第129話 執念

「クガア?!!」


「うぐぅぅ…!」


ダークバーンの魔法を食らったのは初めてだが、その強さに自分自身で驚いた。ダークバーンは外から見たら闇の大きな半円ができているだけだが、その半円の中では無数の闇の刃が飛び交っている。その刃は俺にもコントロールできない。

しかし、よく見ると俺よりも親オーガの方がダメージを食らっている気がする。もちろん、体勢や身体の大きさの違いもあるので闇の刃に当たる回数は親オーガの方が断然多いが、そもそも1発の闇の刃が当たった時のダメージが違う。

親オーガは1発当たると、肉まで斬れて血が吹き出る。それなのに俺は1発当たっても血が数滴垂れるだけだ。その理由は分からないが、今は好都合なので考えなくて良いだろう。


「は、離れろ!」


「ガア…!」


ただ、威力が低いと言っても傷は増えていくので、ずっとここにいれば俺も大ダメージになる。

だが、親オーガが頑なに俺の上から退こうとしないせいで俺も動けない。この魔法を食らっても動かないその執念は魔物ながら凄いと思う。


「はあっ!」


「ガア…」


だからといって俺も負ける訳にはいかない。俺は大刀から左手を離す。そして、その左手をピンッと伸ばし、横向きの体を正面に向ける回転の勢いを付けて全力で親オーガの腹の傷に突き刺した。

大鎌の傷があったとはいえ、指が全部入ったくらいで内臓までは届かなかった。だが、指が入っただけでも十分だ。


「暗がれ!」


俺はダークバーンを解き、新たな詠唱を始めた。もちろん、魔力を集めてるのは指先で、指先から魔法を放つつもりだ。

さすがに腹の中に魔法を放たれたら親オーガといえど殺れるだろう。親オーガもそれを悟ったのか、俺の指を抜こうと体を起こし始める。そうだ。そのまま俺から離れろ。これらあくまで牽制のつもりだ。


「ダーク…」


「グガガ…」


俺の詠唱が終わりそうなところだったのに、親オーガは体を起こすのをやめた。むしろ、俺の手を押す勢いで俺に迫ってくる。それも右拳を振り上げながら。まさか…ここでもか!

腹の中への魔法とはいえ、牽制程度の威力では親オーガなら死なないだろう。俺は慌てて魔法に全ても魔力を込める。


「ランス!」


「グゴガァァ!!!!」


俺の全力の魔法が親オーガの腹に放たれるのと、親オーガの拳が俺の顔面に振り下ろされるのは同時だった。





ざざざ……ざざ……


「ぁ…ぁ……」


どうやら、俺は死んではいないようで意識が戻ってきた。ただ、身体は全く動かせず、目もボヤけて前が見えない。ついでに鼻が潰れたのか、鼻呼吸もできないし、言葉も上手く話せない。体に異常があり過ぎて全ての異常を把握できない。魔力欠乏の症状が気にならないくらい他の怪我が重症過ぎる。


ざざ……ざざー


さっきから何かを引きずるような音がずっと聞こえてくる。俺は気配感知でその正体を探ってみる。


「ま……じ…か」


その正体は腹に大きな穴が空いていて、今にも上半身と下半身がちぎれそうな親オーガが俺へと這って移動している音だった。


「は…はは……」


俺はもう腕1本動かせない。また、魔力も無いので魔法を使えない。闘力なら…と思ったが、闘力も無属性魔法を使える量は残っていない。だからもう親オーガを対処する手段は無い。

こんなことなら最後の魔法の時に魔力を残しておけば…いや、そうしたら親オーガのダメージも低くなり、俺の意識が戻る前に殺されてただけか。そもそも今の状態の俺が魔力が残っていたとして魔法を使えたかは怪しいな。


ざざ…ざざ…


親オーガがどんどん近付いて来るのが気配感知と音で分かる。ゆっくりだが、確実に近付いている。


「ガ……ガ…」


「負け…か…」


とうとう、親オーガの小さい呻き声が聞こえてくるほどの距離になった。


「ガア」


ついに親オーガは俺のすぐ横までやってきた。今の瀕死の俺なら腕を振り下ろすだけで殺せるぞ。


「…ん?」


しかし、そこから危険感知が反応することは一向に無かった。気配感知を使うと、親オーガは俺の横でぴくりとも動いていない。


「…お前…も限…界…だっ…たん…だな」


親オーガは俺まで辿り着くことで精一杯だったようだ。最後の一振をする体力はもう残っていなかったらしい。


「まあ……俺も…直に…そっちに…行く…からな」


俺はもう指先すら動かせないから回復ポーションを取り出すこともできない。このまま時間経過で死ぬか、親オーガが居なくなったことで戻ってきた魔物に殺されるかのどちらかだ。だから親オーガの復讐は叶ったぞ。

ジャルスには申し訳が立たないな。護衛を最後まで全うすることはできなかった。


親オーガが死んで音が無くなって森の中が静まったことで一気に意識が薄れてきた。村でシアとルイと駆け回ったのが走馬燈のように浮かんでくる。


「「ヌル!!!」」


とうとう、シアとルイの幻聴も聞こえてきたようだ。幻聴の後に誰かがこっち向かってくる音と気配がする。


「ヌル…顔が!腕も…!」

「は、早く最上級回復ポーションを…!」


懐かしい2人が慌てているそんな幻聴…いや、声を聞きながら俺の意識はゆっくり落ちていく。

親オーガよ。悪いが、俺はまだ死なないようだ。

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