猫好き

(1)

 夕暮れ。パートの仕事を終え、君枝は駅前のスーパーでお惣菜とビールを買い込み帰路についた。のんびりと住宅地を歩いていると路地から一匹の猫がゆったりとした足取りで君枝の前にやってきた。

「あら、可愛い。」

猫は実家にいた頃、飼っていたこともあり、大好きだった。茶白模様に赤い首輪をつけたその猫は君枝の顔を見つめると、まるで(ついてこい)といわんばかりに、てくてくと近くにある小さな公園の入り口に向かった。

「なんか、あたし誘われてる?」

猫好きとしては、これはついていくしかない。猫のピンと立ったしっぽにメロメロになりながら公園に入ると女の子はひとりでブランコに乗っていた。まだ小学校の低学年だろう。髪をツインテイルにしばり白いワンピース姿が可愛らしい。他には誰もいなかった。

「あっ!ニャー吉!」

女の子は猫を見るとそう言って一目散に走って来た。そして猫の背中を撫でまわした。

「このにゃんこ、あなたのウチの子?」

「ううん。違う。」

「でも、今ニャー吉って名前呼んだでしょ?」

「首輪にかいてあるよ。前にも会った。」

そう言われて赤い首輪をみると確かに“鈴木ニャー吉”と書いてある。それから飼い主の家のものと思しい電話番号があった。迷子になって保護された時の為だろう。それにしても今時“ニャー吉”とはなんと昭和感漂う名前だろう。それに昨今は室内飼いが推奨されているので、外に放し飼いにするのも少数派のはずである。

「この子、随分あなたになついているわね。」

そう言いながら君枝もニャー吉の側にしゃがんでその背中を撫でた。猫はやがてゴロンと仰向けになって白い毛がもふもふとしたお腹を見せた。

「あらあら。お腹見せてくれるの?」

通常、よほど信頼していないと猫はお腹を見せない。君江と女の子は「可愛い」を連発しながら頭やお腹を撫でるとニャー吉は気持ち良さそうにゴロゴロと喉を鳴らした。君枝はたまらずスマホをポーチから取り出すと可愛らしいニャー吉の写真をパチパチと連写した。


(2)

 遠くでパトカーのサイレンが聞こえ君枝は我に返った。(そろそろウチに帰ろう。)立ち上がって女の子とニャー吉に

「じゃあ、またね。バイバイ。」

と言ったそばから、ニャー吉も起き上がり

「ニャー。」と言った。(まるでもっとかまって)と催促しているようだった。かなり心が動いたがこおままではきりがない。君枝は手を振って公園を出ようとした時、急に不安な気持ちに襲われた。パトカーのせいかもしれなかった。(あの子を一人でここに残していいのだろうか?誘拐されたらどうする?)心配になり再び女の子とニャー吉のところに戻った。

「あなた、そろそろウチに帰らなくていいの?ひとりだと危ないよ。」

「大丈夫。」

「大丈夫じゃないわよ。ウチはどこ?」

「すぐ近く。」

「家に誰かいるの?お母さんとか。」

「お仕事に行ってる。もうすぐ帰ってくる。」

「他に家族は?」

「お父さんも仕事で夜遅く帰ってくる。」

「そう。・・・」

「家の鍵は持っているんでしょう?」

「うん。」

「もう遅いし、お姉さんが送っていくから帰ろうよ。」

「お姉さん?」

「(チッ)・・・おばさんが送ってあげるよ。」

そう言って君枝は女の子の手を引っぱったが言う事をきかない。

「もう少しニャー吉といる。それにお母さん、この公園の前を通るからお母さんと一緒に帰る。」

「でも、それまで一人でここにいたら危ないって。」

君江の手を放そうと抵抗する女の子の姿を通行人がチラチラ見ているのに気づいてバツが悪くなった君枝は諦めて、母親が来るまで一緒に待っていることにした。

夕暮れが深みを増し、夜が来そうだった。


(3)

 ほどなく一人の女性が公園にやって来た。

君江と同じぐらいの歳だろうか。細く小柄な女性だった。

「お母さんが帰って来た!」

そう言って女の子はお母さんの方にかけて行き、ぎゅっと抱き着いた。

「ただいま。遅くなってごめんね。」

そう言ってお母さんは女の子の頭を撫でた。

 君江はお母さんがこちらを見たので会釈をし、心配だったので一緒にいた事を告げた。

「そうでしたか。ご心配おかけして申し訳ありませんでしたね。学校から帰ったら“家にいなさい”とはいってあったんですけどね。ありがとうございました。」

これでお役御免と君枝はホッとした。

「お姉さんと何して遊んで貰っていたの?」

(お姉さん?お母さん、ナイス。)

「ニャー吉を一緒に撫でてた。」

「ニャー吉?」

「あ。猫です。あたし、猫の後をついて行ったらこの公園に来たんです。」

そう言って辺りを見ると、いつの間にかニャー吉はいなくなっていた。

「あれ?さっきまでいたんですけどね。お嬢ちゃん。その猫と前から仲良しだったみたいですよ。」

「へぇー。偶然ね。あたし子どもの頃、亡くなった父が猫を飼っていてその子の名前がニャー吉だったんですよ。」

お母さんが遠い目をして言った。

「ひょっとして鈴木さんですか?」

君江が尋ねた。お母さんは驚いた様子で言った。

「ええ。旧姓ですけど。」

(なーんだ。そういう事か。)君枝はスマホを取り出しニャー吉を撮った写真をお母さんに見せた。

「良く見えないですけど首輪に“鈴木ニャー吉”と書いてあります。電話番号も。」

スマホの画面を拡大するとお母さんはそれを見て固まった。そして困惑しながら言った。

「これ、ウチのニャー吉ですよ。電話番号も実家のです。でもニャー吉はとうの昔に死んでます。こんな事って・・・」

「おそらくお父様がこの子が心配で、私を導いたんでしょうね。ニャー吉の姿になって。」

「まさか。・・・でもそうかも。」

「お嬢ちゃん、まだ小さいし気をつけてあげてくださいね。」

そう言うと君枝は女の子にバイバイと手を振って家路についた。

(やはり偶然ってないんだ。全て必然ね。)

そう思いながら温かい気持ちで歩いていると後ろから呼び止められた。

「このひとです。この人がさっき公園で子どもを無理やり連れ去ろうとしてたんです。」

さっき通行人らしいおばさんが君枝を指さして言った。隣にお巡りさんがいた。

「ちょっと、あなた。どういうことか事情を聞かせてくれない?」

「え、どういう事です?」

「どうもなにも今、この方がおっしゃった通りだ。他にも目撃者がいるんだよ、目撃者が!て、あれぇ?あんた、前に覗きをしてた人だね!」

「あ、あの時のお巡りさん。違うんです。猫がですね。猫が・・・。」

「猫?何を言ってるの?とにかくここじゃなんだから。一緒に交番に行こうか。」

「そんなぁ。」

(ニャー吉のバカァ~!)

君江は心の中でニャー吉に悪態をつきながらお巡りさんにしょっ引かれて行った。


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成仏させたい君枝さん   大河かつみ @ohk0165

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