第4話
屋敷の前に集まった護衛の者たちで、今日の行き先の確認も兼ねてミーティングを行う。
そこでリューグから皆に簡単な挨拶と激励が行われた後、視察場所を巡るための馬車に乗り込むファムの処にバルドロがやって来て、
「ファム、昨日も言ったけど何か違和感を感じたらどんなに些細なことでも絶対に報告するんだよ?後、身の危険を感じたら魔法を使っても構わない。でもまずは戦う事よりも逃げることを最優先に考えて決して無茶はしないように、いいね?」
一方的に言い残し、レグスや護衛の騎士たちと合流して話し始めてしまった。
長々とした指示に言い返す間もなく言ってしまったバルドロに不貞腐れながら、ファムは馬車の座席にドカッと座る。
その様子を見ていたリューグはついつい笑ってしまい、ファムは更に不機嫌になるのだった。
馬車に乗っているのはリューグとファムだけでエル、ルグルスは留守番を言い渡されていた。そして、バルドロが馬車の手綱を握り、レグスとその他の護衛の騎士たちは馬車を囲むようにして移動を開始する。
その馬車に揺られながらリューグは、隣に座り、不機嫌なのを隠そうともしないファムに、
「今日は僕の無理に付き合ってくれて本当にありがとう」
と、感謝を伝え頭を下げるとファムは全く意味が解らないとでも言いたげな表情をして目を丸くした。
「皇子様がお礼を言うのも変だと思う。危ない奴らの目印にされるのだからもっと怒るか、あのオヤジたちを完膚なきまでに罵る。或いは即刻解雇してもいいくらいだと思うけど?」
馬車の手綱を握るバルドロを指差して容赦ない物言いのファムに、リューグは未だに不機嫌なんだろうなと苦笑いしつつ、
「こんな状況で町に行くことになったのは残念だけど、こんな僕なんかでも何かの役に立つなら協力したいって思ったんだ。それで、悪い奴らをやっつける正義の味方に僕もなれるのかなって・・・」
最後は恥ずかしくなり頬を掻いて下を向くリューグだったが、ファムから目を逸らしたのは単に恥ずかしさだけではなかった。
虚弱体質で頻繁に病気になっていた生活だった彼は自身が王族の中でお荷物になっていると強く思っていた。
この度のエトでの療養も、自分が暗殺者集団を釣る為の囮だったのだと知らされて酷く落ち込んだりもしているし、無論暗殺者に狙われるという恐怖もある。だが、リューグはこれが初めて自分に任された公務なのだと、半ば無理矢理気持ちを奮い立たせてこの場に立っていた。
それは、その結果死んでしまっても構わないという自棄から来るものでもあった。
ファムから目を背けたのもそんな恐怖や不安、自棄になっている事を見透かされるような気がしたからだった。
そんなリューグの様子を見ていたファムが、何を思ったのか両手でリューグの顔をバチンと挟み、力ずくでリューグの顔を上げさせる。突然の出来事に抵抗も出来なかったリューグに対して、
「ふざけてるの?皆そんな貴方を護るためにここにいるんだよ?「こんな僕なんかでも」なんて思ってても絶対に言わないで、何が何でも歯ぁ食いしばって耐えてみせて、そうするって決めたから今ここにいるんじゃないの?」
ギリギリと頬を押しつぶす圧力と真っ直ぐに自分の目を見続けるファムにリューグは彼女の怒りの度合いを知る。それでもリューグは視線を合わせられない、
「でも・・・僕は―――――」
「でもじゃない、だってでもない。私が今聞きたい言葉はそんな言葉で始まったりない、わかるよね?」
ファムはリューグを逃げることさえも許さないように手を離さず見つめ続ける。
怒りだけかと思っていたファムの眼には、答えは決まり切っているでしょう?という厳しくも此方を諭す様な大人びたものが見て取れた。
離さず触れている両手が彼に大丈夫だと語り掛けているかのように―――――、そうしているとリューグは不思議と恐怖や自棄になっていた気分が落ち着いていくのを感じていた。
「ごめん、それと、ありがとう、勇気が湧いてきた。けどまた今度僕が変なこと言ったらその時はお願いしても良いかな?」
「嫌よ、甘ったれないでよ面倒くさい。今度はあの騎士気取りのバカにでも頼んでなさい」
言葉こそ冷たいものだったが、ファムはリューグの返事に気を良くしたのか年相応の笑顔を見せた。
その笑顔にリューグは不意に胸の高鳴りを覚えるが、徐々に高まっていく緊張感にそれはすぐに溶けてしまうのだった。
――――――視察に出た後のファムは大忙しだった。
市街地に入る前に、町中に隠されている時限式魔法の放つ微細な魔力を感知したのだが、その数があまりにも多かったためである。
