第8話

レグスの叫び声を聞いたバルドロはすぐにファムの元に行き、ファムの額に手を当てて魔力を通して状態を調べ始めた。

魔獣と首謀者であるゲーヴェルが居なくなったことで、残っていた黒鉄の蝙蝠は総崩れとなり残党も全て打ち倒されていた。

ようやく安全となったことを察し、レグスの叫びを聞いていたリューグも飛び出してくる。


「ファム・・・」


眠っているかのようなファムの手をそっと握るリューグ。

魔法が全く使えないレグスとリューグにとっては沈黙が続くだけのつらい時間だったが、邪魔をするわけにもいかず、もどかしさだけが募っていく。

やがてバルドロがふぅと息を吐き彼女から手を離すと、レグスが問いかける。


「嬢ちゃんは何で倒れたかわかったのか?」


そのレグスの問いかけにバルドロは答えない。

レグスは一瞬胸ぐらをつかんで問い詰めようとしたが、バルドロの表情を見てその考えを消した。

その顔は真剣そのもので一切の邪魔を許さない雰囲気が出ていた。

それ故レグスはファムの状態が極めて良くないのだと悟った。

リューグも固唾を飲んで成り行きを見守っている。


ひとしきりブツブツと何事かを呟き続けていたバルドロがレグスの方を向いて、


「レグス、後の事は任せてもいいかい?」


と、訊ねてきたが何の説明もなくそんな言葉を投げかけられたレグスの方は困惑気味だ。


「まずは俺や殿下への説明が先だろうが!!いつもオメェは頭の中で処理したことを他の奴も理解してると勘違いしやがる」


苛ついた気持ちを言葉でぶつけながらレグスは聞く態勢になる。

それに倣いリューグも耳を傾ける。


「すまないね。じゃあまずはファムの状態だけど、簡単に言えば魔獣の魔眼が彼女を侵食している。おそらくは魔獣の死によって発動し、トドメをさした者が対象になるように予め仕込んであったんだろうね。徐々にファムの身体を侵食してやがては死に至る呪い」


「解呪は出来るんだよな?」


「出来る。でも普通の方法であれば解呪の儀式をするんだけど、儀式の準備に道具も時間も人手も圧倒的に足りない」


「じゃあどうすんだよ?」


「普通じゃない方法で解呪する」


「ヤベェのか?」


「僕の命を使って呪いを実行・完了したことにする。そうすれば呪いは消えてファムは助かる。魔眼は残ってしまうだろうけどそれも僕が何とかしてみるよ、それで僕がいなくなった後の事、エルとファムの事を任せてもいいかな?って話」


自分が死ぬことを事も無げに言ったバルドロの言葉に驚愕する二人であったが、バルドロの至って真剣な表情と雰囲気は他に方法がない事を物語っていた。

レグスは悔しさに拳を固く握り、歯を食いしばって頷くので精一杯だった。


「ありがとう。リューグ殿下も、これからも二人と仲良くしてやってください」


「誓います。必ず。絶対にファムを幸せにしてみせます」


溢れる涙を止められなかったリューグが袖で涙を拭い、バルドロに返事をするが、若干噛み合っていないことにバルドロはふっと笑い。


「まさかこんなに早く娘を嫁に出すことになるとは思わなかった」


バルドロの気分が軽くなる。

この二人がいれば心配いらないだろうと―――。


バルドロは気持ちを切り替えてファムの解呪に集中する。

懐から銀の短剣を取り出して魔力を流し、ファムの額の上に置き魔法を発動する。

すると銀の短剣の姿形がぐにゃりと変わり、それはファムの額から目元を覆う仮面に変わった。


「まずはこれで魔眼を無効化できた。後は――――」


バルドロはファムを地面に寝かせて、胸に手を当てる。

彼女の心臓の鼓動を感じ、再び魔力を流し始めるとすぐに呪いの気配を強く察知した。

明らかな殺意――――。

それらをバルドロは自身に移し替えていく、痛みや苦しさは無かったがとてつもない不快感だけはあった。やがて呪いを全て移し替えた事を念入りに確認し、ファムから手を離す。


バルドロの明らかな疲弊の色と噴出した大量の汗で、それが大変な作業であったことは二人にも理解できた。

そしてそのやりきった表情で無事成功したのだと二人は確信したのだった。



「ぅ・・・ぅ・・・」


意識を戻したファムが呻きながら体を起こす、辺りを見回すが何も見えない。

すぐに目が何かに覆われていることに気づき外そうとするが取れずにもがいている。


「ファム、それは君の魔眼を無効化するための物だ。外すのはもう少しファムが力をつけて制御できるようになってからの方が良い」


仮面を外そうと躍起になっている娘に、バルドロは声をかける。

その声に反応してファムはバルドロの方を向く、

そしてファムが意識を失った後の状況、バルドロが身代わりになった事を聞いて、


「何よそれ・・・オヤジが・・・お父さんが私の身代わりになったって事?」


その声は悲しさと怒りを孕んでいて、実際拳を握り歯を食いしばっている。だがファムから聞く久しぶりのお父さんという言葉に、バルドロは嬉しさを感じ、同時に満足感に浸っていた。

そんなバルドロの様子がまるで見えているかのようにファムが怒りを募らせていく、


「そう言ってやるなよ。嬢ちゃんを救うにはそれしかなかったんだから――――」


「救う必要あった?私を?嫌われて、お父さんやエルのお荷物だって、汚点だって言われてる私を?」


そのまま殴り掛かりそうな勢いのファムを宥めようとしたレグスだったが、ファムの憤怒の前に掻き消された。


「頼むから、そんな悲しくなること言わないでほしい。ろくに父親らしいこと何もできなかったかもしれないけど、天国にいるファムとエルの母親に自分の娘を・・・最期に救えたんだって・・・守ってやれたんだって報告させてくれないかな?」


満足感に包まれていたバルドロがファムの言葉に我に返り、そのままファムを抱きしめて諭すように耳元で囁く、バルドロのその言葉にファムは全てを悟り大人しくなる。

そしてゆっくりと一歩離れたファムは仮面と頬の隙間から涙を流し、それでも堪えようとしながらバルドロと向き合い訊ねる。


「どれくらいもつの?」


と。

質問の意味が解らないレグスとリューグが不思議がる中、


「さぁ?よくわからないな、でもそんなに時間が残っていないのは確かだよ」


「エルに何か伝えることある?」


「愛してるって伝えてほしい、あとの事はレグスに全て任せているから二人は心配しなくていい」


そう言ってバルドロはファムの頭を撫でる。

ファムも大人しく撫でられて、バルドロの手を取り頬擦りする。


「苦しくない?」


「大丈夫。体に痛みは無いよ。ただ少し眠いかな」


撫でるのをやめて地面に寝転がるバルドロ、ファムはその間に涙を袖で拭い努めて明るく、


「そのまま目を覚まさないとかやめてよね?」


明るく言ったつもりだろうがその声にはどうしても涙が含まれてしまう。

バルドロもそれに気づかない振りをして応じる。


「今ならそうなりかねないな・・・」


「なら私が絶対に起こしてあげる」


「それなら安心だ・・・じゃあお願いしようかな―――」


目を閉じるバルドロ、二人の最期のやり取りを見守るレグスとリューグ、そして――――、


「おやすみなさい。お父さん――――」


互いに別れを告げる言葉を出さないまま、今静かに、英雄バルドロ・シフィスがその生涯を終えた。

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