第2話

魔法国家アルテヴァ、この世界にある四大国家の一角で北方に位置しているために北に行けば行くほど雪深くなっていく、ファムたちの住むエトの町は霊峰フュージーの麓にある町でアルテヴァの中でも北方にある町だ。この辺りは霊峰に満ちる魔力によって病を軽くしたり、傷の治りを早くしたりする効果が実証されている。



エトに向かう一団の馬車の中に二人の少年がいる、一人は瞳を輝かせるように窓の外に広がる景色を眺めている。もう一人はそんな少年を呆れるように眺めていた。


「リューグ、そんなに景色ばかり見て飽きないのか?」


呆れ顔の少年が問いかける。何せ彼は王都を出てからずっと窓の外を流れる景色にご執心だからだ。このままではその視線で窓ガラスに穴が開いてしまうのではないかと思えるほどだった。

彼の遊び相手兼お目付け役として馬車に同乗している少年としては少々心配になった。


「飽きる?そんなわけないよ。城の外に出るのも初めてで、しかも遠出を許されたんだから。今は楽しくて仕方ないんだ」


満面の笑みで返答する彼の様子に、少年はやれやれと嘆息する。


「だからってそんな様子じゃエトまで体力もたないぞ?着いて初日に熱出して先方にいきなり迷惑かけるわけにはいかないだろ?」


せめて向こうで挨拶できるくらいの余力は残しておいてほしいと思うが、今のままでは望みは薄そうだと確信し、一緒にいて何やってたんだ。どうして止めなかったんだ。と怒られる覚悟も決めておく、それほどまでにこの国の第八皇子は楽しそうで、止めることが躊躇われた。


「ルグルスも英雄バルドロに会うのが楽しみなんだよね」


「騎士を志してる奴なら英雄バルドロに憧れるのは当然だろ」


「君の父親だって充分すごいじゃないか、王国騎士団長レグスも知らないものはいないよ?」


「父さんは普通に尊敬してるし、普通に目標だ」


英雄バルドロの話は聞いただけで、実際にその強さを見たわけではないからまだルグルスにとっては憧れで、毎日稽古をつけてくれる父親の方が身近な強者であり超えたい壁なのだった。


「そういえば英雄バルドロの子、妹の方には気を付けるようにって、出てくる前に大臣たちから散々聞いたんだけど、どういう意味なんだろう。ルグルスは何のことか解る?」


「あぁ、リューグは知らないのか、たしか―――」


一応ルグルスも聞いた話ではあったが、リューグにバルドロの二人娘の特に妹の話をした。


「まぁ噂だからな。いろんな嘘が混じってるかもだけど、用心はしておけってことだろ?それにこれから会うんだし、その時になれば噂が本当かどうかわかるだろうし」


あまり不安にさせないように軽く話すルグルスの気遣いを感じながら視線を再び窓の外に向けたリューグの視界に遠く、エトの町が見えてきたのだった。



この世界の魔法というものは誰でも使えるわけではない。

自然に溢れる精霊の魔力を知覚し、自身に内包される魔力を基礎とし、術式に落とし込むことで発動する。

魔法を発動する際には自身の魔力を代償に精霊に望む効果を付与してもらう事で発現はする。しかしその後に術式という型に嵌めなければ精霊が無尽蔵に魔力を付与し続けて暴発する原因になる為、空間に紋様を固定し安定させる。その紋様が満たされる程度の魔力でいいですよという目印になっているとも言われている。

故に、この世界で魔法を使うには精霊と自身の魔力を感知する才能と術式という型の知識が必要となる。




エトの町に入った皇子一行はそのままバルドロの屋敷に到着した。

バルドロは目の前にいる少年に跪き挨拶をする。


「リューグ皇太子殿下。バルドロ・シフィスと申します、御目に書かれて光栄です」


「英雄バルドロの名は私でも知っております、これからお世話になります」


リューグはバルドロに礼を返す。傍らにいたルグルスがいきなり英雄に会えたことにこっそりと感動していた時に、


「バル。久し振りじゃねぇか、相変わらず幸の薄そうな顔してやがる」


一際大きな声を響かせた大きな男がバルドロの肩に腕を回しガハハと笑った。

英雄と称されるバルドロにここまで気安くできるのはこの世界でも彼くらいのものだ。


「レグス、君も相変わらずだね。無駄にでかい声をしている」


対応しているバルドロも怒る様なこともなく、レグスの腕から逃れてがっしりと笑顔で握手している。

離れている時間が長くとも、たったこれだけのやり取りで笑い合うことができる二人をリューグはとても羨ましく思った。


「で?私たちはいつ挨拶したらいいの?」


放っておいたらそのまま昔話でも始め兼ねない雰囲気に苛立ちを感じ、一石を投じたのはファムだった。

そうでなくてもファムは朝から機嫌が悪い、すこぶる悪い。

出迎えの準備のために朝早くに起こされ、寝癖を無理やり直され、普段しない化粧なんてされて、エルの趣味に合わせて作られたリボンだのフリフリだのレースだのがたくさんついたドレスを無理やり着せられた挙句、皇子たち一行の到着が遅れて本来なら昼過ぎにこんなこと終わらせてさっさと楽な恰好になって遊びまわっていたはずなのに今は夕方、その間ずっとこの格好で待機させられていた。

