ᴸᴵᴾ ᵀᴬᵀᴼᴼ ³

× Ⅲ


ベランダに出ると、Tシャツが生肌の水分を吸ってまとわりついた。


唇を尖らせ、息を静かに吐くと白く揺れる煙が月に吸い込まれていく。


噛んだ唇の裏に滲む紅が咥えた煙草の白を汚す。




見渡す限り殺風景で、なにも言及すべきものがない。



大した理由のない限り電源を入れないノートパソコン、テレビ。二人掛けのソファ、ローテーブル。


ついでに冷蔵庫も開けたが同じようなもので、炭酸水が数本、ボトルウォーター数本。それらのストックだけが行儀よく並んでいた。なにか口にするのを諦めて、ソファの真ん中に身体を沈ませたら甘ったるい香水の匂いが一瞬だけ漂った。


なんてことない夜、最後の1本となった煙草を不意に取り上げられた。


健康に良くない、といった常套句とともに取り上げ、シャギーの入った顔周りの髪を揺らしながら、それを徐に自らの唇に咥え、火も灯さぬままそれらしく息を細く吐いて微笑した。


肩でハネさせた毛先がニクらしかった。


煙草の先は紅黒く染る唇の痕がくっきりと刻印されている。悪戯を仕掛けた子供のような一連の行動は、それと反してやけにセンシティブな感情を想起させた。


煙の代わりに白く覆われた夏の夜が靄みたいだった。本物がどれなのか分からなくなった。


その灰色の瞳が絵に書いたみたいな真夜中の月面を思わせた。


月は飛行機が突き抜けたら、理科室で誰の目にも触れることなく落ちた試験管のごとく爆ぜるのか。




熱いシャワーよりも、雨の方が愛しいのは何故だろう。夏の雨は生ぬるい。通り雨は一転してつめたいのに、空気を冷やすことは出来ない。そんな残酷な自然現象は忌々しいはずなのに、俺は嫌えない。



視線を放れば向こう側には小さな光が数多散らばって、例えば今この瞬間雨に降られたとしたら、煌めきを増すことになる。


煙と引き換えに水滴が睫毛に乗っかって、視界を阻むことになる。即ちそういった光は、潤いを味方につけることによってより滲む。


屈折させた光を再び自らへと浴びせ、そしてやがて蝶となる。



煙草の火が消えるのが先なのか、蛹が蝶となるのが先か、そんなことは、誰にも分からない。





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