくなりながらも4人で道場へと帰った。その日の晩御飯はいつもよりもかなり豪華な肉づくしでとても美味しかった。

ちなみに、逆恨みで何かあるかもしれないからと屋敷の周りには数人の騎士がおり、外出も控えろとの事だった。だから俺と姉弟子は大人しく屋敷や道場でその3日間を過ごした。

そして、3日後になり、予定通り表彰式は行うそうだ。また、その中で一強道場の処遇も発表されることになる。

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