前のエピソード――第44話事件

「サンダースピア！」

「ﾌﾞｵｯ!」

俺は雷の槍を放つと同時に大鎌を振ったが、黒ボアは機敏な動きで飛び退いて避けられた。

どう考えても、今は大鎌の攻撃を回避したのを見てから魔法を放つべきだった。同時に攻撃しても同時に避けられるだけだ。

「ﾌﾞｵｫｫ!!」

「闇れ！」

飛び退いた黒ボアはすぐに俺に突進してきた。俺はそんな黒ボアに真正面からストックしていたダークアローを放つ。

「ちっ！」

しかし、黒ボアはダークアローを受けながらも止まらずに向かってきた。ダークアローが当たった身体には傷が付いているが、浅そうだ。

やはり、アローは威力が低いのか。本来、ストックを使うのは追い込まれた時のはずだからもっと強い魔法をストックしておくべきだった。

「よっ…！」

とはいえ、黒ボアが魔法で少なからず怯んでくれたおかげで今回は難なく突進を避けることができた。

「素材を気にするのはやめよう。一撃じゃあ無理だ」

通り過ぎる黒ボアを見て、俺は今までのように一撃でトドメを刺すことは諦めた。そんな素材に拘って殺れるほど黒ボアは弱くないし、俺は強くない。

「闇付与」

そう考えていると、闇魔法の付与が良い気がしてきた。未だに闇付与の効果は分かっていないが、ここは直感に頼る。

「凍てつけ！アイスボール！」

俺は体勢を低くしながら走って黒ボアに向かい、氷魔法を放つ。直径1mくらいの氷の球を黒ボアは飛び退いて避ける。

「はあっ！」

俺はアイスボールの後ろから飛び出し、黒ボアの左前脚を斬りつける。

「ﾎﾞｱｯ!!!」

「あっぶね！」

黒ボアは牙を大きく振り上げて俺に攻撃しようとしたが、足に傷を付けた俺は深追いせずにそのまま黒ボアの横を走りながら通り過ぎたので回避できた。

「脚1本も飛ばせないか」

今の攻撃で黒ボアの左前脚は深い傷ができているが、脚が完全に切断されたわけではない。やはり、一撃で殺すのは無理そうだな。

「だが…」

「ﾌﾞｵｯ!」

傷付けられたことで怒った黒ボアは再び突進してくる。しかし、そこにさっきほどのスピードは無い。

「守れ！シールド！」

そんな黒ボアの突進を俺は避けようとせず、目の前に無属性魔法の盾を作った。

バリンッ！

広範囲に作ったかつあまり闘力を込めなかったので、シールドは数瞬黒ボアの動きを止めただけですぐに砕け散った。しかし、俺にはその数瞬が欲しかった。その数瞬の間に俺は黒ボアの右側に移動していた。

「せいっ！」

「ﾌﾞﾓｫｯ!?」

そして、今度は反対の右前脚を大鎌で斬りつけた。すると、黒ボアは前脚で踏ん張れなくなり、バランスを崩して転がっていく。

「暗がれ！ダークバインド」

転がった先で立ち上がろうとしている黒ボアに俺は闇魔法で立たせないように押さえつける。今までなら強引にすぐ解かれていただろうが、両前脚に深い傷を負った黒ボアではすぐには立ち上がれない。

「闇身体強化」

ここで俺は走りながら属性身体強化の属性を氷から闇へと変更した。つまり、防御特化から攻撃特化に変更した。

「はあっ！」

「ﾌﾞｵｯ…!」

そして、俺はもうすぐダークバインドを解きそうな黒ボアの首を斬りつけた。首を落とすことはできなかったが、半分少し手前まで斬れているので致命傷だろう。しかし、そこで俺は少し油断してしまった。

「ﾌﾞﾓｫｫｫ!!」

「うっ！」

黒ボアは最後の力を振り絞ってダークバインドを解き、俺に突進してきた。その突進と共に俺を貫かんとやってきた牙の1本は大鎌で防げたが、もう1本は腹の横に刺さった。しかし、弱っているおかげでパワー不足で腹の牙は浅くまでしか刺さっていない。

「こいつ…！」

黒ボアは俺を押すように突進をしてきている。このまま岩か木と黒ボアに挟まれると、腹に刺さっている牙が奥まで食い込んでしまう。

「暗がれ！」

俺は咄嗟に詠唱を始めながら黒ボアの顎に膝蹴りを入れた。それに少し怯んだ黒ボアのスピードが落ちた。その隙に腹の牙を抜く。

「ダークランス！」

俺は黒ボアの首の傷口に闇魔法を放った。ランスはスピアよりも2、3周り大きく、その分威力が高い。その魔法は黒ボアの首を完全に貫いた。すると、黒ボアは力を失っかのように前のめりに倒れ、突進の勢いで滑っていく。

「ぐへっ！」

黒ボアの突進から解放されたが、突進されていた勢いがすぐに消える訳では無い。俺はすぐに木にぶつかって止まった。

「助かった…」

すぐ目の前には止めどなく大量の血を流しながら黒ボアが倒れている。もうさすがに死んだだろう。

よく見てみると、通常よりも遥かに血が流れている気がする。具体的に言うと、首を落としてないのに、首からは首を落としたボアと同等かそれ以上の量である。まあ、これは体の大きさが関係しているのかもしれないけど。でももしかすると、闇付与は傷付けると相手の傷口から血を延々と流させ続けるのかもしれないな。よく見ると、未だに脚の傷からも血が流れ出ている。

「はあ…疲れた」

俺は木に深く寄りかかって目を閉じて激戦の疲労を休めた。幸いにも腹の傷は俺が思っていたよりも浅かったようで、血も流れ出てはいない。ルイ父さんに貰った防具が良かったのだろう。今度あったらちゃんとお礼言わないとな。