第137話 もういいか
「神祖様は……」
聖女はそれからも神祖様の素晴らしさを説いている。
聖女は話に夢中だし、シアとルイはシア母さんから目を離さないのでこっそり帰れるのでは無いか?思ったら即実行とばかりに俺はそっと移動し始めた。
「どこ行くのよ」
「ちぇ」
しかし、勇者の横を過ぎるくらいで勇者に声をかけられた。一応勇者から離れて通り過ぎようとしたけど無駄だった。それに勇者が声をかけたことで全員の注目が俺に集まる。これではもうバレずに帰宅するのは不可能だ。こんなことなら隠密という暗殺者のようなスキルもシア父さんに頼んで取得をしておけばよかった。取得できるかは別として。
「どこって、宿に帰るんだけど」
「はあ!?」
問に素直に答えると、勇者は素で驚くような反応をする。
「わたくしへの感謝の言葉はまだよ」
「感謝することなんかあったか?」
勇者の言っていることが本当に分からず、思わず何か聞いてしまった。
「学校に通えるだけでなく、わたくし達のパーティに入れることよ」
「それのどこに感謝する要素があるんだ?」
「なっ……」
勇者の言っていることが同じ言語なのか疑うくらいに分からなかった。ただ、少し考えると、学校にお金を気にせず入れて、勇者達という職業だけはネームバリューがあり、立派な面々がいるパーティに入れることを喜ぶ人はそれなりにいるかもな。
まあ、俺は微塵もそうは思わない。元々学校に通いたいとは思ってないし、お守り…もとい子守り何かわざわざしたくない。
俺の反応は想定外だったのか、勇者だけでなく、聖女まで固まった。
「別に学校に通いたいなんて思わない。ついでに勇者のパーティの加入もな」
俺はそう言い、また屋敷外に続く門へと歩き出した。
「…待ちなさいよ」
しかし、再び俺の事を勇者は止めた。
そして、勇者は俺の背中に向けて衝撃の事を話し出す。
「わ、わたくしの力を使えばあなたの両親が悲惨な目に会うかもしないのよ?それでも提案を断るつもり?」
「あ゛?」
俺は思わず振り返って勇者を見る。勇者に対しては怒りもあるが、正気か?という気持ちの方が強い。後に引けなくなっているのは分かるが、貴族とはいえそんなことを簡単に言ってもいいもんなのか?
「そ、そうなりたくなかったら大人しく言うことを聞いた方がいいわよ。わたくしがここまであなたの事を買っているのよ。感謝しなさい」
俺が振り返ったことを好意的と捉えたのか、勇者はそんなことを言いやがる。
「あーー…」
俺はそんな勇者のことを見ながら今後の動きについて色々なことを想定した。そして、すぐに結論を出す。
「やだよ。何より俺よりも遥かに雑魚しかいないパーティなんかに入りたくない」
「………っ!」
「……」
俺が勇者達と問題を起こさないようにしていたのは、問題を起こすとこの国で暮らしている両親に迷惑をかける可能性があるからだ。最悪、俺は国を出ればいいだけだが、両親はそうもいかないだろう。
だからといって、俺の冒険者生活が脅かされるくらいならトラブルも仕方が無いと考えている。
また、今回はもう冒険者を続けるならトラブルが起こるのは確定している。それならそのトラブルが多少大きくなっても誤差の範囲内だ。それならいい加減ムカついてきた勇者に好き勝手してもいいよな。
「…それはわたくしに勝てると言いたいの?」
「あ、ごめん。それはちょっと違うわ。俺1人でも勇者パーティ如きに負けないわ」
勇者だけはもちろん、そこに剣聖と賢者と聖女が混ざったところでなんの脅威も感じない。ボブゴブリンが3、4体現れたところで気にしないのと同じだ。さすがにそんな雑魚でも100、200とわらわら集まったら鬱陶しくはあるけど。
自分で言っといてこんな勇者が100、200も居たら別の鬱陶しさがあるぞ。絶対うるさいと思う。
「……ガーネット・ザシャール参るっ!」
「はあ…まじかよ」
勇者は怒りに身を任せて身体強化をし、剣を抜いて俺に向かってきた。まさか勇者程の馬鹿でもいきなり攻撃を仕掛けてくるとは思ってなかった。これではオーガの方が余程理性的だ。
「はあーっ!」
その勇者は大きく腕を後ろに下げて向かって来ている。完全に前ががら空きである。まるでこの隙に攻撃してくれと言っているようなものだ。普通なら攻撃を誘っているのかと警戒すらする程の隙だが、勇者に限ってそれはない。
とはいえ、そんな隙をわざわざ作ってくれているのだからお言葉に甘えさせてもらう。俺は身体強化だけを使った。
「よっ」
「がぼっ?!」
俺は武器すら抜かずに1歩前へ出てる。そして、身体を斜めにすると、右脚を大きく上げて勇者の顔面を蹴った。
勇者は容姿だけは整っている女が出した声とは思えないほど低い汚い声を出しながら縦に回りながら吹っ飛ぶ。その際に何度も地面にバウンドしているのが滑稽だ。ちなみに、手に持った剣は俺の前に落ちている。……簡単に武器を離すなよ。
「勇者様…きゃあっ!」
「ぎゃんっ!」
勇者は聖女にぶつかり、勢いは止まって聖女と勇者は重なって倒れる。もちろん、余裕があったから勇者を聖女の方に狙って蹴ったんだが、こうも上手くいくとはな。
それと、結果的には聖女に刺さる心配も無くなったから剣を手放しておいてよかったかもな。
ま、まさか勇者はそれを見越して剣を離したのか!?…なんてな。
「おーい、何で聖女までそんなところで寝てるんだ?お前に攻撃はしてないぞー?早く起きて勇者を回復したらどうだ?聖女のくせに回復しかできないんだしさ」
俺は勇者の傍で倒れて放心状態の聖女にそんなことを言う。
普通は回復職の者に回復しかできないというのは禁句だ。怪我をよくする冒険者でそんなことを言ったら周りの冒険者、特に高ランクからも睨まれる。ただでさえ少ない回復職の冒険者がさらに少なくなるかもしれないし。さらに、冒険者ギルド内にある酒場では他のパーティの回復魔法使いに酒代や食事代を渡して軽い治療をしてもらっている冒険者もよく見るからな。
まあ、聖女のくせにバフすらもできていなかったこいつにはいくら言ってもいいだろ。どうせお高くとまったこいつらが冒険者ギルドなんかには来ないだろうし。それにもし来たところで騎士の回復すらしないやつが冒険者の回復をするとは思えないからな。
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