悪名響かせる聖女
暑がりのナマケモノ
第一章
第1話
剣と魔法の世界ラナロア、その世界にある国の一つ魔法国家アルテヴァで今、新たな命が誕生しようとしていた。この国の宮廷魔導士であり、国一番の英雄でもあるバルドロ・シフィス、彼には二人の妻がいる。
その二人ともが同じ時期に子を宿し、そして同じ日に出産となった。
二人とも大変な難産で、彼が他国への遠征から戻った時には二人の妻はそれぞれに娘を産み、すぐに息を引き取った。立ち会った助産師は言う、まるで命を受け渡したようだったと。
それから五年の歳月が流れた。
場所はアルテヴァのシフィス領、アルテヴァ王が妻二人の死に目に合わせてやれなかったことへの償いとして彼に贈った領地だ。
彼はここの領主としてシフィス領で一番大きな町エトに住まいを移していた。
領民は皆、英雄がこの領地を統治することを歓迎していて、実際善政を布いている。
そんな彼が自分の屋敷の廊下を足早に歩いて目指していたのは玄関ホール、そこに自分の娘の一人が正座させられていた。その光景を見て彼はこめかみを抑え―――、
「で?今度は何をやらかしたんだい?」
と、娘の傍らにいた使用人たちに尋ねた。
「教会の屋根を吹き飛ばしました!!」
よく見ると服がボロボロで煤けている使用人たちの言葉に、彼は軽い眩暈を感じながら今度は視線を今にも泣きそうな顔で正座している娘に移した。
「どうして屋根を吹き飛ばしたりしたんだい?」
正座している彼女の正面にしゃがみ、努めて優しい声を心掛けながら彼は娘に語り掛けた。
「ファムが教会で魔法を使ったの」
「どうして?まだうまく使えない間は父さんのいないところで使っちゃダメだって約束したろう?」
「でも町の子たちに見せてみろって言われて・・・ごめんなさい」
「うん。きちんと謝ることができるのは良いことだよ」
そうして彼は娘の頭を撫で―――、
「それでエル、ファムはどこだい?」
「エルってば私がやったことオヤジにチクってる。後で覚えてなさいよ」
玄関ホールの見える窓から大泣きしながら謝っている姉、エルレィネ・シフィスを覗き見しながら悪態をついていたのは彼のもう一人の娘であるファミィユ・シフィス。
エルが言わなくても町人や使用人から彼の耳に入って結局は叱られていたとは思うのだが、ファムからすれば教会の屋根を吹き飛ばした実行犯が自分でもあの場に一緒にいてファムの事を止めなかったエルも同罪なのに、自分を売って一人だけ良い子になって助かろうとしているような気がしてならないのだ。
「オヤジにバレたんなら玄関から入れない。なら裏口から――――――」
「させると思ったかい?」
未だに泣声の聞こえてくる玄関から離れて裏に回ろうとしたときだった。ファムの背後には先ほどまでエルと話していたはずのバルドロが仁王立ちしていた。
「素直に謝れば長いお説教は無しにするよ?あと、せめてお父さんと呼びなさい」
「なぁあ、はーーーなーーーせーーー。おーーーろーーーせーー」
この期に及んで尚も逃げようとするファムをあっさりと捕獲し、担ぎ上げ嘆息する。
まったくどうしてこんな風に育ってしまったのか。と。
領主である彼の二人の娘は国内や周辺諸国でもかなり有名で、知らぬ者は国民にあらずと言われるほどの知名度がある。
曰く、姉は子供ながらに膨大な魔力を有し、勉学にも励み、将来は父の跡を継ぎ女性初の宮廷魔導士になるのではないかと期待され、
曰く、妹は子供ながらに悪逆非道で将来は父の偉大な功績と姉の偉業を全てチャラに、むしろマイナスにするのではないかと言われている。
彼はファムを肩に担いで最早説教部屋になっている自分の執務室へ連れていく、道中もファムは暴れ続けるがそんなことでかつて英雄だった父から逃げられるはずもなく最早日課になっている彼女のお説教を開始するのだった。
「ファム、説教される理由はわかっているね?」
彼は普段執務を行っている席に座り、床に正座させた彼女を見据える。
逃げられないように魔法で部屋を施錠している事をファムも知覚しているらしく、部屋に入れば大人しくしている。彼が解錠するまでは誰も入ることはできないし、出ることもできないのだから、
