第25話 鬼ごっこ

「よし、今日からは鬼ごっこをするぞ!」


「鬼ごっこ?」


身体強化を使い始めて2週間ほど経った時、父さんが突然そう言い出した。


「もう走るくらいは大丈夫だろ?」


「うん」


身体強化をしながらでもいつも通り当たり前のように走れるようになった。バク転くらいなら簡単にできる。試しに身体強化を強くして見てもそれらは変わらなかった。

父さん曰く、身体強化そのものに体が慣れたら身体強化を強くしても大丈夫なんだそうだ。まあ、そうでなければスキルレベルが上がる度に身体強化が使えなくなるもんな。ただ、まだ完全に使いこなせている訳では無いから全力での身体強化は行ったことがない。



「走るのに慣れたからレベルアップだ。鬼ごっこで俺を捕まえられたら身体強化での打ち合いを始める」


「無理だろ…」


父さんを捕まえるなんて不可能に近い。その条件を飲んでしまったら俺は一生打ち合いをさせてもらえなくなる。


「もちろん、俺は身体強化を使わないし、ある程度加減もする。そして、例え捕まえられなくても俺が十分だと思ったら打ち合いに移るぞ。ただ、俺を捕まえられたらそれよりも早く次に移れることになる」


「それならいいよっ!」


俺は了承の言葉と同時に身体強化を使って父さんに向かって行く。


「お、不意を突いてくるのは冒険者として正しい手段だ。だが…」


父さんは俺の伸ばした手のひらを半身になって躱すと、俺の腕を片手で掴んだ。


「そいっ!」


「かはっ…!」


そして、俺を宙に浮かし、軽く背中から地面に叩き付ける。


「俺がどのくらいの強さでどういうふうにやるかも分かってないのに強襲は頂けないぞ。まずは相手の力量を察せないとすぐ死ぬぞ」


「…うん」


俺は背中の痛みを堪えながら父さんの話を聞いた。確かに父さんがただ逃げるだけなのか、今のように反撃もしてくるのかもわからないうちから強襲したのは失敗だったな。


「おっと…そのずる賢さはいいぞ」


「ちっ」


父さんはまだ俺の腕を掴んでいたので、手首を曲げて父さんに手で触れようとした。しかし、バレてしまい、手を離された。


「分かっていると思うが、クリア条件は俺との身体強化の特訓時間中に手のひらで俺に触れることだからな」


「うん」


俺が立ち上がると、父さんが俺から数歩離れた。そして、これから本格的な鬼ごっこが始まった。



「ふっ!くっ…」


「どうしたどうした。そっちに俺は居ないぞ」


「ちっ…!」


鬼ごっこを始めてすぐに父さんがなぜ鬼ごっこを特訓に選んだかがわかった。鬼ごっこは逃げる側の動きによって俺も即座に動きを変えなければならない。つまり、反射的に行動しなければならない。俺は走るのには慣れたが、急ブレーキや急な方向転換はまだまだできていなかった。だから父さんに横に避けられたらすぐに止まれずに少し滑るように動いてしまう。



「はあ…はあ…」


「どうした?闘力はまだ残っているはずだぞ?」


闘力はまだ半分ほど残っている。しかし、思っていたよりも急ブレーキなどがきつい。だからいつもよりもかなり疲れてしまう。


「ヌルは無意識だろうが、止まったりする瞬間に身体強化を強くしてる。それで無理やり止まっているから身体に負担がかかって、いつもよりも疲れているように感じるんだ」


「そうなのか…」


白いモヤが止まる瞬間に急に大きくなるから傍から見ている父さんからはわかりやすいようだ。


「ヌルはいつもの打ち合いでの急ブレーキの時にそんな力を込めてる訳じゃないだろ。もっと身体を柔らかく柔軟に使え」


「わ、わかった」


どうやら、身体強化をしていると俺の身体の動きは固くなっているようだ。


「ただ、身体強化に強弱を付けるのはいいことだぞ。もちろん、意識的にやってこそ意味があるけどな」


敵に攻撃する瞬間に身体強化を強くすることで大ダメージを与えたり、逆に急に弱くすることで翻弄させたりと身体強化に強弱を付けることはかなり有用らしい。


「まあ、今のヌルにそんなことを気にしている余裕はないと思うけどな」


「くっ…!」


悔しいけど父さんの言う通りだ。今の俺は一定の身体強化のまま不自由なく動き回ることすらできていない。それができなければ話にならない。今は父さんを捕まえることではなく、父さんに動きについて行くことを第一に考えよう。

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