第6話
召喚された魔獣はこれまで色々と似たような者たちと戦ってきたバルドロでさえも見た事が無い姿形をしていた。
牛のような丸い体躯と豚のような短い脚、そんな胴体とは不釣り合いなほどに長い馬のような首、トカゲのような長い尾を持ち、頭頂部から背中にかけては
警戒を色濃くするバルドロたちを見たゲーヴェルは満足そうに不敵に笑う。
「さすがの英雄殿も見た事が無いのは当然であろうな。これは我が創り出した魔獣なのだから」
「魔獣を創っただと?そんな事が可能なのか?」
ゲーヴェルの言葉に驚きを隠せないレグスがバルドロに訊ねる。だが、バルドロはその問いには答えずに魔獣からは決して目を逸らさず警戒をしながら、
「ファム、あの魔獣をどう見る?」
突然のアバウトな質問に戸惑うファムだったが、すぐに思ったことを伝える。
「ヤバそう。何がって言われるとわかんないけど、とにかくヤバい。相手したくない。お腹痛い。帰りたい」
徹底的に相手をしたくないと言い張るファムに、バルドロは自分と同意見だったことに自身の感じた嫌な予感を確信に変える。
そのやり取りを見ていたゲーヴェルがようやくファムに視線を移す、
「そこの子どもはなかなかに良い勘をしている。だがもう遅い、これを呼び出したからにはこの場にいる何れかの者の死が確定したのであるからな。さぁ、魔獣カトブレパスよ‼英雄たちを始末するのである」
ゲーヴェルの命令に今まで動かなかった魔獣が動き始める。
ファムはリューグを連れて急いで物陰に身を隠し、バルドロとレグスも武器を構えなおした。
が、その動きは非常に緩慢で、とてもこちらを狙う獣の動きではなかった。
「オイオイ、こんなのに始末される方が難しいぜ」
「でも何をしてくるかわからない以上、油断しない方が良い」
レグスはそう言って魔獣に向かって走り出し、バルドロもその後に続く、
両者はそのまま二手に分かれて魔獣の側面に回り、それぞれが持っていた武器を大きく振りかぶって魔獣の脇腹目掛けて一気に振り下ろした。
両者が振り下ろした武器は確かに魔獣に当たりはしたのだが、僅かに皮に傷をつけただけで明らかに致命傷にはなっていなかった。
仕留めるつもりで放った一撃が効かず、魔獣が平然と動き続けることに驚きつつもバルドロたちは長居せずに距離をとる。
「全然効いてねぇとは流石にへこむぜぇ」
「武器での攻撃が全く効いてないわけではないんだろうけど、効果が薄いね。まったく、面倒な物を呼び出してくれたもんだ」
困り果てる二人に追い打ちをかけるように、ゲーヴェルの放った魔法が襲い掛かる。
その魔法を躱しながら対策を講じる。
「チッ、鬱陶しい。バルよ、ゲーヴェルの相手と殿下の事は任せた。俺は魔法で何かされても対処できねぇからな、あの魔獣は俺が引き受ける。さっさと倒してこっちに合流してくれよ?」
「わかった。レグス、くれぐれも油断しないように」
そう言って二人は軽く拳を合わせ、それぞれの相手の元に駆けていくのだった。
二手に分かれて予定通りの戦闘が始まり余裕を見せていたゲーヴェルだったが、時間が経つにつれてその余裕は失われていった。
単純な実力差で言えばバルドロに敵う筈もない事はゲーヴェルにも判りきっていた。
しかしだからこそその実力差を埋めるため、魔力を消耗させるために爆発魔法を仕込んだ生物を町中に放ったのだが、今相対しているバルドロには然程消耗した様子も疲弊している感も無い、ゲーヴェルの放った魔法の悉くを相殺して隙あらば攻撃を仕掛けてくる。
そんなバルドロを相手にしてゲーヴェルは更に焦っていくのだった。
「何故だ!?何故疲弊していない!?どこにそんな余力があるっ!!」
とうとう耐えかねたゲーヴェルが魔法を放ちながら叫ぶ、対するバルドロは余裕の笑みを浮かべゲーヴェルの魔法を躱し一気に距離を詰めて剣で捉えた。油断するつもりのないバルドロは再び距離をとる。
「お前と違ってこっちには優秀な助手がいたんだよ。悪いね」
「ぐっ・・・、だが我が目的は果たされた。これ以上は望みしすぎたかっ・・・」
