第172話 俺の予選

(見られてる?)


俺が控え室に行くと、そこに居た者は俺をチラチラと何度か見てきた。中には視線を逸らさないで見続ける者までいる。それは俺の後から控え室に入ってきた者も同じだった。



(あ、獣人ばっかりだからか!)


ここに居る者の全員が獣人だった。獣人国にももちろん人族、ドワーフ、エルフはいるだろう。だが、わざわざ道場に入ることは無いだろうし、入ったとしても大会に出るほど本気の者も少ないのだろう。もし居たとしてもその者は有名な一強道場に行くだろうしな。

だから全く知らない人族の俺が珍しいのだろう。


「持ち物の検査をするから言われたら協力するように」


控え室に役員?が入ってきて持ち物検査が開始された。身体をぺたぺたと触って手や首などに魔導具を付けていないか、マジックポーチ類は持ち込んでないかを調べていた。


「よ…427番、手を上げて」


「はい」


獣人ではない俺を見て役員がびっくりしたような反応をするが、普通に検査をしてくれた。一応背負っている武器である大刀を見せてくれとは言われた。大刀は珍しい武器だから仕方が無いだろう。マジックポーチは師匠に預けているから持ち物検査で問題は無かった。



「では、入場をしてください」


控え室に居た役員に言われて俺達は入場して行く。そして、全員が舞台に上がったらルールや注意事項などの説明をされる。


(…俺の方を向き過ぎだろ)


周りの者らはお馴染みであろう説明をほぼ聞いておらず、俺の方を見ていた。何なら既に体まで俺の方を向けている者もいる。これは姉弟子以上に狙われそうだな。

そんなことを考えていると、説明は終わり、とうとう試合が始まる。



「……始め!」


その合図で全員が闘装や魔装をしていく。そんな中、俺だけは闘装や魔装をせずに別のことをする。


「守れ、シールド」


俺は手の平サイズの小さい盾を数十枚と作った。一枚一枚に込めた闘力はかなり少ないから意外と闘力は減っていない。そして、俺は身体強化をして全力でジャンプする。

突然の奇行に舞台の全員の視線が空中の俺に集まる。


「よっ」


強い視線を感じながら俺は空中で盾の1枚を蹴ってさらに上に跳ぶ。蹴っただけでその盾は割れるが、それを繰り返して俺は20m弱ほど舞台から離れる。そこまで離れると、今度は盾を蹴って斜めに跳ねながら舞台を見下ろす。


「さあ、やり合え、やり合え」


最初に俺を狙うつもりだった者も居ただろうが、空中に居られたらどうしようもないはずだ。

舞台上では誰かが上を見ている者を攻撃して全体の戦闘は始まった。中には俺に魔法を放ってくる者もいたが、俺に当たりそうになる頃には勢いもかなり弱くなっていて簡単に避けられる。



(師匠達は…)


舞台の者らは魔法も当たらないと悟って完全に俺を放置した。暇になったから師匠達へと視線を移す。すると、師匠は腹を抱えて笑っており、先生は苦笑いをして、姉弟子は手で頭を抑えている。まあ、こんなことをやるとは言ってなかったから驚いただろうな。ただ、師匠には空中においての場外の判定がないことは事前に聞いたので何かやるとは思っていたかもしれないけど。


ちなみに、こんなに大量の盾を生み出せたのは多重行使のおかげである。今までは10枚くらいがやっとだったが、多重行使で複数枚がやりやすくなった。




「お、そろそろか」


気が付いたら舞台内の立っている人数は10人になっていた。残りの盾も少なくなってきたし、ちょうど良いだろう。俺はここで初めて大刀を抜き、盾を蹴って急降下する。


「ぐえっ…」

「ぐぶっ…」


「はい、2人」


俺は急降下した勢いそのままに、他道場の者に攻撃していた一強道場の2人をまとめて大刀の峰で場外に殴り飛ばす。


「……」


俺の存在を全員が忘れていたのか、再び視線が俺に集まる。それまでの戦闘音がピタッと止んで舞台内は静かになる。



「ぐえっ…!」


そんな中、俺が助けたとは別の他道場の者が俺の方を向いていた一強道場の者を攻撃して落とした。そこでちょうど舞台内で立っている者は7人となる。



「そ、それまで!411、427、429、456、461、482、491予選通過!」


4回戦は俺を含めて3人の他道場が本戦の出場を決めた。それから舞台から退場して行ったわけだが、全員の視線が俺の方を向いていた。ある意味目立つことにはなったが、ほとんど力を見せずに予選通過することができた。

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