第110話 滅びの獣 対 怨造魔獣(2)

「はぁ・・・はぁ・・・」

「やるじゃねぇか・・・スポーツマンめ・・・喧嘩なんて・・・した事ねぇだろうに・・・よ・・・」

「そういう・・・元ヤンだって・・・やるね・・・根性は・・・しっかりと・・・鍛えてたんだけど・・・な・・・」


 肩で息をしている二人。

 強化による回復も、改造による回復も追いついていない為、顔は腫れ、全身アザだらけになっている。


「だがよぅ・・・そろそろ終わらせるぜ?・・・この後には・・・メインイベントが待ってるんでな・・・」

「ああ、そうだね・・・終わらせよう!」


 充が全身に力を入れた。

 頭部からは角が生え、体躯は既に最初の三倍ほどになっている。

 身体の色も浅黒くなり、一見すると鬼のようだ。


 健流も力を溜める。

 全身から迸る赤いオーラは色を深め真紅になっている。

 その量も姫乃を助けた時に匹敵する程で、それでも、高揚感からか意識を保っていた。

 以前聞こえた『殺せ、滅ぼせ』という声はずっと聞こえているが、精神力で無理やり押さえつけている。

 というより、充との喧嘩が楽しすぎて、気にならなくなっていた。


「健流・・・頼むから死なないでよ?君には光を任せないと行けないんだからさ。」

「抜かせ!お前こそ耐えろよ?そんでこれが終わったらお前は俺の親友だ。初めてのな。俺を失望させるなよ?」

「あははは!やっぱり健流と友だちになって良かった。俺の選択は間違ってなかった!行くぞ親友!」

「来い!親友!!」


「「おおおおおおおおおおっ!!」」


 思い切り振りかぶって拳を振るう充。

 健流はまっすぐ突っ込み同じく拳をぶつける。

 凄まじい衝撃派が発生する!!

 

 均衡する二人の拳。

 

 しかし、徐々に健流が押されはじめた。

 体躯の差が出てきたのだ。


「ぐっ・・・!!」

「おおおおっ!」


 充の拳が健流の拳を弾き、そのまま健流の顔面に突き刺さる!


「がっ・・・!」


 健流の意識が暗転した。


「(・・・俺は・・・負けるのか・・・?)」


 どれくらいたったのか・・・健流が意識を戻すと、そこはいつか見た暗闇の中だった。


「・・・またここに来ちまったなぁ・・・いるんだろ?そこに。出てこいよ。」


 健流が暗闇に話しかけると、そこには虎ともライオンとも似ている大型の獣がいた。 


『よもや・・・最後まで我を表に出さぬとは・・・呆れた精神力だ。』


 それは健流に巣食っていた滅びの獣と呼ばれる存在だった。

 獣は呆れたように呟いた。


「なぁ・・・お前って一体なんなんだ?なんでそんなに滅ぼせとか言うんだ?」


 健流はずっと気になっていた疑問をぶつけた。


『・・・そうだな。ここまで我を抑え込んだ褒美に教えてやろう。我は滅びの獣。太古より存在するモノだ。』

「太古?どれくらいなんだ?」

『そうだな・・・「人」という生き物が生まれいでてからずっと存在している。我は、お前たち人種全ての負の感情により生まれ出しものだ。』

「・・・」

『ある者は飢えを恨み、ある者は異性を恨み、ある者は裏切りを恨み、ある者は自らよりも幸福な他者を恨む。そう言った感情から生まれた我は、人を滅ぼすモノという概念そのものだった。』


『我を心に宿し者は、大半は子供の内に我を表に出し、蹂躙した後討伐される。残った者は、大人になる前にはやはり同じ末路を辿った。』


『お前が初めてだ。我が直接的な原因とならず死を迎える者はな。』


 獣は語った。

 これまでの事を。

 それを聞いて健流が口を開く。


「なぁ、俺はやっぱり死ぬのか?」

『・・・そうだ。このままであればな。』

「そっか・・・ちっ!悔しいぜ!」


 健流が手のひらに拳を打ち付け悔しげな表情をした。


『・・・何を悔しがる?』


 それに疑問を持った獣が問いかける。

 これまでの内包者は、全て世の中を恨んで死んでいった。

 それに対して、この男は何かが違う気がしたのだ。


 そもそも、獣とこのように会話を成り立たせたのは、この男が初めてだった。

 だから興味を持ったのだ。


「だってそうだろう?折角親友が出来たんだ!それに、支えてくれる仲間も出来た!・・・俺はガキの頃、腐ってたからな。どうせ知ってるんだろお前?」

『・・・』

「それを兄貴達に助けて貰って、ようやくまともになれた。嬉しかったんだ。クソみたいな両親を持って、やさぐれた俺がまともに生きれるんだぜ?こんなに嬉しいことは無かった。そして、最高の仲間も出来たんだ。そんな仲間が、あの魔女っていう気に入らねぇ奴に良いようにされてんだ!悔しくねぇ筈無いだろうが!?やっと世界に対して恩返しができそうだったってのによ!!」


 それを無言で聞いていた獣は更に問う。


『お前が死ぬ原因となったあの男に恨みは無いのか?』


 それを聞いて健流はきょとんとした。


「はぁ?あるわけねーだろ?男と男の勝負なんだ。意地と意地のぶつかり合いだぜ?その結果がどうであれ、恨むわけねーじゃねぇか!・・・まぁ、悔しくねぇかと聞かれたら悔しいけどよ。」

