第165話 姉弟子の夢

「それなら回避をこれからしていけば…あっ」


姉弟子は途中で俺の不安点に気付いたようで言葉を止めた。


「回避についてどうするかはラウレーナに任せる。だが、儂はそれは今では無いと思う。ヌルヴィスのように魔法攻撃と物理攻撃を合わせない限り、門下生組でラウレーナのカウンターを無視して2度も連続で攻撃できる者はおらんだろう。だからそこまで現時点で気にする必要は無い」


「私も同意見です」


姉弟子が言葉を止めると、その隙に師匠と先生がそう姉弟子に言った。


「でも、ヌルヴィスが居るんだよ。ヌルヴィスに勝つには回避ができるようにならないといけないよ」


姉弟子がそう言うと、師匠はゆっくりと俺の方を向いて質問してきた。


「お主は大会で魔力を使うか?」


「………」


俺は師匠達から視線を逸らして下を見る。

大会を見ている人の中には例え付与魔法や身体属性強化だけだとしても師匠のように俺が魔力を使っていると気付く者はいるだろう。それを考えると魔力は使うべきでは無い…。


「え?う、嘘だよね?大会で戦ったらさっきみたいに魔法もいっぱい使って僕と本気で戦ってくれるんだよね?」


「…」


姉弟子は俺に目線を合わせるように膝を着いて顔を近付け、自分の考えは間違っているよね?というふうに聞いてきた。

それに俺は返す言葉が見つからなかった。



「この大会の半年後にた、た…タッグの大会もあるんだけど、もし出たとしたとして、そこでも魔力は使わないの?」


「……ごめん」


姉弟子は違うと言ってくれと縋るように言ってきたが、俺はそれに謝ることしかできなかった。


「なんで!タッグに本気のヌルヴィスと私が出たら母上と父上ができなかった優勝もできたかもしれないのに!」


姉弟子はボロボロと涙を流しながら詰め寄るようにそう言ってくる。


「あ、ごめ…!責めるつもりじゃ…」


だが、正気に戻ったのか、姉弟子は下手くそな作り笑いを見せて謝ってくる。しかし、それでも涙は止まらず、作り笑いもすぐに崩れて泣き顔に戻る。



「儂らはお主に魔力を使うように強制するつもりは無い。使いたくないなら使わなくても全然構わない。それをただの師匠や姉弟弟子でしかない儂ら決めていいものでは無い。

だが、この子にはこの子なりに夢があったのだ。ラウレーナが今しがたお主を責めるようなことを言ったことはできれば許してやって欲しい。

…ラウレーナがここまで話してしまった以上、ラウレーナの夢と夢ができた理由をお主には知る権利があるだろう。だが、それを知ってしまったらお主は判断を迷うかもしれない。少しでも聞きたくなかったら素直にそう言ってほしい」


「…私は聞かないことを勧めます」


泣いている姉弟子を他所に師匠と先生はそう言ってきた。師匠の言う通り聞かない方が俺にとっては都合がいい気がする。


「聞かせてほしい」


だが、ここで聞かなかったら俺は一生この判断が正しかったのかずっと疑問に思ってしまう。そうならないために、聞いた上で判断したい。


「…分かった。それならまず、ラウレーナの両親…儂らの息子と義娘が死んだ経緯を話そう。息子らはタッグ大会の準決勝で相手が持ち込んだ魔導具で殺された」


「魔導具…」


魔導具とは魔物の魔石などを使って作る特殊な能力や効果を持つ物のことだ。もちろん、大会のルールで使用は禁止されているはずだ。


「恐らく、相手は動きを鈍らせる程度の目的で使ったのだろうが、買った場所は闇市だった。そんな場所で買った物の効果が保証されているわけが無い。その魔導具の効果は猛毒の煙を出すものだった」


「っ!」


闇市とは犯罪を犯して盗んだ物や人、非合法に作りだした物などが売られる市場だ。基本的にいつ、どこで開催されるなどの情報は犯罪グループと繋がりが無い限り知ることはできない。両親からも関わるともう真っ当な生き方は難しくなるから闇市には気を付けろと言われていた。


「そして、最悪な事にその猛毒は無色かつ遅効性だったのだ。そのため、症状が現れた時には原因はすぐに分からず、そのまま4人共亡くなってしまったのだ」


また、無色かつ遅効性だったことでその場では何かを地面に叩き付けて壊しただけに見え、すぐには魔導具を使用したかもわかっていなかったらしい。さらに、深夜に症状が出てから亡くなるまで3分ほどでしか無かったため、満足に治療もできなかったそうだ。


「…もしそのタッグ大会で優勝していれば息子らは正式に道場を経営する資格を得て、儂らと代替わりしてこの道場の師範となる予定だったのだ」


師匠は悔しさを噛み締めるように絞り出したようなか細い声でそう言った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る