第181話 俺の準決勝と決意と覚悟

『4回戦、準決勝の第2試合を始める!』


姉弟子の試合が終わり、数時間を置いて俺の試合が始まろうとしている。

姉弟子はというと、担架で救護室に送られた。俺も試合直前までそこに居たが、目を覚ますことは無かった。今は先生が姉弟子の側にいて、師匠は俺の試合を観客席で見ている。


「お前もさっきの試合の雑魚みたいに何もできず…」


「黙れ。俺は今機嫌が悪いんだ。それ以上喋るな」


ただでさえ今までに無いくらいにイラついているんだからこれ以上無駄にイラつかせるな。


『開始!』


その合図がかかった瞬間、俺は2位に向かって走りながら闘装と身体強化を行う。


「うらっ!」


「おっと…」


俺が上から振り下ろした大鎌を2位は簡単に避ける。それと同時に2m近くある長槍の先端が俺へと迫る。


「ちっ…」


長槍は俺の腕の闘装を貫くが、その下にある装備までは貫けなかった。俺は2歩下がり、2位の長槍の範囲から出ると、すぐに腕の闘装を直した。そして、また2位へと迫った。


「はあっ!らあっ!」


「ふっ!よっ!」


俺が力一杯振る大鎌を2位は簡単に避け、長槍でチクチク攻撃してくる。その攻撃は装備の無い所を狙うようになり、闘装は貫かれ、俺は傷が増えていく。

だからと言って呑気に無属性魔法を使おうとしたら詠唱中に刺そうと向かってくるだろう。



(くそっ…大振りになっているのが自分で分かる)


2位は相手の攻撃を避けながら、攻撃範囲の広い長槍で相手の攻撃範囲外からいたぶるように攻撃してくる戦い方だ。俺の攻撃が2位に当たらないのはそれもあるが、一番の原因は俺の大鎌の振りがいつもよりも力が入って大振りになっているからだ。自分でもそれは分かってるのに上手く修正はできない。


「ふぅ…ふぅ…」


2位の攻撃範囲から出て呼吸を整える。修正できないなら今この場で慌てて修正しなくてもいい。俺はここで負ける訳にはいかない。


「よし」


俺は覚悟を決めて2位へと迫る。俺が近寄ると、2位は長槍で突き出して俺を刺そうとする。


「おらっ!」


「っ!」


その槍の先端を俺は全力で殴り付けた。強めにしていた拳の闘装は割れ、拳からは血が弾ける。だが、それにより、2位は仰け反る。その間に俺は2位へとさらに迫る。


「ふあっ!」


「……」


仰け反りながら苦し紛れに振るわれた長槍を体勢を低くして避けると、俺は大鎌を振りかぶった。

だが、その瞬間に危機感知が反応する。その反応は2位が隠すように背に装備していた1m弱の短槍を左手に握っていたからだ。


「はあっ!」


「ぐっ…」


その短槍は俺の脇腹を掠める。闘装は砕け、俺の脇腹は斬られる。だが、知ったことか。


「るあっ!!!」


「がっ……」


俺は大鎌を全力で振り下ろし、峰で2位の頭を殴った。大振りで振るというのには欠点だけでなく、利点も存在する。それはいつもより力が入っているから威力が高くなっていることだ。


『勝者!護守道場!ヌルヴィス!』


その一撃で2位は完全に気絶した。俺はそんな2位を無視して俺は舞台から降りた。



(明日はこんなに上手くはいかない)


明日の連続優勝者との戦いではこんなに上手くはいかないだろう。姉弟子の拳を簡単に受け止めた盾で俺の大鎌も受け止められるだろう。2位よりも確実に強い連続優勝者には魔力無しの制約で勝てるとは思えない。

もし、仮に勝てそうになったとしても連続優勝者はまた遠慮なく魔導具を使ってくる。そうなったらその微かな勝機も消え失せる。


「あっ…」


俺は無意識に姉弟子のいる救護室の前まで来ていた。俺もそれなりに怪我をしているので救護室に来るのは間違いでは無い。俺は救護室に入ろうと扉に手を伸ばす。

ちなみに、2位の奴は別の救護室を使っているだろう。


『狡い…狡いよ!』


「っ!」


しかし、中から姉弟子の声が聞こえてきて反射的に伸ばした手を引っ込めてしまう。


『雷の武器だけなら今年は勝てた!勝てるくらい強くなった!それなのに今回は魔導具の武器まで使ってきた…!それさえ使ってなかったら勝てたのに!実力は僕の方が上なのに!パパとママと同じように魔導具に…不正に負けちゃった…!』


扉越しに聞こえたそれは今まで道場の先輩として俺に見せてくれていた冷静さがない姉弟子の悲痛な叫びだった。

姉弟子はきっと俺にはこの弱い部分を見せないようにしていたのだろう。ならこれを俺は聞かない方がいいはずと思い、立ち去ろうとする。


『ヌルヴィスに決勝で勝ってほしい!』


「っ!」


しかし、次に聞こえた叫びで動かそうとした足を止めてしまう。


『僕じゃなくてもヌルヴィスが勝ってくれたらもうそれでいい!僕の仇を…パパとママの仇を打って欲しい! ヌルヴィスなら魔導具を使われても魔力さえ使えば勝てる!』


「………」


確かに魔力を使えば勝てると俺も思う。もう魔導具を使うと手札もバレているので魔力を使って備えればまず負けない。だが、魔力を使ってしまったら明日以降の俺はどうなるか分からない。こんな時まで自分のことを優先で考えてしまう自分がいる…。そのせいで魔力を使うという決断がこんな時でもできないでいる。


『あんな奴らに負けないで…勝ってって言いたいよ…。でも言ったらヌルヴィスの負担になっちゃうよ…』


「っ!!!」


しかし、姉弟子はこんな時まで自分のことではなく、俺の事を第一に考えてくれていた。自分のことを第一に考えていた俺がすごく小さく思えてしまう。


『勝って…勝ってよ……ヌルヴィス……』


最後に姉弟子は扉越しでは微かにしか聞こえない声でそう零すと、それからは姉弟子の泣き声しか聞こえなくなった。

俺は静かに歩いて救護室から離れる。



ガンッ!


救護室から十分に離れた俺は勢いよく壁に額をぶつける。壁は凹み、額は割れ、血が垂れる。


「決意と覚悟は決まった」


今の頭突きで自分のことを第一に考えてしまう弱く小さい俺とは決別した。

自分のことなんかよりも優先しないといけない大事なことがある!


「明日はルールの範囲中で何をしても絶対に勝つ」


俺はそう呟いてから傷を治すために師匠を探して歩いた。

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