第163話 全力を超える

「暗がれ…」


「流れ出ろ…」


俺は姉弟子に向かって行きながら闇魔法の詠唱を始める。姉弟子もまた水魔法の詠唱を始めた。

まさか、ストックを保ちながら闇魔装を使える時が来るとはな。


「ダークボム!」


「ウォーターバインド」


姉弟子が大鎌の範囲に入ったところで魔法を放つ。それと同時に俺の左腕の闇魔装が無くなる。また、同じタイミングで姉弟子の魔法である水の鎖が床から生えてくる。

姉弟子は俺の魔法をガードせずに腹に食らい、水魔装の一部が弾け飛ぶ。俺も姉弟子の魔法を避けなかったため、脚に水の鎖が巻き付く。これで姉弟子の前からすぐに逃げることが取れなくなったな。逃げるつもりは無いからいいんだけどさ。

ちなみに、姉弟子と近い距離に居た俺には闇魔法のダメージはない。魔装中のその属性の魔法をかなり弱めてくれる効果は特異な闇魔装でもあるらしい。


「「はあっ!」」


魔法を無視したことで攻撃態勢だった姉弟子は一歩踏み出し、俺の振る大鎌のカウンターで拳を振る。

カウンターとは言っても俺の大鎌が姉弟子の腹に当たるのと同時に姉弟子の拳も俺の胸に当たるだろう。闘装の無い顔ではなく、闘装があるけど避けにくい胸を狙うのは姉弟子らしいな。


「「がっ…!」」


お互いの攻撃がクリーンヒットする。

姉弟子は刃の根元から斬り付けるように横に動かしながら大鎌を振ったことで刃の湾曲した部位が脇に当たり、横に吹っ飛ぶ。

俺は胸の闘装を簡単に砕かれ、姉弟子の拳が俺の胸に叩き込まれる。また、脚に巻き付いた水の鎖によって俺は吹っ飛べず、その衝撃をその場で全て身体で受け止めることになった。姉弟子はここまで計算して脚に水を巻き付けたのか?


「がはっ…」


「ぐふっ…」


役割を終えた水の鎖が消えた俺は大鎌を杖のようにして何とか倒れないようにしながら血を吐く。今の闘装はかなり闘力を込め、防御力が氷魔装があった時の半分以下にはならないようにはしたのだが、それでも想像よりもダメージが大きかった。多分何本か骨も折れている。

だが、大ダメージは姉弟子も同じようで俺が刀を扱う時のように斬るつもりで攻撃してことでさっきの腕以上に腹の傷は深い。姉弟子も腹を押えて何とか立ち上がるくらいだ。姉弟子の口からは血が少し垂ているので内臓も傷付いていると思われる。


もう、お互いこの傷なら満足に動けないだろう。それならと、俺は闇身体強化を解除し、魔力の大部分を闇魔装に使う。


「姉弟子、これが最後の一撃だ。避けれるなら避けてもいいからな」


俺はそう前置きし、姉弟子が反応する前に詠唱を始める。


「暗がれ…」


俺が詠唱を始めながらストックしていたダークランスを先に俺の横に浮べる。

これからやろうと思っていたことは想像の何倍も集中力が必要で大変だったため、維持できなくなった闘装と身体強化と付与魔法を解く。



「ダークランス!」


詠唱が終わって魔法が完成すると、俺の闇魔装は全て無くなった。

そんな俺の横には1本の闇の槍しか浮かんでいない。だが、やりたいことが失敗した訳では無い。その1本の槍の形はさっきまでとは全然違う。


「流れ出ろ!」


「できた…」


俺の横にある槍は2本の槍が螺旋状に巻き付き合って1本になっている。俺はストックと詠唱した魔法を掛け合わせて新しい強力な魔法を作り出したのだ。これは雷魔法や氷魔法とストックで試した時はできなかった。闇魔法同士なら可能かと思ったが、本当にできるとはな。失敗したら普通のダークランスを2本放つつもりだった。

姉弟子は俺の魔法を見て急いで詠唱を始める。師匠らは万が一のために姉弟子の方へ行く。師匠らが側に待機しているからこんな無茶な物を姉弟子に放てる。


「行け!」


「ウォーターウォール!」


俺は姉弟子の方へ一直線で二対槍を放つ。まず、二対槍は姉弟子の前に現れた水の壁に当たるが、それを意図も簡単に貫いた。まあ、ストック分は俺の魔力の全てに近い量が込められているので、この二対槍には合計で600以上の魔力は込められているからそんな水の壁くらい簡単に貫くだろう。


バボコンッ!ギキィーー!!!


水の中に大きな石を投げ込んだような音が聞こえたと思うと、床に何かが擦るような音がした。俺から姉弟子は水の壁で遮られていて見えないが、道場の壁では無い何かに当たったのは確かだろう。


ドンッ!


床を擦る音が終わりを告げたのは何かが壁に強くぶつかった音だった。それ以降は姉弟子の苦しそうな声しかしなかった。それも数十秒とすると聞こえなった。



ぱしゃんっ


姉弟子の激しい呼吸だけが聞こえるようになると、目の前の水の壁が消えて奥の姉弟子が見えた。


「ははっ…凄い…」


「はあ…はあ……」


何と、壁によりかかった姉弟子はクロスした両腕を貫通させながらも、俺の二対槍を受け止めてみせたのだ。今の魔法は受け止められると思って放ったものではなかった。

姉弟子の両腕の水魔装の色が遠くから見てもかなり濃くなっているので、避けることは考えず全力で防御したのだろう。俺はそれを見て二対槍の魔法を消す。すると、姉弟子の両腕にはポッカリ穴が空く。


「これは…引き分けか」


俺はお互いこのまま模擬戦を続けるのが不可能になったから引き分けだと判断してそう呟いた。



「な…何を言ってるの…?」


しかし、姉弟子はそう言いながら痛みを我慢するような険しい顔でゆっくり俺の方へ歩いてくる。そんな傷を負ってもまだ動けるのか!


「身体強…あっ」


そんな姉弟子を見て二対槍のために解いた身体強化をかけ直そうとしたが、ズキンっ!いう頭の痛みを感じて強制的に断念させられる。反射的に額に手をかざした時に俺は両鼻からだらだらと血を流していることに気づく。

これは姉弟子に殴られたダメージでは無いと感覚的に分かった。普段のストックと同時に他の魔法を使うのではなく、ストックと他の魔法を掛け合わせるのは無茶だったようだ。



「ぐぅ…」


激しい頭痛の中、向かってくる姉弟子の対処に何かしないと思い、痛みを堪えて1本足を踏み出す。その瞬間、世界が回っていると錯覚するほどの目眩が襲ってきた。立っていることもできずに俺は前から倒れる。



「僕に全力を出そうとしてくれたのは嬉しいけど、それは全力を超えてるよ。さすがに無茶し過ぎ」


しかし、俺は床に倒れることはなく、もう目の前に来ていた姉弟子に支えられた。姉弟子の水魔装がクッションになったおかげか触れた俺の前側は柔らかい感触に包まれた。


「ありがと…」


俺は感謝の言葉を最後にそのまま意識が落ちた。

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