第7話

「くそがっ!!やわらけぇが刃が通らねぇ」


 魔獣と対峙しているレグスが誰にともなく叫ぶ。

 ここまで一方的に斧で斬りつけているが、まともにダメージが入っているのかは別だった。

魔獣は長い首を振り回して抵抗しているようだったが、動きの鈍さからまだレグスに何のダメージも与えることが出来ておらず、両者の戦いは互いに決め手を欠いているようだった。

 しかしいくら体力自慢のレグスでも、数えきれないほど全力で斧を打ち込み続ければやがて限界がやってくる。

 次第にレグスの息は上がっていき、斧を振るう速度も落ちていく、魔獣は先ほどからレグスの位置を探るかのように首を振り回しており、レグスは自分の体の倍ほどもある巨体による攻撃よりも、その行為に言い知れない危機感を感じて相手の懐深くまで踏み込めずにいた。


 そんな不安を払拭する為に逃げ回るのを止め、斧を握り直してまずは危機感の正体を突き止めようと考えた。

 そんな攻防を繰り返し、魔獣はレグスの気配を捉えたのかドスドスと足を踏み鳴らすと、体勢を整えレグスを真正面に見据える形となった。


「さぁ、来やがれ!!てめぇの不気味さの正体、確かめてやらぁ!!」


 魔獣は四肢を踏みしめゆっくりと首を上げた。

 そして長い毛に覆われて今まで見えないでいた魔獣の目の部分が紅く不気味に光りだす。

 レグスはその魔獣の目を見て驚く、そこには大きな目が一つ在るだけだったからだ。閉じられていた目の部分が紅く発光し、溢れ出す光が瞼を裏から照らしていた。

 目がゆっくりと開かれていくと徐々にその紅い光は魔獣の目の前に収束していき光の球になった。

 その光の球を目の当たりにしてレグスは危機感の正体がこれであると確信した。

 すぐに回避しようと走り出すが、魔獣はしっかりとその長い首を使ってレグスを視界に捉えるように追いかけている。

 まだどのような攻撃かは分からなかったが、せめて被害のあまり出ないようなところを選んで逃げるようにしてレグスは覚悟を決めるように足を止めた。

 その目が完全に開いて光の収束が終わり、レグスが来るかと思った時―――、


「|風の砲撃(エアキャノン)!!」


 パァンと弾ける音が聞こえ、それと同時に魔獣の首が斜め上に不自然に曲がった。

 その瞬間に光の球が弾ける様に放たれて光線となり、広場を掠めて上空への光の柱のようになる。

 ファムが横から魔法で魔獣の顔を逸らしたのだと気づいたレグスは急いでファムの元に駆け寄る。

 光が放出された後悲鳴がレグスの耳に聞こえてきたので巻き込まれた者がいるのかもしれないが、そんな事気にも留めない様子のファムが魔獣の横で魔法を放った体勢のまま駆け寄ってきたレグスに冷淡に告げる。