すぐさまバルドロに町の地図を広げて魔力を感知した場所を教えては次の気配を探る、という事の繰り返しだったのだが、数が減るとともに非常に厄介な事態が判明した。
「感知した魔力が移動している?」
レグスが地図を広げてファムの指定した場所へ向かうよう指示を出しているバルドロに尋ねた。
「あぁ、どうやらそうらしい。試しにファムに言われた気配を僕も辿ってみたんだが、確かに移動している。それも結構な数だ、今その正体を探させている」
一通り指示を終えたバルドロが額の汗を拭いながら答える。そしてレグスの方に向き直って、
「ファムには動かないのを優先的に教えるように指示しているけど、動く気配の方が多くなっているからね。探知する側としてはかなり気力を消耗する状態だから、早くその移動する気配の正体を見つけないと・・・」
その時、地を揺るがすほどの爆発音が聞こえてきた、そして町の中から黒煙が上がる。その後間髪入れずに動く気配を追わせていた騎士たちから爆発についての報告があった。
「人間が爆ぜただとぉ!?」
レグスは声を上げて驚きを露わにした。
騎士たちからの報告によれば、動く気配を追いかけているうちに、その気配が袋小路に入り込んだ。その袋小路にいたのは一人の若い男だったそうだ、彼は追ってきた騎士たちを見るなりニヤリと不気味に笑い、騎士たちに向けて奇声を上げて突進してきた。しかし、騎士たちの反撃に合いあっさりと撃退できたのだが、その後が問題だった。捕縛しようと一人の騎士が近づいた時、男はその騎士の足を掴むと同時に腹が発光しだして爆発したのだそうだ。
「やられたな………何かしらの動物だろうとは予想していたけど、まさか人間でやるとはね。これでは、安易に町の人たちを避難させる事は出来ないか。避難させようと動けば奴らは遠慮なく町の人たちの集まる中で自爆するだろう。相変わらず奴らのやり方には反吐が出る」
報告こそ冷静に聞いていたバルドロだったが、その内には怒りが炎のように渦巻いていた。
そこに場所を教えていたファムが一息つきながら近づいてきて、
「人間だけじゃないみたい。さっき気配を一つに絞って追いかけてみたら、道のないところを通っていたから多分ネズミか何かも混ざってると思う」
そう言うファムの声と表情には疲労の色が濃く出ていた。ずっと状況をただ見守っているだけだったリューグが水の入ったコップを片手にファムの傍に駆け寄る。
それを受け取ったファムがお礼を言いながら微笑みかける、するとリューグは照れて顔を真っ赤にしている様子が微笑ましくて、良い具合にバルドロと周囲の騎士たちの気分を落ち着けたのだった。
バルドロはファムを労う意味で頭を撫でる、普段なら逃げるか払いのけられるのだが、今はそれすらも煩わしいらしくされるがままになっていた。
「とにかく、今は視察を続けて奴らを町から徹底的に炙り出すしかないだろうね」
「自爆する連中への対処はどうする?」
「見つけ次第自爆するより先に殺すのが一番手っ取り早い、奴らから情報を得るのは不可能に近いだろうから捕縛は考えなくていい」
「先制攻撃で殲滅して終わりじゃねぇってのが、相変わらずもどかしいぜぇ」
「今は耐えるしかないね、手段は最悪だけどこちらの手を効果的に潰してきてる。今までの奴らからすれば考えられない事だよ、奴らに指示を出して統率している者がいるはずだ。でなければ今頃自爆する人間が屋敷を取り囲んでいるか、町中で爆発騒ぎが起きているだろうからね。そいつを早く見つけることができれば後は主にキミの出番だよ」
そう言ってバルドロは、苛ついているレグスに宥めるように肩に手を置いた。
ファムと騎士たちの奮闘により、気配を残すのは大方人間のみとなっていた。
「ネズミ、猫、犬、鳥、蛙、トカゲや蛇に仕掛けたモノまで潰されるとはな、英雄殿も相変わらずご苦労なことであるな」
騎士たちが仕掛けを潰していく様を遠見の魔法で見ている人物がいた。
黒いローブに身を包んだ男は面白くなさそうに呟く、
「まぁいい、奴らはあくまでもバルドロを消耗させるための駒で本命はこれからなのだからな」
今度は心底嬉しそうに笑った黒衣の男は自分の練った計画を仕上げるため、エトの町へと配下を引き連れて動き出すのだった。
全ては英雄をこの手で殺す、ただそれだけのために。
どれだけの犠牲を払おうと構わなかった。
――――――だが彼はまだ知らなかった。
その計画に致命的とも云える狂いが生じていることに…………。
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