第88話 本気で勝つ気

「…来ないのか?」


始まってすぐに俺は身体強化を4段階中の2段階までかけたが、彼らは武器を構えるだけで向かってくる様子は無い。ただ、彼らも身体強化やバフをかけているのを見るに、やる気は無いわけではなさそうだ。


「来ないなら俺から行くけどどうする?」


俺がそう尋ねるが、それでも彼らはじっとして動かない。


「なら行くぞ!」


俺から彼らに向かって走り出す。彼らはそれでもまだ動かない。


「はあっ!」


「ふっ…!」


彼らの陣営は前衛組のカラゼスとエルミーが前にいて、盗賊のナユがその少し後ろにいて、そのさらに後ろの最後尾に魔法組のリリラとルフエットがいる。

俺は1番前にいるカラゼスに大鎌を振る。カラゼスは剣で俺の大鎌を受け止めた。俺はそんなカラゼスに追撃せずにさらに陣営の奥へ進む。


「よっ」


「うっ…」


ナユの前に来る前に俺は地面を大鎌で引っ掻き、土を拾い上げてナユの顔にかける。これで視界は塞がったはずだ。俺はナユの横を通り過ぎる。


「やっぱり先に潰すのは回復件バフ役だよな!」


より勝利を確実なものとするためには先に長引く元となる回復役を倒すことが有効だ。回復役を倒せば1度離脱したものがすぐに復活するのを防げる。また、バフが無くなれば彼らのステータスも落ちる。


「ファイアボール!」


「おっ…!」


しかし、そんな俺に普通よりもふた周り以上大きいファイアボールがリリラによって放たれた。これは俺が彼らの方に走った瞬間に詠唱していたな。

デカいファイアボールを横に避けてそのままルフエットを倒すのは無理と判断し、素直に大きく横に避ける。


「はあーっ!」


「むっ…」


避けた瞬間に横からエルミーによって槍で突かれる。咄嗟に大鎌で軽く弾きながら下がって避ける。


「おぉぉぉ!!」


「挟み撃ちか!」


その直後、後ろからカラゼスがやってくる。きっとファイアボールをどっちに避けてもいいように2人は左右に別れていたのだろう。それで俺が避けなかった方がやってきて挟み撃ちをするつもりだったのか。


「不意打ちをするのに声を出して向かうなって教えたはずだよ…」


声を上げながら俺に向かってきたカラゼスに文句を言おうとしたが、途中でやめる。そういえば、ナユはどこに行った?


「はあっ!」


「わっ」


俺は大鎌の刃が当たらないように逆向きで大鎌を大きく横に振り回す。すると、いつの間にか俺の近く居たナユが慌てて避ける。


「挟み撃ちじゃなかったのか」


危ない危ない。挟み撃ちかと思っていたが、ナユの不意打ちがメインだったのか。ナユのことを隠すためにわざと大声を出したのか。


「…どこまでが作戦だ?」


ナユの不意打ちがバレてからの動きも早く、俺を3人で三角形になるように囲んでいる。抜け出そうと彼らの間を抜けようとすると2人に向かい打たれ、さらに1人には後ろから攻撃される。

最初からここまで全て作戦通りと言われても違和感はないほどスムーズな動きだ。



「だが、これも予想通りか!」


俺は身体強化を全開にしてカラゼスに向かって行く。抜けるのに苦労するなら、苦労しないよう先に形を崩せばいい。つまり、最初から1人を狙えばいい。


「冷静だな!」


カラゼスは俺を迎え撃とうとはせず、後ろに下がりながら防御に徹す。それで後ろから向かってきている2人の到着を待つつもりか。

良い作戦だが、少し穴がある。俺はカラゼスの剣を握っている両手の手首を片手で握る。


「ふっ!」


「かふっ…!」


俺はそのままカラゼスの腹を蹴り飛ばす。確かにカラゼスでも俺の大鎌だけに集中していれば短時間なら対処可能なほどに強くなった。しかし、俺は大鎌以外にも体術はそこそこ使えるのだ。

俺は吹っ飛んだカラゼスを無視して後ろからやってくる2人を横目で睨み見る。


「「っ!」」


2人がその視線に気付いて走りを止めて一瞬動きが止まる。警戒という意味では正しい反応だが、今回は間違いだ。俺は2人を無視して腹を抑えて立ち上がろうとするカラゼスに追い討ちをかけにいく。

後ろで慌てて2人も俺を追うが、俺がカラゼスに攻撃を仕掛ける方が早い。これでとりあえずカラゼスが脱落するだろう。あとはカラゼスを回復させないように立ち回ればあとは時間の問だ…


「「「ワォーーン!!」」」


そんなことを思っていると、ちょうど視線の先、カラゼスの奥から5体のビックウルフがやってきた。思わずカラゼスの追撃もやめてしまう。

近くの魔物は倒しきったと思ったのに魔法の音かカラゼスの声でやってきたのか?魔物が現れた時はどうするか決めてなかったな。


「だあっ!」


「ん?」


近くに居たカラゼスは苦し紛れのような攻撃を俺にしてきた。俺はそれを避けるが、カラゼスは俺の横を通り過ぎて後ろに行こうとする。俺はその背中を攻撃しようとするが、それはやめる。



「そうか!これも想定内か!」


彼らは俺を魔物と挟み撃ちにする陣営をもう整えていたのだ。つまり、魔物が現れた時の動きまで考えていたということになる。

もちろん、この行動に文句を言う奴も多いだろう。だが、俺は絶対に言わない。だって彼らはルールを破った訳では無いのだから。確かに現れた魔物が赤ベア程の強さなら文句も言いたくなる。でも今回現れたのはDランクのビックウルフ数体だ。俺は苦戦する相手でもなければ、彼らでも対処は十分可能な魔物らだ。

ここまで用意周到な彼らならどの魔物が現れたら模擬戦を中止するまで考えていただろうしな。



「さあ!これからどうする!」


俺は彼らが本気で俺に勝つ気で来てくれているのが嬉しくなり、テンションが少し上がる。

魔物が現れて挟まれた俺だが、下手に動けば彼らも魔物に襲われる。ここからどう動くかが楽しみで仕方ない。

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