『・・・そうか。』

「それに・・・お前だって悔しいんじゃねぇか?」

『・・・何?』


 健流からの問いかけに戸惑う獣。


「だってそうじゃねぇか。お前は俺なんだろ?そのお前が俺のせいとはいえ負けたんだろ?悔しくねぇの?」

『・・・悔しい・・・か』


 獣ははじめて自問した。

 今まで、獣は表に出た後、世界を壊しまわって、その後で多数の敵に殺された。


 だが、言われてみたら、確かに一対一で負けるのは初めてだった。


『・・・悔しい・・・かもしれん。』

「だろ!?やっぱそうだよな!!負けて悔しくねぇ男なんていねぇもんな!あ、そういえばお前オスで良いのか?メスじゃねぇよな?でかくていかつくて格好いいし!あ、だけどメスだったらすまん!」


 そんな事を言う健流を凝視する獣。

 そして、


『・・・く・・・くくく・・・クハハハ!!!』

「おお!?お前どこでウケたんだ!?俺なんか変な事言ったか!?」


 戸惑う健流を見て更に笑い声をあげる獣。

 一頻ひとしきり笑った後、獣は健流の目を見た。

 その目は少し優しげに見えた。


『長き流転を繰り返し、このような男に住まう事になるとは・・・わからないものだ。だが・・・貴様の中は面白かった・・・と言うのだろうなこの感情は。我はいつも我の依代よりしろ足る、不幸な境遇の者にしか入れぬ。事実お前もそうだった。しかし・・・』


 過去を思い返すように目を閉じる獣。


『ある時から、お前の心が暖かくなった。最初は居心地が悪いと思った。だが・・・段々と悪くないと思う様になってきた。我は戸惑った・・・いや、先程までも戸惑っていた。しかし・・・』


 獣が口の端をあげた。

 笑ったのだ。


『今、理由がわかった。貴様は良いやつ、なのだな・・・』

「あ〜・・・自分で言われてもわからねぇし、答えづれえなそれ。」

『くくく・・・まぁ良い。良いのだ。貴様に尋ねる。』

「なんだ?」

『まだ生きたいか?』

「あたりまえだろ?」

『勝ちたいか?』

「あたりまえだ!」

『救いたいか?』

「当然だ!!」

『よかろう。ならば我の全てを持っていけ。』

「何?・・・だが、お前はどうなるんだ?」

『我はお前の中で眠りにつくとしよう。お前の中でなら良い夢が見られそうだ。』

「・・・消える・・・のか?」

『消えるわけでは無い。だが、二度と会うことは叶わないだろうな。』

「・・・じゃあ駄目だ。」

『何故だ?』


 獣が健流の目を見て問いかけた。

 健流ばしっかりと受け止める。


「お前を犠牲にして生き返ってなんになる?それは筋が通らねぇ。」

『く・・・くくく・・・どこまでも強情な奴だ。だが、それは少し違うぞ?』

「えっ?」

『先程も言ったであろう?我はお前の中で眠るのだ。おそらく生まれ出て初めて安寧に過ごせるのだ。それは救いである。貴様は我の救いを拒否するのか?』

「・・・」


 健流はしばし目を閉じ無言になった。

 そして、目を開ける。


「健流だ。」

『む?』

「俺の名前は大和健流だ。お前に名前はあるのか?」

『いや、無いな。』

「俺を助けてくれるのなら、お前はもう俺の友だちだ。友だちだったら名前で呼べ!」

『ははは!わかったぞ健流!ならば我にも名を名付けよ!』

「なら、お前の名は『ビースト』だ。安直で悪いけどな。良いか?」

『よい。我、ビーストは、健流の魂の中で眠りにつかせて貰う。』

「おう!よろしくなビースト!がさつかもしれねぇが、ビーストがぐっすり寝られるよう楽しく生きるぜ!!」

『そうしてくれ。健流頑張るのだぞ。』

「ああ、おやすみビースト。」

『ああ、おやすみ・・・健流・・・』


 ビーストが光になって健流に飛び込んできた。

 健流の身体から光が漏れる。


「ありがとな・・・ビースト・・・必死に生きるから見守っててくれ。」





「おおおおおおおおおおおおおおお!!!」


 健流が意識を飛ばしていたのはほんの数瞬だった。

 倒れゆく途中に意識を戻し、踏ん張る。

 

「健流!とどめだ!!」


 充が大きく腕を振り上げた!

 健流は両手を交差し、それを受け止めた。


「なっ!?」 

「充!もっと負けられねぇ理由が出来た!悪いが勝たせて貰う!!」


 獰猛に笑う健流。

 その身体からは、真紅のオーラに合わせて銀色の光も混ざりあう。

 大ぶりになって大きな隙きを見せた充。

 健流も勝負に出た。


「行くぜ!兄貴直伝の技だ!『激震』!!はぁっ!!!」


 健流は充の胸に手の平を向けた。

 そして、全身の力を振り絞り掌打を打つ。


 それは発勁と言われる打法。

 そこに全てのオーラを集中させ放つ!


「ごふっ・・・!!!???」


 凄まじい衝撃が充を襲う。

 目、耳、鼻、口、至るところから出血する。

 その衝撃は、充を怨造魔獣たらしめていた核を打ち砕いた。


 にやりと笑う充。


「・・・お前の勝ちだ・・・健流。」


 充は沈み込んだ。


「はぁ・・・はぁ・・・まずい・・・このままじゃ充が死んじまう!すぐに姐さんの所に連れて行かねぇと!」


 既に、元の大きさに戻っている充を抱きかかえた。


「死ぬんじゃねぇぞ親友!」

「あ・・・あ・・・頼・・・むぜ・・・親・・・友」


 健流は部屋を飛び出した。 

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