ドレスを脱ぎ捨ててやろうかとも考えたが、その場合エルが泣くのでずっと我慢し続けていたファムのストレスは皇子一行に殺気すら放っている。

エルはファムがとても不機嫌で何かしでかさないかと半泣きでオロオロしている。


「いやぁすまない二人とも、それじゃあエル。ファム。皆さんにご挨拶を」


「エルレィネ・シフィスと申します。ようこそお越し下さいました」


バルドロに促され、まずは姉であるエルから挨拶をする。たどたどしくスカートの両端をちょこんとつまみ腰を落とす初々しく愛らしい挨拶に皇子一行の旅の疲れが少し癒されたように感じた。


「ファミィユ・シフィスです。どーぞよろしく」


エルと仕草は同じだがファムは未だに圧を放っている。

ヘタに動いたら殺られると思わせる到底子供の放つものと思えないその圧に、皇子一行の旅の疲れがどっと増したような気がしたのだった。



この世界の四大国家。

北方にある魔法が発達した魔法国家アルテヴァ、西方にある武を磨き礼を重んじる軍事国家グランツェン、東方にある根強い宗教による信仰の国神聖国家クヌアビス、南方にある無数の島国の代表者が寄り集まってできた連合の商業国家ラナポリカである。

四大国家が隣接している地域はない、彼らの国の間にはそれぞれ四大国家の属国がいくつかあるので直接的な武力衝突はない。

それでもまったく戦争がないわけではない―――――。




その日の夜、バルドロの私室に訪問者があった。

バルドロが扉を開けるとそこにはレグスがいて、彼はバルドロと目が合うとその両手に持っていた酒瓶とグラスを二つ持ち上げてニッと笑って見せた。

バルドロは呆れたように鼻で短く息を吐いただけで特に何も言わずレグスを部屋へ招き入れ、細やかな酒宴の開催となった。


「良い酒が手に入ったんでな?こりゃぁお前と飲まねぇと、と思ってこっちに持ってきたんだ。どうだ?再開を祝う酒としてはなかなかのもんだろう?」


「ああ。これは確かにうまい」


バルドロはあまり酒を飲む方ではなかったが、それでも素直にとても美味しいと思えた。

このまま酒に酔ってしまうのもアリかと思ったが、バルドロは聞かないわけにはいかなかった。


「それで?王国騎士団長ともあろうキミが何故この地に?いくら皇子の護衛だったとしてもキミが動くほどの事ではないだろう?」


そう、いくら王家に名を連ねる者とはいえリューグの王位継承権は八番目、国王の護衛であるならば未だしも、一皇子の護衛に国防の重要人物であるレグスを動かすなど本来あり得ない話であった。

レグスが護衛でこちらに来ると連絡を受けてから、バルドロは言い知れない不安だけがあった。

そのためバルドロは言葉を続けるにつれ、この地の領主となってからは見せた事の無い鋭い眼光を放っていた。それはレグスには馴染みのある戦場での彼の顔だった。


「流石にバレるわな。―――近頃何かおかしなことはないか?」


酒を一口飲み意を決したように出た言葉はひどく大雑把で曖昧な質問だった。


「おかしなこと?領内では特に変わった報告はなかったように思う、この町もファムが何かを壊してエルが半泣きになっているのも変わらない、いつも通り平和だったように思う」


レグスの説明下手に慣れているバルドロは思案顔で異変はない事を告げる。


「あの嬢ちゃんが何か壊すのを日課みたいに言ってやるなよ・・・」


思案に耽るバルドロに、レグスは呆れて苦笑いしたが気を引き締めるように再び酒を一口飲み、


「黒鉄の蝙蝠」


とだけ言った。

それはこの世界で東方に位置する四大国家の一つ、神聖国家クヌアビス所属の暗殺集団の名である。

彼らは目的のために手段は選ばず、命令であればどんなことでも実行する。

バルドロ自身も戦乱の折に何度か相手にしたことがあるが、正直もう二度と会いたくない。

彼らとの戦いに勝利しても、その被害はいつも甚大なものになり、彼らの卑劣な行いは忘れられないほどの嫌悪感を勝者に強く残す。

彼らが出した被害がどこの国の利益となっているかなんて一目瞭然であるのに、クヌアビスはそんな集団は知らない、の一点張り、そして最後はこれ以上我が国の名誉を汚すならば戦争だ、と言い出す始末、こんな国が神聖国家を名乗っていることがバルドロはとても腹立たしかった。


「やつらが本当に国内に?」


「あぁ、密偵からの情報でな?残念ながら確実にいるらしい。一匹居りゃ後から百匹湧いてくるような連中だ、警戒するに越したことはねぇ」


「それでリューグ皇子をエサにして、僕のいるエトへ?あまり褒められた策ではないね。道中に襲われたらどうするつもりだったのさ、それに領主である僕には事前に説明が欲しかったね」


「そう言ってくれるなよ、奴らにしたってエサは多い方が良いだろ?何せ第八皇子様と英雄二人のごちそうだ。どうせあの国の連中は暗殺者の命なんて勘定に入ってねぇんだから、運が良けりゃ俺ら三人をまとめて始末出来るかもしれねぇ機会を逃す筈がねぇ。町に被害は出るだろうが他の町で好き勝手やられるよりバルがいる分町への被害を最小限にできる。そういう判断が出てんだ。すまねぇ」


言いながらレグスは心底悔しそうに頭を下げた。

確かに、この状況であれば黒鉄の蝙蝠はそう遠くないうちに間違いなく仕掛けてくるだろう事はバルドロにも理解できた。町への被害も他の町よりも格段に被害を軽く出来るであろう事も理解できてしまう。

けれど――――。


「―――—――――――」


娘たちをどこかに避難させることは出来ないのか?とは言えなかった。

それでも出てきそうになる言葉を、バルドロは必死に酒と一緒に飲み込んだ。

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