剣で斬られた腹の傷を庇いながら後ずさるゲーヴェル、逃がすまいとじりじりと間合いを図るバルドロ、
このまま膠着状態になるかと思われたが、
「嬢ちゃん!?どうしたってんだ!?オイ!!」
その叫びに聞き捨てならないフレーズが聞こえて、バルドロは一瞬だが視線をゲーヴェルから逸らしてしまう、その視線の先にはトドメを刺された魔獣とレグスの姿が、しかしレグスは魔獣には目もくれずにファムを抱き抱えている。ゲーヴェルはその隙を見逃さずに即座に転移魔法を発動する。
去り際にゲーヴェルはバルドロに心底楽しそうな声で語り掛けたのだった。
「これはこれで面白いことになったわ」
バルドロとゲーヴェルの一騎打ちの決着がつく少し前、
リューグの手を引いて先ほどまで演説を行っていた舞台に身を隠したファムはそこで息を潜めて周囲を警戒し思案を始める。
剣戟の音だろうか金属同士のぶつかり合う音、怒号、断末魔、時折聞こえてくる爆発音は騎士の放った魔法か黒鉄の蝙蝠の自爆音なのか――――。
だがその爆発によって土煙が舞い、目を凝らしても良く見えない。
味方がどのくらい残っているのかも判別できない状況はとてももどかしくて、ファムの内で焦りだけが募っていく、不意にファムは手に圧力を感じ意識を戻した。
焦りが顔に出ていたファムを心配したリューグがつないでいた手をぎゅっと握り、
「ファム、焦りは禁物だよ?僕はまだ戦場に立ったことは無いけれど、焦って取った行動が良い結果を生んだって話はあまり聞いた事が無いから――」
そう言ってリューグはファムの手を両手で握る。
その様子が何だか可笑しくてファムは笑ってしまう、なぜ笑われたか解らずきょとんとしているリューグにファムは心の中で感謝しながら、
「そんなに強く握っていなくても置いて行ったりしないわよ?」
笑顔でリューグをからかうのだった。
気分転換ができたところで二人は状況確認と整理をする。
「ひとまずはここに居れば絶対とは言えないけど安全ね、何かあればオヤジが飛んでこられる距離だし、土煙で身を隠せてはいるし」
「確かに、下手に動かない方が良さそうだね。二人でここを抜けて屋敷に帰るのも難しそうだし、レグスたちは大丈夫かな?」
「オヤジがあのハゲに負けるわけないと思うけど、おっさんの方は心配、相手は良くわからない魔獣だから」
実際、土煙が時折晴れた隙間を遠目に見た限りでは武器を手に汗だくのレグスと緩慢な動きは相変わらずだが長い尾で近づけないようにしている魔獣、レグスが苦戦しているのはファムたちが見ても明らかだった。
「ファム、レグスの援護って出来る?」
「出来るけど無理。私はおーじの傍に居ろって言われてるから」
それを聞いて落胆するリューグにファムは続けて、
「でも、例えばどこかの国の皇子様が私に勅命を出すって言うなら話は別。皇子様に命令されたら親の言いつけなんて無視しても仕方ないよね?」
そう言ってリューグに向けてウィンクする。
どこまでも悪知恵の働くファムに感心しながら、リューグは姿勢を正し、ファムを真正面から見つめて、
「アルテヴァ王国第八皇子リューグ・アルテヴァの名に措いて命じる。ファミィユ・シフィス、これよりはレグスの援護を行い魔獣討伐を成すまで尽力するように」
「ご下命承りました」
芝居がかった動作で礼をするファム、顔を上げて目を合わせた時にはお互いに吹き出してしまった。
一笑いした後、ファムが立ち上がってリューグに対して気配遮断の魔法を使う、いたずら目的で覚えた魔法もたまには役に立つなぁと思いながら、
「見つかりにくくするだけで見えなくなるわけじゃないから気を付けて、いざとなったらオヤジを呼んで?じゃ、行ってくるね」
とだけ言い残し、返事も待たずに走り出した。
その背中を見送ることしかできないリューグは自身の無力さを頭を振って振り払い、ひとまずは生き残った後叱られるであろうファムと一緒にバルドロに叱られる覚悟をしておくことにした。
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