「死にたいの?こいつを今のところ止められそうなのはおっさんだけでしょ?」


「いやぁ、助かったぜぇ。あんな光魔法みたいなのが飛んでくるとは思わなかった」


 呑気に頭を掻くレグスをファムは横目で一瞥しただけで、すぐに視線を魔獣に向ける。


「あれは魔法じゃなくて魔眼・・・かな?私も本で見て知ってるだけで、実際に見たことは無かったけれど」


 言い終わった後ファムが魔獣の放った光線が掠った広場の一角を指差す。

 レグスがその方向を見るとそこには黒鉄の蝙蝠の暗殺者の石像が立っていた。


「おいおい、ありゃまさか――――」


「そ、さっきまで生きて、動いてた正真正銘黒鉄の蝙蝠の人。石化の魔眼って言うんだろうね?ヤバい気配の正体はあれだったみたい」


 事も無げに言うファムにレグスが何か言おうとするがファムが手でそれを制する。

 横からファムの風魔法を受けた魔獣がファムたちが話している間にのっそりと向き直り再び真正面に見据えようとしていたのだった。

 しかし、二人ともあんなものを見た後では真面に受けてやる気などないとばかりに、逃げまわる。


「それで?あの魔獣に何か弱点ぽいものは見つかった?」


「いろいろ斬りかかってみたんだがどれもあまり効いてねぇみたいでなぁ、軽くへこんできてる」


 魔獣の攻撃を躱しながら二人は相談を始める。

 レグスは攻撃を今は捨て手を休めて回復しながら、ファムは時に魔法を駆使しながら回避する。

 もちろん魔獣に魔眼光線を撃たせないように注意しながらの為、相談も途切れ途切れだ。


「使えないおっさんね。それでも英雄なの?」


「言ってくれるなって。斬撃は効果が薄いみてぇだが、嬢ちゃんの打撃は効いたみたいだぜ?あいつの動きが更に鈍くなってる。嬢ちゃんの魔法で奴を倒せねぇか?」


「魔力足んない」


「使えねぇなぁ。魔力全部使ってもダメそうか?」


「一撃でって事?それだったら出来そうだけど調整に時間かかりそうだから無理かな、私が魔法使う前に石にされる方が早いと思う」


「なら決まりだな、俺がその時間を稼ぐ。嬢ちゃんが魔法で一撃必殺。それが勝率高そうだ」


「オヤジを待つって手もあると思うけど?」


「アイツが来るのと、体力切れた俺たち二人の石像が仲良く出来上がるのとどっちがはえぇと思う?」


レグスの言葉にファムは一瞬思案し、未だ決着のつかないバルドロを見てから。


「・・・ちゃんと守ってよ?おっさんも死んだらだめだからね?」


「決まりだな。まぁ任しとけって嬢ちゃんに何かあったら俺がバルに殺される」


 こつんと拳を軽く当てそのままファムは土煙に紛れて離脱し、魔獣の視界から身を隠したのだった。



 正直なところファムの魔力全て使って魔法を放ったとしても、それが相手の致命傷になるかどうかはやってみないとわからなかった。

 けれど、レグスが時間を稼ぐ間ファムは考えなければならない、魔獣に必殺足りえるその一撃を――――――。

 ファムは時間を一時も無駄にしないように思考を加速させる。

 

砲撃(キャノン)ではダメージにはなるけれど、威力が分散されて致命傷にはなりにくい、それならば―――。


 思い浮かべたのはまだ魔法がここまで発展していなかった頃の攻城兵器を紹介した本に記載されていた物、大きな矢等を射出する大型弩砲バリスタ

 そのイメージを固めて魔法を紡ぎだす、自身のありったけの魔力を使い、精霊に最大限の助力を乞う、途端に魔力が膨れ上がるのを必死に制御し組み上げる。

 ファムにとってはこれほどの魔法を放ったことなどない、とても危険なのでバルドロから固く禁じられていたからだ。


ごめん。また約束破るね――――――。


罪悪感を抱いたのも一瞬、ファムは魔力を制御することに意識を集中させる。

 術式を展開していく、魔力があっという間に満たされると次の術式を展開しその威力を上げていく―――。

 展開した術式の維持、魔力の制御、新たな術式の展開、気を抜けばすぐにも暴発しそうな魔力に意識を失いそうになる。

一流の魔術師でさえ困難なその工程を、ファムは誰に教わるわけでもなく実行していた。


「まだ・・・いける――――」


 幾重にも術式を展開し紡いでいくファムの気配に気づいたのか、魔獣がレグスを無視し、集中して動けないファムに魔眼の狙いを定める体勢に入りだす。

 レグスは魔獣の気を引こうと攻撃するが、全く相手にされない。

 その間にも魔眼は開いていき、光は強くなっていく、ファムも今の状態で魔法をキャンセルして離脱するわけにもいかず、魔獣と正面から対峙する事になる。


「嬢ちゃん!!くそがぁ!!」


 攻撃していたレグスが武器を捨て、魔眼を開かせまいと頭上に乗り瞼を力尽くで押し下げようとする。

 魔獣は流石に頭上のレグスを無視できなくなり暴れて振り落とそうとするが、レグスも最後の力を振り絞り必死に抵抗する。


「おっさん!!退いて!!」


 レグスの抵抗のおかげで今彼女に出来る魔法を最大限展開したファムが叫ぶ、それを聞いたレグスが即座に魔獣の頭から飛び降りて地面に転がる着地する。

 レグスが退避した魔獣は再び魔眼の発射体勢に入ろうとするが、


「氷柱弩砲(アイシクルバリスタ)!!」


 ファムの放った鋭利な先端の氷柱が魔獣に向けて放たれる。

 それは一直線に魔獣に飛んでいき、魔眼を放つ体制になっていた魔眼を打ち抜き、首を、そして胴体を貫き一瞬にして氷漬けにした。

 凍った魔獣は悲鳴を上げることもなく、その場にゆっくりと崩れ落ちる。


「嬢ちゃん。やったなぁ」


 崩れ落ちた魔獣を見てレグスは歓喜の声を上げてファムの元に駆け寄る。

 レグスの声に応えてグッと手を挙げたファムだったが、今まで感じた事の無い異様な気配を魔獣の死体から感じて目を凝らす。

 そこには今倒した魔獣の死体があるだけだったが、突然死体から真っ黒な影が浮かび上がりファムに向かって飛んできた。

 魔力と集中力を限界まで酷使していたファムはその疲労感から、襲い掛かる影から逃げることができずに飲み込まれてしまった。

 その一部始終を目撃したレグスはすぐさま捨てた武器を拾い、影に向かって斬りかかろうとしたのだが、それより早く影はパッと霧散し、そこには気を失っているファムだけが残された。

 レグスは武器を傍らに置き、ファムを抱き起すが目覚める様子が無い、


「嬢ちゃん!?どうしたってんだ!?オイ!!」

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