「わっかりっませーん」
最後の抵抗とばかりにとぼけるファムに溜息がこぼれる。
「本当にわからないのかい?」
努めて優しい口調で問いかける。意固地になられるとお説教の時間が長くなるからだ、彼も説教なんてしたくてしているわけではないのだから、できるだけ短いに越したことはない。
「屋根を吹き飛ばしてごめんなさーい」
明らかに反省の色はない口調で言い放つ娘にまたも溜息をつき、不貞腐れる彼女を見据え、
「確かに教会の屋根を吹き飛ばしたのはいけないことだ、今度の礼拝の日に雨が降ってきたらみんな困ってしまうからね」
「私は魔法で濡れないようにできるから全然困らないもん。濡れたくなかったら礼拝に来なきゃいいのよ」
尚も不貞腐れ、おもしろくなさそうなファムに、
「説教する理由は一つだけだったけど、それを本気で言っているなら説教の時間を増やさないといけなくなる。ファム?以前壁を壊した時にも言ったはずだよ?」
少し怒気を孕んだ声が出てしまう。いくら自分の娘でも、いや、娘だからこそか。自分さえ良ければそれで良いという言い草にいらっとした。
「ごめんなさい・・・あと約束破って魔法を使ってごめんなさい」
頭を下げて、言い辛そうにしたファムに多少の反省の色が見えたので、彼はこの辺りが限界かと思い、もう頭を上げてそっぽ向いているファムの頭をくしゃくしゃっと撫でながら部屋の魔法を解錠したのだった。
お説教の終わったファムが執務室を出たところで、うつむいて廊下の壁にもたれていたエルが彼女に気づき、ぱあっと顔を輝かせファムの傍まで駆け寄り抱きしめる。
ファムとしては裏切り者と罵ってやりたい衝動に駆られるけれど、こうまで安堵に満ちた顔を向けられ、毎回涙まで浮かべられるとさすがに毒気を抜かれる。
そこまで心配されるようなものではないといくらファムが伝えても、今まで説教部屋に連れて行かれた事の無いエルにとってはやっぱり不安なのだという。
まあエルの場合、お説教=拷問に近いモノなんていう間違った知識を得ているせいでもあるが、ファムがそんなことを知る由もなく、いつも通りファムが怒るのを諦め、二人は並んで歩きだすのだった。
その日の夕食時、バルドロは珍しくエル、ファムと食事を共にしていた。
今までは執務に加え、ファムの起こす破壊の後始末の手配などに追われてなかなか時間が取れないでいたのだが、バルドロの補佐をしている者たちが、彼の指示なしに教会の屋根修復の手配を完了させていた。
彼らの文句のつけようのない完璧な仕事ぶりに、バルドロはとても申し訳ない気分だったが丁度二人に伝える事があったので補佐の者たちには深く感謝をしておいた。
「明日からウチで客人を預かることになったから、ファム、くれぐれも粗相のないようにね」
「名指しとか酷いと思うの」
お茶を飲みながらファムは一切バルドロと目を合わさずに言葉を返す、昼間説教した後だから顔を合わせにくい処もあるけれど少し空気が悪くなったように感じたエルが話を続ける。
「父様の知り合い?」
「あぁ、一人はね。噂くらいは聞いたことがあるんじゃないかな?騎士団長のレグス・ベオルブ、会うのはとても久しぶりだ」
懐かしさを感じ、数多の戦場を共に駆け抜けてきた戦友の事を思い出しているのだろう、ごく自然な笑みが浮んでいる。
「一人はってことはあと何人かいるの?」
バルドロの言葉に興味をひかれたのか、ようやく彼に視線を向けたファムが素直に疑問を投げかける。
「うん、レグスは明日ここに来る客人の護衛でね。この国の第八皇子であるリューグ・アルテヴァ様、彼の長期療養が主な目的だよ。だから身の回りの世話をする者も何人か滞在することになるだろうね。たしか皇子とは同い年だったはずだから二人とも、仲良くするんだよ」
「「はーい」」
同じ返事だが一人は笑顔で、もう一人は興味が尽きたように答える娘を見て若干の不安を覚えるバルドロだったが、ファムからすれば相手をするのがとてもめんどくさそうなのでエルに押し付けておけばいいや、くらいに思っているのだった。
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