第9話

バルドロの死を見届けたファムたちは静かに祈りを捧げその最期を惜しむ。

ファムは本当に静かに、リューグはそんなファムの事を気遣うように隣にいる。

レグスは亡き友を思い涙をグッと堪えて空を仰ぎ、


「あとは任せろ、お前の分までちゃんと見届けてやるから――――」


そこへ大量の足音が近付いて来る。

また黒鉄の蝙蝠かと身構えるレグスだったが、遠くに見える一団が掲げているのはアルテヴァ騎士団の物であり、その一団の先頭にいる人物はレグスの知った顔だったので緊張を解いた。

一団は真っ直ぐレグスの前で停止し、先頭にいた女性騎士が馬上からファムたちを暫し見下ろした後、


「トラブルがあり到着が遅れた。援軍に来たのだが・・・どうやら遅すぎたようだな、この町の復興支援等はこちらで担当しよう」


馬上から降りることもせずその女性騎士はレグスに告げる。

この国の王族であるリューグにも一切の興味もないように挨拶すらしないその態度に、友を失ったばかりのレグスが激昂する。


「おいアーネフィ、殿下がいるんだぞ?まず馬から降りろ!!話はそっからだろうが!!」


レグスが怒気を露わに怒鳴りつけるが、アーネフィと呼ばれた女性騎士は意にも介さず部下に指示を出している。

その態度が更にレグスを苛立たせ、再び声をかけようとするが――――、


「そんな無駄なことをしている時間は無い。まずは町の者たちに一刻も早く落ち着けるように動くのが我々の仕事だと認識したのだが?貴殿は違うのか?」


アーネフィは馬上から降りることも、振り返ることもせずに告げる。

その物言いに言葉に詰まるレグスだったが、それでも食い下がろうとしていたが指示を出し終えたアーネフィが振り返る方が早かった。

そして、横たわるバルドロを一瞥して、


「国一番の英雄も暗殺者風情に殺されていては立つ瀬がないな」


ぼそりと呟いたその言葉にレグスは血が沸騰するような更なる怒りを覚え、我を忘れてアーネフィを殺しかねない程の殺気を放つ――――――が、それより早く飛び出す影があった。


「取り消せぇ!!お父さんの事!!今言ったことを取り消せ!!」


ファムはとうに魔力は尽きていたが、バルドロを侮辱された怒りのままアーネフィに向かって反射的に殴り掛かったのだ。

しかし傍らに控えていた彼女の部下の騎士によって即座に阻まれた。ファムは拳を止められてそのまま地面に叩きつけられ取り押さえられる。

その様子を全く動じることなく冷徹に見続けるアーネフィに、今度はリューグが食って掛かる。


「アーネフィ・ピニヨン!!今の言葉は取り消してください!!バルドロは彼女を、自分の娘を助けるために――――」


「自分の娘?あぁ・・・もしやお前が・・・その粗暴な態度から察するに例の妹の方か?ハッ、こんなものをわざわざ救うために英雄殿は命を賭したというのか?実にくだらんな」


リューグの言葉を遮り、何とか抜け出そうともがいているファムを見据えてアーネフィが嘲り、嗤い、吐き捨てた。


その時だった、突然上から何かが落ちてきたのだ。

それはアーネフィの乗っていた馬の鼻先を掠め、それに驚いた馬が嘶きを上げ勢いよく仰け反る。

完全に油断していたアーネフィは手綱を御する暇もなく馬から転げ落ち、盛大に尻もちをついた。

周囲の騎士たちが動揺する馬を宥める中、落馬したアーネフィが飛来した物を確認すると、それは靴だった。それもまだサイズの小さな、子供の靴。

まさかと思ったアーネフィが未だ取り押さえられているファムの足を確認すると、片方の靴が脱げていた。もう片方の靴は今アーネフィが持っている飛来した靴と同じもの履いていた。


そう、殴り掛かった時にどうせ止められるだろうと予め判っていたファムが、用意周到に靴を上に飛ばしていたのだった。

距離感がつかめなくて本来はアーネフィの頭上を狙ってのものだったのだが、馬の鼻先を掠めたことでこれはこれで面白い騒ぎにはなった事を耳で確認したファムは、満足げに口を大きくニタリと笑い。


「ザマァ、お・ば・さ・ん」


とだけ言って、素知らぬ顔で大人しくなった。

これにはレグスもリューグも笑いを堪えられず吹き出してしまう、先ほどまでの鬱屈とした怒りも薄れていた。

今度はアーネフィの方が怒り心頭になるが、何かする前にレグスが機先を制する。


「アーネフィ、何か別に連絡があるなら早くしてくれよ?こんな無駄なことをしている時間なんてないんだろう?」


同じようにニヤニヤして、レグスがしたり顔で問いかける。

これにはアーネフィは悔しそうに顔を顰めていたが、咳ばらいを一つした後――――、


「レグス・ベオルブ、ファミィユ・シフィスの両名は即刻、今回の事の次第を報告するために王都に来てもらう!!」


こうしてファムとレグスは王都へ召喚されることが決まったのだった。



王都へは転移魔法で行くことになった。

なぜ転移魔法で来なかったのかをレグスは聞いてみたが、ここへは転移できない状態になっていたので止む無く転移できるところまで飛び、そこからは騎馬を走らせ移動してきたのだという事だった。

