第170話 俺の出した答え

「僕相手に素手で戦うのは無理だと思うよ」


俺が目が覚めて姉弟子に最初に言われた言葉がこれだった。


「そもそも僕と素手で戦いたいなら格闘術が無いダメだよ」


体術が身体の動かし方や脚運びなどといった戦闘全体の補助的な技術に対し、格闘術は殴る蹴るや背負い投げるなどの素手の近接格闘での専門技術だ。つまり、格闘術は素手での戦闘においての必須スキルだ。


「それで問題なのはヌルヴィスの職業で格闘術が取得できるかだよね」


「ああ」


職業によって新しくスキルを取得する時の難易度は変わる。例えば、盗人の職業の人が隠密を取得するのと、剣士が隠密を取得するのでは同じことをやろうと、よりそのスキルに適性がある盗人の方が早く取得できる。また、重騎士という攻撃と防御に特化し、大きな鎧と武器を使う職業ではどんなに努力しようと適性の全くない隠密は取得ができない。

普通の職業で向き不向きは今までの傾向から大体分かっている。そもそも剣士、火魔法使いなど職業は名前からして分かりやすい。ここで問題となるのが俺の職業だ。


「不遇魔法剣士は何に適性があるんだよ…」


不遇魔法剣士は誰も知らなく、どの職業にも似た特徴が無い唯一無二の職業だ。そのため、何に適性があり、何に適性が無いのかが分からないのだ。


「格闘術は取得できないと思って良いぞ」


「え?」


俺と姉弟子で悩んでいる中、師匠が急にそう言ってきた。


「適性があったらこの修練中に取得しておる。まだ取得できていないのだから適性があることは無い。だから取得はできないものと考えて良い。それにこの一月でどうにか取得できたとて、そんな付け焼き刃でラウレーナには勝てんし、そもそも大会の本戦でも勝てん」


「まじか…」


確かに姉弟子との戦いで殴ったり、蹴ったりはそこそこしていた。それでも取得できないのだから諦めるしかないか。まあ、今更格闘術を取得できたところで姉弟子に勝てる未来は見えないしな。



「手が無くて焦る気持ちも分かるが、初心に帰って自分の長所を伸ばすと良い」


「長所…」


俺は拾った大鎌を眺める。確かにそもそも俺に姉弟子の水魔装を斬り裂く技術があれば小技に頼る必要は無い。そもそも高ランクの魔物に小技が効くとも思えないしな。元々は足りない防御を補完するためにここに来た。だから別に新たな攻撃方法を模索する必要は無いのか。これらは少し脳筋の思考に感じるが、それが一番現実的で確実なのだ。

だが、それは今すぐにできるようになることでも無い。



「姉弟子、長所を伸ばすためにもっと模擬戦に付き合ってよ」


「もちろんっ!」


俺はそれからの1ヶ月は主に自分の長所である大鎌術を伸ばすことに専念した。ただ、少しの希望を込めて大刀も時々使ったし、念の為に魔装や魔法なんかもやった。

ちなみに、その時に姉弟子と戦うにおいては大鎌よりも大刀の方が相性が良いと気付いた。魔力を使っての大刀の刺突なら一撃で姉弟子の水魔装を貫いて軽い傷を付けることに成功したのだ。ただ、結局魔力無しなら傷は付けられなかった。

さらに、試しに大鎌と大刀を同時に使ってみたりもしたが、それは全くダメだった。そもそも2つとも大きめの武器なので、全力で振ると大刀が大鎌に何回も接触してしまった。ただその逆の大鎌が大刀に当たることは1度もなかった。





「それで魔力はどうするのだ?」


「………」


夜、俺が1人の時に師匠は静かに俺にそう訪ねてきた。


「ごめん、やっぱり使えない」


俺の出した結論はこれだった。やはり、魔力は使えない。闘力と魔力の両方を持っているという特異性が誰かにバレる訳にはいかない。世の中は刹那の伊吹のパーティや師匠達のような優しい者だけでは無いのだ。バレると面倒なことになるのは分かっている。


「ただ、それでも全力で戦うし、優勝を目指すよ」


だからといって大会を諦めた訳では無い。出せる力を全て出して精一杯優勝を目指す。勝つためにこの1ヶ月頑張ったのだ。勝算は低いが、姉弟子に勝ちうる方法もこの1ヶ月で考えた。


「そうか。結論を出してくれてありがとう。優柔不断が1番良くないからな。よく結論を出したぞ。儂らのせいで悩ませて悪かった。

ラウレーナと同じく明日からの予選を応援しておるし、期待しておるぞ」


「ああ」


言葉を交わすのはこれで終わった。それから俺は明日の予選のために早めに眠った。

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