あのゲーヴェルという魔導士の仕業であろうことはレグスはたちには容易に想像がついた。

身支度を整える暇も与えられず、アーネフィの連れてきた宮廷魔術師二人がレグスとファムをそれぞれ転移させる準備に入る。

周囲の景色がぐにゃりと歪んでいき、光に包まれていく、

そして、魔導士に連れられて転移した先は牢屋だった。


「どうなってんだオイ!!俺ら牢屋に入れられるような覚えはねぇぞ!!」


そう叫んでレグスは鉄格子を揺すり、ガンガンと音を響かせて抗議する。

レグスも見た事がある王都にある城の地下牢、それも外側から見ていただけの物だったが今回はその内側だ。

ご丁寧に転移させた魔導士は牢屋の外にいて、足早に去っていく。

鉄格子に張り付いて尚も抗議するレグスだったが、全く相手にされていない。

その後、向かいの別の牢屋に呆然としているファムを見つけて声を上げる。


「嬢ちゃん、大丈夫か?」


「オッサン?ここ牢屋なの?どうしてそんなところに・・・」


不安そうに周囲を手探りでレグスの声のした方に進んでくる。

ファムの仮面は額から目元までを覆い隠すもので、鼻や口は覆われていない。

目の部分まで銀の仮面で覆われてしまっていてファムからは何も見ることが出来ない造りとなっていた。

それ故声を頼りにしなければならず、魔力切れということもあったがアーネフィの配下の騎士にも呆気なく捕まってしまったのだった。


「嬢ちゃん、危ねぇからあんま無理すんなよ?」


心配になるが手を貸すことも出来ずにやきもきしているレグスの近くに、ファムは前方を手探りで這う様にやって来てやがてその手が鉄格子に触れる。

その感触を確かめるように何度も両手で掴んだり、擦ったり、なぞったりしてから―――、


「本当に牢屋なのね。今回は悪い事なんて何もしてないのに入れられるとは思わなかったけど」


状況が確認できただけだというのに、ファムは安堵しているように落ち着いていた。


「これは何かの間違いだ、すぐに出られるようになる」


「そうだと良いけどね、あいつらオッサンの声もガン無視だったじゃん」


ファムの的確な指摘にレグスが何も言葉を続けられないでいると、地下牢の階段を誰かが下りてくるような靴音が聞こえてきた。

ファムは音が反響しすぎて捉えきれていないのか、鉄格子を掴みじっとしていた。

レグスは誰かが来るであろう方向、地下牢への階段がある方向を注視していた。

そこから現れたのはこの国の第一皇子であり、大臣も務めているハジュマーノ・アルテヴァだった。

彼は騎士二人を後ろに引き連れてレグスたちのいる牢屋の前まで靴音を響かせながらやって来て、


「本来であれば、私のような者がこんな場所に来ることなどありえんのだが今日は気分が良いのでな?特別だ。これから死に逝く者の顔を見に来てやったぞ?ありがたく思え」


でっぷりとした大きなおなかを揺らして、来るなりそんなことを口にするハジュマーノに暫し呆気に取られるレグスだったが、


「ハジュマーノ様!!一体これはどういうことなのですかっ!?」


鉄格子を破壊せんばかりの勢いでハジュマーノに食って掛かる。

するとハジュマーノはとても楽しそうに顔を歪め、鉄格子に張り付くレグスに顔を近づける。

むせかえるほどの酒の匂いにレグスは顔を顰めたが、ハジュマーノはそんなことお構いなしに、


「ふん。我らが英雄殿が死んだのだろう?なので次は貴様らの番だぁ。筋書きとしては貴様らが英雄を殺すために暗殺者を雇い、そして町に甚大な被害を出した挙句、英雄を殺したことにする。儂はそれらの罪を暴き貴様らを断罪した英雄となるのだぁ」


酒に酔い、支離滅裂だが心底楽しそうに語るハジュマーノに、初めレグスは言っている意味が理解できなかった。

いや理解したくなかったのかもしれない。


「まさか、ハジュマーノ様が黒鉄の蝙蝠を・・・?」


レグスは正直なところハジュマーノが好きではない、寧ろ嫌悪している。

大臣の席も王家の者というだけで強奪した物であり、実のところ彼は何もしていない。

席の肩書に興味があるだけで、その仕事内容にまでは興味がないのだ。

そのくせ誰よりも上の地位を欲しがるという厄介者だった。

無能という言葉は彼の為にあると言わしめている事を知らないのは、アルテヴァでは彼一人だけだった。

事実、レグスの首謀者であれば絶対に答えないような、先ほどの質問にさえもハジュマーノはその言葉を待っていたとばかりに口を歪め、


「その通りだ!!死に逝く貴様らにはこの儂の礎!!確かな実績になってもらうぞぉ!!」


と、高らかに叫び両手を天に掲げる始末だ。


「まぁ貴様らにはもうどうすることも出来ん。ここで静かに処刑される日を待っていろ」


下卑た笑い声を響かせて良い気分に浸り、肩とお腹を盛大に揺すりながらハジュマーノは靴音を響かせながら去っていく。

それを呆然と見送った後、


「・・・バカの極みを見た気がする。あんなの大臣にしてるなんてこの国は終わるんじゃない?バカすぎて怒る気も失せたのって生れてはじめてよ」


「・・・安心しろ。周りを優秀なので囲って、そいつらの功績を片っ端から強奪して自分の手柄にしてるから案外大丈夫なんだよ。あれに近づくのも好き勝手にやりたいのが判を押させるためだけに利用しているだけだ。仕事の内容なんて見ても分からないから結局何にでも許可が下りちまう・・・それで失敗して失脚してもすぐに部下のせいにして、そいつを切り捨てて元の席に居座りたがる。次の王は自分以外には在り得ないと思って隠そうともしないおめでたい男だよ」


ファムと同じく怒る気力さえも失くしたレグスが膝をつき、鉄格子にもたれて、こめかみを抑えながら嘆息する。


「とにかくこの状況を何とかしねぇとな・・・」

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